第一話

『なぁ、もしかして、の話やから、冗談半分で聞いといて欲しいねんけど』

 明日は恋人とデートである、という事実だけで麗らかな気持ちを抱く程純粋だった僕という人間を百八十度変えてしまったのは、この親友から送られてきたメッセージが始まりだった。

『俺rえもおう、お前のp彼女とf直接さ会っったのは2回くらいいしかないkから、確証は無いんやけdっどどさ……この写真、見てくれへえんん?』

 バランスボールに乗りながら文字を打ったのかと疑いたくなるような文体に若干の苛立ちを覚えながらも、僕は添付された画像を開いた。

 そこにあったのは、裏難波の一角を形成する、ラブホ街だった。画像中央部分には、13年分のクリスマスを先取りしたのかとも思えるほどカラフルな看板の付いた、おもしろラブホ。そして、そこに吸い込まれていく、一組の男女。不貞の漫画で証拠写真として出てきそうな、少し斜めに倒れた画角で撮影されたその写真に写る二人は、少しばかり歳の差が開きすぎているような気がした。

「なんや、この歳なって探偵ごっこかいな。やるなら形から入ろうや。ほら、今度会うた時、親父が駅前で貰った宗教の新聞巻いて作った葉巻やるからさ」

 僕は彼の意図を一ミリも理解できず、茶化したメッセージを返した。あいつは中学の頃から、石油王の娘と結婚する為にアラビア語を勉強し始めたり、中二病というのを体現する為に青空文庫にある全ての坂口安吾作品を3日で読み切ってしまった事があった(なぜ中二病と坂口安吾か関係するのかは不明である)。そんな彼の事だから、今回もそんな事だろうと思っていた。

 しかし、何故だろう。この写真の中央右寄りに映る女性に、何処となく既視感のような……これをなんと言うんだったか……へじゃぷ。これだ。

『お前、これ見て何も思わんのか』

「あぁ……なんだろうな、右におる女の子に、何処となくへじゃぷを感じるんよな」

『へじゃぷってなんやねん』

「いや、お前この言葉知らんのヤバいやろ。既視感、みたいな意味の言葉や」

『……それ、デジャヴやろ。どんな間違い方やねん』

 耳や頬に血が走り、段々と冬を感じなくなるほど暖を取る心地と羞恥心を得た。唯のメッセージでのやり取りなのに、何処となく居心地の悪さと気持ち悪さを感じる。しかし、そんな違和感の一部は、僕がデジャヴを知らなかった事に起因するものではない事に数秒後に気付く。

 まず、女の子が上に着ていたライトイエローのシースルートップスは、僕が2ヵ月前、彼女の誕生日にプレゼントしたものと非常に酷似……というか、恐らく同じものだった。腕の辺りに解り易くフリフリが付いているのが特徴的で、百貨店売り場の叔母ちゃんに全てを一任した結果、産まれたプレゼントがこれだった。僕が選ぶようなセンスの無い服を、嬉々として買う人間は少ないんじゃないかと思う。

 そして、極めつけは現代らしくない、黒を基調とした花柄のスカートだった。ヴィンテージというよりは、大正辺りのレトロティックな雰囲気を醸し出している、現代では中々お目に係る事の無さそうなデザイン。こんなスカートを履く若年の日本人女性は、世界を見回しても一人くらいしか心当たりがなかった。だとすると、ここに映る彼女は、もしや……。


『左の女の子、お前のカノジョにそっくりやってん。確証はないけど、な』

 僕の心に微かな焦燥が漂い始めたのは、この日からだった。

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