肝のすわった小心者
今は冬場で、比較的災害が少ない。今のうちにこの世界での占術に慣れた方が良い。
そう言われて、まずはやってみることにした。
地図を渡され、この範囲内で起こる災害について占うよう言われる。
カードを汚さないために紺色の絹風呂敷をもらい、床の上に広げる。その上にタロットカードを伏せ、両手でゆっくりかき混ぜる。
意識を集中し、占う内容を胸中で繰り返す。
すると。
視界が突然ぶれる。
意識が天高く昇っていって、一瞬で雲の上だ。でもそこまで現実味がない。夢で空を飛んでいる感覚。それも、タロットカードを混ぜる手は見えているのに、視界が重なって見えている。
まだ昇っていく。
宇宙まで行ってしまうのかと思ったら、少し違うものが見えてきた。空の青い空間に、宇宙のような煌めきを宿した黒い渦巻きがある。近づくとかなり大きい。
このままだと突っ込んじゃう。
──怖い!
急に恐怖が湧き上がった。このまま行くと、あの世に行っちゃうんじゃ……!
思わずタロットカードから手を離す。ぐるんと視界が回転し、身体に力が入らず真後ろに倒れる──
と思ったら、背中に力強い腕がまわされた。九一郎さんが支えてくれたようだ。袴で床のタロットカードを擦らないようにするためか、うまく回り込んでくる。
「どうした?」
何が起きた、と九一郎さんが私の顔を覗き込む。カードから手を離した時に目が回り、気分が悪かった。
「人を呼ぶから少し休め」と言われる。でもそのまますぐに気持ち悪さは引いていく。
我に返った。
九一郎さん、顔近い。あの強い眼差しが、近い。
「今度は顔が赤いな」
それはあなたのせいです、とは言えず。恥ずかしくなって顔を手で隠した。
「さ、支えてくれて、ありがとう……ございました」
タロットに向き直り、気合いを入れるために腕まくりする。きっと、先代の巫女もやっていたことだ。本当に死ぬことはないはず。
初日から何もできませんでした、なんて言えるはずがない。
「そうか……失礼した」
何故かあやまられた。彼を振り向くと、彼も顔を赤くして頭をかいている。
「巫女守人は巫女に無闇に触れてはならぬ。そう巫女守の心得に記されていた。助け起こすのは良いとしても……今後気を付けよう」
そう言って、九一郎さんは私の前に座り直した。
「だが、無理はするな」
はい、としか言えなかった。彼まで顔を赤らめるとは思わなかった。
何とか気を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。そして、タロットカードを混ぜだした。
また、あの光景。
手元が見えている視界と重なるように、意識が天高く昇っていくのがわかる。頭上にはやがて、あの世のような、星屑の混じった黒い渦が現れる。
怖い。怖いけど、あそこまで行ってみよう。私はさらに昇る。
あと少しで届く。あと少し。
ごつんと勢い良く頭を打った。
「いった……!」
思わず声が漏れる。その衝撃で私の意識は下を向く。すると、タロットカードを混ぜる手元が見えた。
意識も視界と同じ映像で重なる。──そうか、ここから下を見るんだ。
タロットカード全78枚が、一つの意識を持つように存在感を増した。
──タロットカード達、渡された地図内で、今日災害が起こるかを教えて欲しい。
気持ちを定めてカードをまとめ、三回切り分けて、一枚引いた。
太陽のカード、正位置。
タロットは、正位置と上下逆さの逆位置によっても、意味が変わる。このカードの絵柄は頭上に太陽が輝き、白馬に乗った男の子が描かれ、背後にはひまわりが咲いている。
「災害は起こらないと思います。太陽の正位置で、とても明るい、喜びを表すカードです」
九一郎さんは、安心したように「承知した」と応える。
「何やら痛がっておったな」
「ああ……もう、大丈夫です」
占術を始めると意識が天高く昇っていき、あの謎の物体に頭をぶつけたようだと話したら、彼は驚いていた。
「想像もできん光景じゃの……」
「ふふ、怖かったです。でも、先代の巫女もやっていたことでしょうから。きっと何か方法があるんだろうなあと思って」
九一郎さんは感心した様子で、私をじっと見つめて面白そうに笑みを浮かべる。
「見た目よりも肝がすわっとるな。巫女というより、武家の娘に近いか」
武家の娘……を、知ってるんだなぁと思ってしまった。私はよく知らないけど、強い女性ってこと?
「自分のことだけならまぁ……言われたことはあります。人が関わると、とたんにどうしていいか分からなくなりますけど」
「人? 何故に」
「人の気持ちってよく分からないから。分からなくてもやもやしちゃって」
「はは、そんな当たり前のことで悩むのか」
「だから、きっと小心者なんです」
彼は、話しに聞く火ノ巫女とは真逆だと笑った。『人の気持ちを知り、操る』ことを恐れられたと。
「──そなたは、占術が好きか?」
「そうですね。もともと絵が好きで、タロットカードを眺めるだけでも楽しいです。カードを引いたとき絵が語りかけてくることも、読み取ろうとするのも好きですね」
78枚、全て絵柄が違う。一枚一枚特別で、しかも一枚のカードにいろんな意味や見方がある。人の気持ちみたいに複雑なのに、質問によっては答えがハッキリ浮かび上がる。私は、カードを並べながら話した。
「見ているだけで動き出しそうじゃ。物語があるようにも見える。美しいな」
「気になる絵はありますか?」
彼が指したのは、ソードのキングだった。玉座に座る男性を正面から描いた絵で、シンプルでゆったりした服装、凛々しく聡明な表情、少し斜めに傾かせた長い剣を握っている。
「剣を扱う女の絵も美しいが、これの方が惹かれる」
「知恵と直感に優れ、冷静な判断力で行使する実力者。それでいて、人々への配慮や思いやりを持つ、成熟した男性を表しているんです」
私の話を受け、九一郎さんは「まるで父上のようじゃ」と嬉しそうに笑みをこぼした。
次に彼が「そなたに似ている」と呟いて指したカードは、ペンタクルの9だった。ゆったりした服装の女性で、左手には鳥がとまっている。背景は豊かなブドウ畑で、金貨が9枚。優雅さや富を象徴しつつ、植物や動物を愛するような。どこか寂し気で美しい女性像だ。
「ふふ、ありがとうございます。たしかに、今着ている服はゆったりしたものですからね」
「人を怖がり動物を好みそうじゃ。不自由なく暮らせる。だが、寂しい」
うっ……思わず、息をのんでしまった。鋭い……のかも。
ちらりと、カードから目線をあげて九一郎さんを見やる。すると彼と目が合ってしまった。
だんだん、その目が初めて会った時の強い眼差しに変わっていき──
──すっと目をそらせた。
「あ……いや、そのような絵札じゃな」
「そうですね。絵は……そういう絵柄ですが」
何を言いよどんだんだろう。
「そろそろ戻らねば。また話を聞かせてくれ。この世のことも説明せねばならぬが、そなたの話も聞きたい……ああ、占術はあまり試さぬほうが良いぞ。その日ごと回数が限られておるらしい」
彼は私にねぎらいの言葉を残し、また後ほど参ると言って去った。
びっくりした。何か、どきどきしてしまった。
ペンタクルの9は努力した末に自立して成功する。豊かになったけど寂しいってイメージのカードだ。
私は未成年で自立できてないから、まだまだ当てはまらない。
ん……? いや、この世界では未成年関係なしかな。占い師としてスタートしたわけだから、自立になる? でもまだ初日だし。
うーん、今後の自分についてタロットカードで占って視てみたいよ。占い師稼業、どうなるの?
夜は明かりが貰えなくて占えなかったから、日中しか出来ないし。
私はタロットカードで私自身の今後を何度か占おうとした。でも、意識が天高く昇ることはできても、タロットを見下ろすことはできなかった。災害以外の占いが出来ない。それは本当だったんだ。
ただ生活が変わり過ぎて、次に何をしたらいいか……何ができるのかさっぱり。
じゃぁ占いが仕事なんだから、準備をしようか。
次は夕方になるころ占う。それまでに考えておくこと。
災害の種類ごとにタロットカードを振り分けて、ハッキリさせよう。このカードがでたら『大風』とか。
さっきの九一郎さんとの話みたいに、タロットカードは人柄や人生観が現れた絵柄なので、災害をみることには適していないと思う。
でも、人の心の状態は天候にも例えられる。
太陽のようにあかるくなったり、雷や大嵐になるよう荒れたり──
そのほか、カードは
今は自然災害が少ない時期。山追いや物の怪から、まず分かるようにしないと。
しばらくカードを並べてうんうん唸っていたけど。に、煮詰まってきた。
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