第18話 領主×王命

 

「聞きたいことって?」

「うむ……ユウヤを呼び止めたのは、此度のゴント盗賊団制圧までの経緯でいくつか確認する必要があってのう」


 マスターはそう言うと、懐から折りたたまれた紙を取り出した。


「確認すること?」

「と、その前に礼がまだじゃったな。此度はゴント盗賊団の捕縛ご苦労じゃった。北の街道は他の街からの運搬ルートでな、奴らのせいで手に入らん物資もあったんじゃ。本当に助かった。ありがとう」


 ランディはテーブルに手をついて頭を下げた。


「じゃが……盗賊団のアジトを突き止めたら帰ってくる筈じゃったろ。なぜアジトに踏み入ったんじゃ?」


 頭を上げたマスターは笑顔で問いかけてきた。

 ──目が全然笑ってないんですけど……


「俺もそのつもりだったんだが捕まってしまって、その成り行きで……」

「捕まったじゃと?」

「ギルドで聞いた場所に向かう道中で3人組の盗賊に襲われて、牢屋に入れられたんだ」

「たった3人にか? なるほどのう、そういう事にしておいてやろう」


 ランディは呆れたように言った。


「さて、本題じゃな……ユウヤは捕らえられた牢屋で、何も無いところから武器や防具を取りだしたと報告を受けているが……それは本当か?」


 ランディは手元の紙を見ながら言った。

 ──あの牢屋の誰かが喋ったのか……


「……ああ、出来る」

「ここで見せることは可能か?」

「わかった」


 俺はマスターに見えるように、テーブルの上に手を出す。

 手のひらにベノムリザードの牙を取り出した。


「なっ……!?」


 ランディはテーブルに手をついて前のめりになり、目の前に現れた牙を凝視して固まった。


「……信じられんが、目の前で見せられては信じるしかないのう」


 ランディは額に手を当てながらソファに腰を下ろした。


「……ちなみに盗賊団の宝物庫が空だったんじゃが、何か知らんか?」

「ああ、それなら俺が持ってるけど……」

 ──あれ? 盗賊が盗んだ物でも勝手に持ち出したら盗賊と変わらないんじゃ……


「……もしかして、まずかった?」


 俺は恐る恐る聞き返した。


「そうか! それなら良かったわい。 残党に持ち出されておったら面倒になるとこじゃった」

「どういう事だ?」

「囚われていた者の中に面倒臭い貴族がおってのう。盗られた物を返せと煩いんじゃ」


 マスターは小指を耳に突っ込みながら、壁に掛けられた鏡に向かって言った。


「ロズウェル卿! お待ちください。まだお話中ですので!」

「邪魔だどけ!」


 外が騒がしくなると、応接室の扉が勢いよく開かれた。

 貴族服を着た白髪混じりの男は、マスターの前まで行くとテーブルを強く叩いた。


「ランディ! 隣で聞いていたが、面倒臭い貴族ってのは誰のことだ!!」

「お主以外におると思うか? 盗賊なんぞに捕まりよって、情けないのぉ」

「貴様……言わせておけば」

「父様、いい加減にしてくださいっ!」


 男がマスターの胸ぐらを掴んだ時、応接室に入ってきた少年が仲裁に入った。


「ユウヤさん。父を助けていただきありがとうございます」


 振り向いた少年は綺麗にお辞儀をしながら言った。


「……? シンじゃないか、そんな綺麗な格好だから一瞬気づかなかったぞ──」

「ッ!? ユウヤさん。相手は子供とは言え領主様のご子息です。言葉遣いには気をつけた方が……」

「あっ」


 シンと一緒に入ってきたエルさんに耳元で言われ気づいた俺は、ゆっくりとシンに目を向けた。


「気にしないでください。ユウヤさんは父の命の恩人ですから。それよりも、父様──」

「ああ、すまない。恩人の前で取り乱してしまった」

「ワシが紹介しよう。彼の名はロズウェル・ロクセイド。この地、ロクセイド領の領主じゃ。ワシが現役だった頃からの付き合いでのう……助けてくれたユウヤには感謝しておる」

「私からも礼を言わせてくれ。本当にありがとう」


 ロズウェル卿が軽く頭を下げながら言った。

 ──牢屋にいたシンの父親か、まさか領主だったとはな……


「何か礼をしたいが手持ちを全て盗賊に盗られてしまってな……申し訳ないが1度返して貰えないだろうか?」

「盗品は盗賊を捕らえたユウヤの物じゃから、返すかどうかはユウヤ次第じゃな」


 ロズウェル卿が卑しく笑うランディを鋭く睨みつける。


「盗品が俺の物って?」

「盗賊に盗まれた物は盗賊を討伐した者の取り分になるんじゃ。もちろん捕らえても同じじゃな。そうでもせんと、盗賊が増える一方でわざわざリスクを追う冒険者なんぞ現れんからのう」

 ──なるほどな、確かにあの量の財宝が手に入るなら複数人で攻略するメリットもあるわけか。


「もちろん盗品はロズウェル卿にお返しします。マスター、他の人の盗品も返したいから、あとで地下の闘技場を借りても?」

「問題ないぞ。エル、闘技場を開けてきてくれんか」

「かしこまりました」


 エルさんは返事をすると、他の職員を連れて応接室から出ていった。


「シン、お前も少し部屋を出ていなさい」

「……え? あ、はい。わかりました」


 シンは父親の意図が分かっていない顔をしながら、応接室を出ていった。

 扉が閉まるのを見届けてロズウェル卿がゆっくりと口を開いた。


「君はあの時、他言して欲しくないと言っていたが、ランディに話したのは私だ。すまない」

「いえ、気にしないでください。いずれマスターには話すつもりだったので」

「まさかユウヤが、あの様な力を持っておったとはのう。公にしたくないなら安心せい。ギルドには守秘義務があるからのう。それでロズウェルは何を返して欲しいんじゃ?」

「お前はもう気づいておるのだろう? 私がここに来た理由を……私が返して欲しいのは陛下から預かった王家の指輪と書状だ」

「なるほどのう……やはりユウヤの事はフジワラ・・・・王の耳に入っておったか」

「フジワラ!?」


 俺は日本人らしい聞き慣れた名前に驚き、声を上げてしまった。


「どうしたんじゃ?」

「いや、聞き覚えのある名前だったからつい……」

「記憶は失っても陛下の名前は忘れんかったと言うことかのう」


 マスターは笑いながら言った。

 ──フジワラってこの世界にもある名前なのか?


「それでユウヤよ、その2つは盗品にあったか?」

「すみません、話が逸れました。指輪だけでもかなりの数があるのですが、特徴とかはありませんか?」


 俺はインベントリに表示される文字列をスクロールしながら聞いた。


「どちらも王家の紋章が描かれているのだが……」

「えっと……それだと、この2つでしょうか」


『王家の指輪』と『王命の書状』という、それらしい指輪と書状をテーブルの上に取り出した。


「あぁ、これだ。間違いない」


 ロズウェル卿は指輪と書状を手に取り確認すると、俺の目を真っ直ぐに見た。


「今回、私がカタクを訪れたのはユウヤ、君にこの指輪と書状を渡すためなんだ」

「え、どういう事ですか?」


 俺は理解が出来ず聞き返した。


「これを受け取れば王宮騎士団の入団試験を受けることが出来る。君なら合格できるだろう!」

「どうして俺に?」

 ──面倒事を避けるために、魔法は隠していたのに……


「きっと、王は君の才能を見抜いたのだろう。王宮騎士団は冒険者の中でも、ひと握りの者にしか与えられない名誉だ。騎士団に加入すれば、装備も一級品のものが手に入るぞ? 私の領地から、このような優れた者を送り出すことができるとは、なんと喜ばしい事だろうか」


 ロズウェル卿は嬉しそうに話し始めた。


「王宮騎士団か……」

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