戦国時代でタロットカード占い師、はじめます
札結びの儀式
当たり前のように、日々友達と会話をしていた。
学校でも。バイト先でも。
もちろん……家族とも。
街中も、手に持つスマホも、情報・文字があふれていて。
それが突然無くなって、文字が読めなくなったら。
目の前に立つ、戦国時代のような鎧を身にまとった一人の男の子としか、会話ができなくなったら。
さらに、自分は非力な女の子。戦国時代のような世界で、生きていかなくてはならなくなったら。
──どうする?
◇◆◇◆
タロットカードに興味を持ち、繊細な絵柄で鮮やかな色合いのカードを買って、そろそろ半年になる。
カードは78枚。全部絵柄が違う。もともと絵を眺めるのが好きだったし、かなりお気に入りだ。
検索すれば何でもわかるように、ハッキリと答えがほしいなと思うことが度々ある。
ネットには情報があふれてる。それだけみんな、事前に知りたいことや今の情報が欲しいから、何でも調べられるようになったんでしょ?
だからかな。同じような感覚で、タロットカード占いに興味をもった。『ネットに無いような情報』は、タロットカードが答えを出してくれるから。
今日は、バイト先の人間関係を占ってみたいと思う。
前から、妙に絡んでくる年上の男性がいる。食事や遊びの誘いも、何度か断り続けている。
悪いひとじゃない。嫌いではないけどそんな気にもなれない。何で断っても誘ってくるんだろう。
友達に相談すると、試しに1回バイト外で会ってみればいいのにと言われる。
もやもやするのは苦手。友達の言うとおり、1回でも会えば何か変わるかな? お互い気まずくならずにバイトも続けられる?
タロットに聞いてみよう。
自分の部屋の机でタロットカードを全て伏せて、両手でゆっくりかき混ぜる。指で弾いたのか、1枚だけカードが床に飛んだ。
表面がこちらに向いている。『恋人たち』のカードだ。それを拾おうと、椅子から降りて手を伸ばした時だった。
「……え」
突如、目の前の『恋人たち』のカードが消えた。
土……?
カードを取ろうとして触れた指先は、ひんやり。そしてざらりとしている。
フローリングの床もテーブルも椅子も全て消えていた。
周囲を見回すと、何も手入れがされていないような寂しい──林?
何が起きたのか、何を考えればいいかもわからず、私はただそのまま突っ立っていた。
そのうち、金属が重なり合う音や大勢の足音、どよめきのような声が聞こえだした。こっちに集まってきてる。
何だかわからないけど、これは逃げたほうがいいのかも。
そんなふうにようやく危機感が働きだしたころには、人の姿が見え始め、また頭がフリーズしかけた。
戦国時代のような鎧を着ている人たちが先頭に何人もいる。それ以外の多くは教科書で見るザ・農民のようなツギハギ姿。着物だけど動きやすいように上下で分かれた服装。彼らは手に長い棒や刀や弓、農耕具っぽいものを持って全力でこちらに走ってくる。
──あ、ヤバい。これ、夢だ。
あのタイミングで突然寝た。かなり疲れてたのは確かだし。どこか身体がおかしかったのかもしれない。そう思って、特に怖いとも何とも思わなくなった。
間もなく彼らに取り囲まれた。でも、敵意は感じない。ほとんどが興味深々といった表情で何かしゃべっていた。手を合わせて拝んでる人もいる。どれだけいるの? ほこりっぽくなって喉がいがいがする。
なのに、おかしい。話してる言葉が何一つ理解できない。でも、夢なんてそんなもの? そう思ってぼんやりしてた。
「通せ、
この人垣をこじ開けようとしている人がいるみたい。若い男性の声だ。何故か、彼の言葉だけは理解できる。
「通せ……!」
あれ、何だか苦労しているような。
十秒程度で人の壁を両腕で割り、私の前に飛び出してきた。
まず目に入ったのは高い位置で結った髪。柔らかく使い慣らした黒い筆先みたい。
彼は鎧をまとっているものの、兜が無いので頭をあげると顔がよく見えた。
どこか女性的な顔つきなのに、流れる前髪からちらつく眉はりりしい。頭が良くて気の強い性格をしているのかもしれない。整った顔なので、美形と呼べそうな男の子──ううん、若い男性。
何より、力の宿った目が印象的。どういえばいいかわからないけど、そこだけアップにした写真を見ているような感覚。何でかな……目が離せない。
「そなたが巫女か? もう心配いらぬ」と私に視線を合わせるなり、何故か彼まで固まってしまった。
でもそれも数秒程度。やがて姿形を確かめるよう視線を上下させ、何かを納得した様子。
「奇妙な衣の美しい娘。うむ、話しに聞く通りじゃ」
彼の表情は明るい。しかししばらくすると眉を寄せた。
「まさか……俺の言葉もわからぬか」
彼をじっと観察したい気持ちでいたので、私はただ無視しているようになってしまった。
「九一郎さん、でしたっけ。あなたの言葉だけ……分かります」
九一郎さんは少し面食らったようだけど「おう、九一郎じゃ」と、嬉しそうに微笑んだ。
この人、笑顔があどけなくてかわいい。私と同じか少し年上かな。
「言葉のわからぬ兵どもに囲まれ、恐れ泣いておるかと思った。そなたは怖くないのか」
「ふふ、現実味がまるで無いので、夢だと思っています」と、夢の住人に向かって笑った。
声をあげて九一郎さんも笑ってくれる。
「そうか」と彼はいったん口を閉じ、「ではそのまま夢見心地で、俺と簡単な結びの儀式をせぬか」と言い出す。
「簡単な……結びの儀式?」
「そなたの大事なものを返すだけじゃ。
札結び? 山追? 私が首をかしげると、彼は首から守り袋のようなものを取り出す。
周囲にいた鎧を着た人が、私たちの足元にござを敷いた。九一郎さんの「座ってくれ」との声に、おとなしく従う。彼も私と向かい合わせであぐらをかくと、守り袋から折りたたんだ何かを取り出した。
私はそれを見た時はじめて、ゾッとした。彼が広げたものは、さっき私が落とした『恋人たち』のタロットカードだ。
「なんで、それを持っているんですか」
「俺が産まれたときに握っておった。見覚えがあるようじゃな。同様の札を一式、そなたは身に付けておるはず」
タロットカードは手元に無い。でも、ござに座った時、パンツのお尻ポケットに固い何かが入っているように感じていた。
何故か、あった。テーブルと一緒に消えたはずの、手のひらサイズのミニタロットカード一式。紙ケースに入った状態で。
中身も
確かに、『恋人たち』のカードだけが入っていなかった。まるでマジックショーだ。
九一郎さんは「そなたに返そう」と、細かく折り目のついたカードを差し出す。
私は手に取って確かめたくなり、カードに触れた。
その瞬間、稲妻が落ちたように辺りが白む。熱くもなく、痛みもなかった。周囲が静けさに包まれる。
九一郎さんと私が掴む恋人たちのカード。それを通して、二人の心の深い部分が繋がったような気がした。
ホッとしたように微笑むと、彼は手を離す。すると、折り目のついた恋人たちのカードは、傷口が塞がるように元通りの姿となった。
夢とはいえ、妙なことが起きている。いったい、何が。
「これは、何なんですか? 何が起きたんですか」
「そなたは
周囲の鎧を着た人たちが、賛同するように頷き合いながら、何かを述べていた。
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