第7話 宿屋×調味料
「いらっしゃいっ!」
宿屋に入ると、ホールの奥にあるカウンターから、少し丸みのあるおばさんが出迎えてくれた。
ホールは食堂と一体になっていて、数人の客たちが飲み食いして騒いでいた。
何となく実家の定食屋を思わせる雰囲気を眺めながら、カウンターへと向かった。
「1泊お願いできる?」
「1泊だね。大丈夫だよ! 朝食付きで銀貨12枚だけどいいかい?」
「それじゃ、それで」
「はいよ! それじゃここに名前を書いとくれ」
俺は出された帳簿に名前を書いていると……
「あ、ユウヤさん! 来てくれたんですね」
「ん? ってサンク、その格好……」
声の掛けられた方を見ると、腰にエプロンをつけたサンクが立っていた。
「実はここは僕の実家なんです。母さん、彼がさっき話したユウヤさん。
ボアモスを一撃で倒すようなすごい人なんだ。彼が助けてくれなかったら今頃死んでいたかもしれないよ」
「すごい人が来るって言うからどんな人が来るのかと思ってたけど、人は見かけによらないねぇ……それにしても」
女将さんは俺を見ながら言うと、鬼の形相でサンクを睨みつけた。
「今頃死んでいたってどういう意味だい、このバカ息子!」
女将さんの鉄拳がサンクの頭に炸裂し、鈍い音が響いた。
「いったぁ……」
「いったぁじゃないよ! 痛みがわかることに感謝しなさい! 死んでたら痛いことすらわからないんだよ!」
相当痛かったのか、サンクは
「さて、あんたには色々迷惑をかけたらしいね。この子を守ってくれて、本当にありがとう」
女将さんは深々と頭を下げた。
「いや、俺も森から出れたのはサンクたちのお陰だから気にしないでくれ」
「でもお詫びはさせておくれ。今晩はこの宿で1番いい部屋を使っていいからね、もちろん代金はいらないよ」
そう言うと木でできた札を手渡された。
「ほら、サンクいつまで座ってんだい。お客様を部屋まで案内しな」
「……はい。ユウヤさん、こちらです」
俺はとぼとぼと歩くサンクに連れられて部屋へ向かった。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
「こちらが、ユウヤさんの部屋になります」
「なんだこれ……」
部屋の中に入った俺は驚愕した。
何畳あるかわからないほどに広い部屋の中央にはソファとテーブルがあり、端には装飾されたキングサイズのベッドが配置されている。
「何かあれば僕に言ってください。精一杯のサービスをさせていただきますので!
この部屋も本来は金貨5枚はいただくんですが、今回はサービスです。ゆっくり寛いでくださいね」
「いいのか? こんなにいい部屋を使わせてもらって」
「大丈夫です。この部屋を使うような方は滅多に来ませんから。
それと、あのドアの奥には調理場もありますから、好きに使ってください。生活用品もそちらの棚に纏めてありますので」
「ありがとう。後で使わせてもらうよ」
「それでは、僕は1階に居てますから何かあれば声を掛けてください。あっ、それと朝食は日の出までには出来てますから、食べられる際は1階の食堂に来てくださいね」
そう言ってサンクはドアを閉めた。
「さてと、先に
部屋で1人になった俺は、短剣に『硬質強化Ⅰ』を付与するために、インベントリからホーンラビットの角を取り出した。
左手に持った角から出た青白い光が右手の短剣に吸い込まれていく。
光が収まると角は灰になり消え、短剣の重みが少し増した。
「うん。丁度いい重さだ。さてと、さっそく調理場を使わせてもらおうかな」
軽く素振りをして短剣の重さを確認した俺は、サンクが言っていた調理場に向かった。
「意外と普通だな」
異世界の調理場に少し期待していたが、作りは日本のキッチンとそんなに変わらなかった。
違いと言えば、コンロや水道は全て魔導具でボタン1つで火や水の出力を変えることができる。日本の物より使いやすいぐらいだ。
「さてと、はじめるか」
一通り調理場を見て回った俺は、インベントリからホーンラビットと短剣を取り出した。
短剣でホーンラビットを捌いていく。
石なんかとは違いスムーズに解体が進む。
内臓などで調理場を汚すのは申し訳なかったので、内臓や血はインベントリに収納しながら解体を進めた。
綺麗に捌いた肉を1口大にカットする。
「そういえば、調味料とかも使っていいんだよな?」
俺は棚に置いてあった調味料らしい小瓶をみながら呟いた。
小瓶は赤や青、緑、茶などのよくわらない粉が入っている。
「中身が何かわかんないな……」
赤い粉末が入った小瓶を鑑定してみると──
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【火のエレメンタルの粉末】<火魔法Lv.0.2>
【料理補足】旨味、酸味、塩味。
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ん? どういう事だ?
俺は小瓶を手に取り、少量を舐めてみる。
「これはっ!」
舌触りは粉っぽくザラザラしているが、口に入れると唾液で簡単に溶けた。口に広がる風味は
「まさか、異世界で醤油を見つけることになるとはな……それじゃ、他のは」
棚にあった他の調味料を水に溶かしてみると、粉末は消えて透明になった。
舐めてみると──
緑の小瓶は風のエレメンタルで、味はお酢。
青の小瓶は水のエレメンタルで、味は砂糖。
茶の小瓶は土のエレメンタルで、味は塩だった。
「これならまともな料理が出来そうだ」
1口大にカットしたホーンラビットの肉の表面に茶色の粉末をかけ、よく馴染ませる。
フライパンで表面に焼き目をつけ、赤と青の粉末を水で溶いた液体を回しかけると、醤油の焦げる匂いが辺りに漂い始めた。
とろみが付くまで煮込んでいる間に、インベントリからキャベツを取り出し、食べる分だけを千切りにする。
調理場にあったお皿にキャベツと肉を盛り付ける。
「完成だ!」
ホーンラビットの肉を醤油と砂糖で炒めただけのシンプルな料理だが、醤油の芳ばしい香りが食欲をそそる。
俺は食欲を抑えきれず、その場で料理にがっついた。
「──ぅんま……」
醤油に脂の甘さが絡んでなんとも言えない美味さが口に広がる。
このまま米を口いっぱいに掻き込みたいが、残念ながら米はなかった……
飯を終えた俺は、レクスに斬られたジャージを脱ぎ捨て、ふかふかのベッドに大の字に倒れ込んだ。
「この世界に風呂ってあんのかなぁ……」
そう呟くとそのまま意識を手放した。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
「おや、あんたまだこんなとこに居たのかい」
空が少し明るくなる頃に目が覚めた俺は、目を擦りながら1階に降りるなり、宿のおばちゃんに驚かれた。
「まだって……?」
──朝日は登り始めているが、まだ外は薄暗い。別に遅い時間じゃ無いはずだ。
「あんたは冒険者じゃなかったのかい? 冒険者なら太陽が昇る前からギルドに向かうもんだと思ってね。
それより、朝ごはんがまだだったろ。用意するから適当なところに座ってておくれ」
──冒険者の朝はそんなにも早いのか……
俺は近くの席に腰掛け、朝食を待った。
「はい。お待ちどうさま」
目の前に置かれた朝食は、食パンで作られたサンドイッチと細かくカットされた肉が入ったスープだった。
パンはライ麦パンらしく、茶色く見るからに硬そうだ。
挟まれている具材は、レタスのような葉野菜と何かの肉。スープは匂い的にはコンソメスープのようだ。
「いただきます」
俺は手を合わせて、サンドイッチを口に運ぶ。
パンは思った通り固く、噛みちぎるようにしながら何とか食べ進めた。
肉には甘辛いソースが着いていて、何となく照り焼きチキンを思わせる味わいがあった。
──パンは薄くカットして軽く焼いた方が食べやすそうだし、スープは少し味が薄いな、塩コショウがあれば味が引き立つのになぁ……
そんなことを考えながら朝食を食べ終えた俺は、厨房で忙しなく作業をしているおばちゃんに食器を返した。
「ご馳走様でした!」
「もう食べたのかい。食器まで片してもらって悪いね。そこに置いといとくれ」
「あ、あの……タオルって貸してもらえないかな?」
「タオル? 何に使うんだい?」
「いや、ちょっと体を拭きたくて……」
「変な人だね……それなら大浴場に行けばいいだろうに。こんなのしかないが、いいかい?」
おばちゃんは厨房で使っていたボロボロのタオルを手に取るとこちらに手渡してきた。
──ないよりかはマシだな……
「使い終わったら部屋のゴミ箱にでも捨てといとくれ」
「あ、それと近くに安い調理器具屋とかってないかな?」
「新品じゃなくていいなら、西門近くの雑貨屋が中古品も扱っていたはずだよ」
「西門か。ありがとう」
俺はおばちゃんに礼を言って、一度部屋に戻った。
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調理場のシンクを使って頭を洗い流し、水で濡らしたタオルで体を拭く。
2日ぶりに体をさっぱりさせた俺は、固く搾ったタオルで頭を拭きながら部屋の椅子に深く腰掛けた。
「はぁ、これからどうすっかなぁ。
服もこれ一着しかないのに……マジで笑えねぇ」
俺は、斬られたジャージを手で広げながら呟いた。
「どのみち金はいるよな……とりあえず、ギルドでなにか依頼を探してみるか」
窓の外は太陽がすっかり登り、空は明るくなっていた。
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