第4話 転移した世界×初めての街


「もうすぐ、森を抜けますよ」


 ボアモスの解体を終わらせたあと、素材をパンパンに詰め込んだ革袋を持って歩くこと約1時間。

 ようやく、俺は森から抜け出すことができた。


「すっげぇ……」


 日本に住んでる頃には見ることがなかった景色に、俺は言葉を失った。


 視界いっぱいに広がる草原には、足首ぐらいまでの背の低い草が生いしげ、草を食べる牛のような生き物がちらほらと見えた。


「何突っ立ってんだ、街はまだ先だ。さっさと歩け」

「ふふふ、そんなにこの景色がすごい?」

「記憶を失うと何でも新鮮なものに見えるのではないでしょうか?

街まではもう少しかかるので、知りたいことがあればなんでも聞いてください」

「あぁ、それじゃ──」


 俺は街へ向かう道中、この世界について聞いた。


「……ここはどこなんだ?」

「ここはシグニンズ王国のロクセイド領です。ロクセイド領はシグニンズの西端の領土になります」

「ユウヤがいた森の向こうは、水の国ウリタカント連邦があるの」

 ──この国は王国なのか、王都とかあるなら行ってみたいな。

「それじゃ、冒険者って?」

「冒険者は魔物を倒し、素材や魔石をギルドに売って生計を立ててる人を総称した呼び名です」

「ギルドに所属しなくても素材は売れるんだけど、売値の2割を取られちゃうのよねー」

「はい。ですから、冒険者は基本的にはどこかのギルドに所属していますね」

「あっ、ギルドに入るには試験があるんだけど、それに合格しても1ヶ月に1回は依頼を達成しないと解雇されちゃうのよ」

「まぁ、よっぽどの事がない限りは問題ありませんけどね。それと、冒険者にはランクと呼ばれるものがあります」

「そうそう。ギルドから渡される、このプレートなんだけど、素材でランク分けされてるの」

「低ランクのものから、アイアン、シルバー、ゴールド、ミスリルとなってます。さらに、各ランク内で5段階の階級クラスが存在します」

「ちなみに、私たちにはアイアンの階級Ⅰクラス1よ。今日の依頼でシルバーに昇格する予定だったんだけどね……」


 セットが残念そうに見せてくれたプレートは、青みが暗い鈍い青緑色で『Ⅰ』と文字が掘られていた。


「それじゃ、ギルドは?」

「ギルドは、街や国に住む人々からの要望や依頼をまとめる組織で、各街に存在します」

「所属している冒険者をサポートしてくれる組織でもあるわ。ちなみに所属はあくまで、その冒険者の拠点ってだけだからいつでも変更は可能よ」

「無数に存在する冒険者を管理するために、所属制度を取り入れているそうです」


 高ランクになると、緊急依頼などの要請がギルドからかかることもあるそうだ。


「んじゃ、魔物ってなんだ?」

「魔物はかつてこの世界にいた生き物が変異した姿だそうです。数百年も前に突然現れて数を増やしたと伝えられています」

「魔物にもギルドがランク付けしていて、低いのからE , D , C , B , A , S , SSまであるわ」


 この世界にはドラゴンも居るらしく、危険な魔物は災害級と呼ばれ最低でもSランクらしい。

 ホーンラビットは1番低いEランクだったようだ。

「そう言えば、魔法とかってある?」

「魔法には大きくわけて生活魔法と戦闘魔法の2つがあります。生活魔法は微量なマナ操作しか出来ない人でも使える魔法で、魔法陣を形成することで発動できます」


 サンクが人差し指を立てると、指先に魔法陣が現れライター程の火がついた。


「戦闘魔法は、膨大な魔力を操作できないと使えないので、使える人は少ないです」

「そうそう。魔法適性者はかなりレアなのよ。それに魔法適性者のほとんどが王宮騎士団に入団しちゃうのよねー」

「王宮騎士団?」

「冒険者より稼ぎがいいらしいわ。まぁ、魔法が使えない私たちには無縁だけどね」

「ちなみに、戦闘魔法には火、水、土、風の4つの属性があります」


 どうやら、この世界には魔法が存在するらしい。

 魔法は珍しい存在らしいが、いずれ見ることが出来るかもしれない。


「俺、無一文みたいなんだけど……お金ってどんなの?」

「通貨は銅貨、銀貨、金貨、上金貨、白金貨となってます。物価は地域により異なりますが、大体どこの国でも使用できます」

「銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚、金貨100枚で上金貨1枚、上金貨10枚で白金貨1枚になるわ」

「今向かってる街で1泊するのにどれぐらいかかる?」

「格安の宿でしたら、銀貨12枚で1泊に朝食付きですね」


 話を聞いていると、日本円の感覚で銅貨1枚は大体10円ぐらいらしい。

 ってことは……

 銅貨10枚=銀貨1枚=100円

 銀貨100枚=金貨1枚=1万円

 金貨100枚=大金貨1枚=100万円

 大金貨10枚=白金貨1枚=1000万円ってことか。


「って言うか、無一文だったんだ……あ、でもボアモスの素材を売れば2.3日分ぐらいにはなるんじゃないかなー?」

「そうですね。カトルはともかく僕とセットの取り分はユウヤさんが使ってください」

「いや、俺1人じゃ素材をこんなに運べなかったんだし、2人の分まで貰うわけにいかない」


 貰えるものは欲しいが、ずっと甘えるわけにもいかないので、断ることにした。

 最悪、ホーンラビットを食べれば飢えは凌げる。


「それでは、買取額の半分がユウヤさんの取り分ということでどうですか?」

「そうね! 解体して運んだだけで、私達もこれ以上は貰えないわ。ユウヤもいいわよね?」

「え? あぁ、それじゃそれで」


 半ば強引に取り分が1/4から1/2になった。


「あ、ほら! 見えてきたよ!」

「あれが、僕達が拠点を置く街『カタク』です!」


 サンクが指さす方に目をやると、少し遠くに外壁に囲まれた街が見えた。


∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「カインさん! ただいまっ!」


 セットが門に居た厳ついおっさんに声をかけた。


「お? てめぇら、早かったじゃねぇか。さては、昇格試験の依頼にビビって帰ってきたか?」

「いやーそれが、道中でボアモスにちょっかいかけちまって……」


 カトルは分が悪そうに頭を描いて、おっさんから目を逸らした。


「ボアモスだぁ? てめぇらにはまだ早い獲物だろうが! 今回は無事だったみてぇだが、リーダーは仲間の命を預かってんだぞ!」

「あぁ……わかってる」

「わかってるだぁ!? てめぇはいつも返事だけで何も分かっちゃいねぇだろ!」

「カインさん、今日はそれぐらいにして? 私達も無事だったし、ボアモスも倒したから。ね?」

「倒したぁ!? んぁ?……確かにそいつはボアモスの牙だな」


 カインと呼ばれるおっさんは、セットが持つボアモスの牙を見て呟いた。


「まぁ、倒したのは僕達ではありませんが……」

「それじゃあ、誰がボアモスを仕留めたってんだ?」


 3人は俺の方を見て指さした。


「あんた、見ねぇ顔だな。こんな西端の街に何しに来た?」

「いや……それが──」


 俺は記憶喪失という事にして、おっさんに今までの経緯を説明した。


「石でボアモスを倒した!? 信じられねぇが、てめぇらもその場に居たんだよな?」

「あぁ……」

「僕達は逃げるのに必死でしたから、どうやって倒したかまでは見てませんが」

「一撃で仕留めたのは間違いないわ」

「解体した時に確認したが、目と頭蓋の損傷以外に目立った傷はなかった」


 カインは3人を見た後に、俺を無言で睨みつけた。


「一応、これがボアモスを倒した石なんだけど」


 俺はポケットから出した石ナイフをカインに手渡した。


「こんなもんで倒せるわけ──」


 受け取ろうとしたカインは手を滑らしたのか、地面に落とした。

 石ナイフは地面に深くめり込んでしまった。


「い、意外と重たいんだな……」


 カインは地面にめり込んだ石ナイフを両手で拾いながら言った。

 プルプルと震える手から受け取った俺はポケットに入れる振りをしながらインベントリに収納した。

 ──そこまで重くないと思うけど……


「……そうか。信じられねぇが、そういう事にしといてやる。ギルドプレートもねぇらしいが通行証を発行する金は持ってるか?」

「それなら、私が出すわ。命を助けて貰ってボアモスの素材までもらっちゃってるからね」

「そうか。それじゃ、この板に手をかざしてくれ」


 セットから銀貨1枚を受け取ったカインは、何も書かれていない黒板のような板を取りだした。

 俺が板を見ると、鑑定されて説明が表示された。


-----------


【解析板】

 触れた者のステータスを表示する魔導具。

 ギルドに登録されている冒険者の情報開示に使われる。

 未登録者の場合、レベルとスキルのみ表示される。


-----------


 俺はゆっくりと、板に手をかざした。

 黒い板に遺跡に彫られていた文字が青白く光りながら浮かび上がった。


-----------


<未登録者>

 【所属ギルド】不明

 【年齢】不明

 【性別】不明

 【レベル】Lv.8

 【スキル】料理:Lv.5 / 身体強化:Lv.1 / 威圧:Lv.1 / 生活魔法:Lv.-


-----------


 隠蔽状態のスキルは表示されなかったが、レベルが4も上がっており、スキルが増えていた。


「ん? 未登録か……これで所属がわかるかと思ったんだがな……

料理スキルは大したもんだが、こんなステータスでよくも、あのボアモスを倒せたもんだ」


 解析板を覗いていたカトルたちは不思議そうにこちらを見ている。ボアモスはそれほどに強い魔物だったようだ。


「これをギルドに持っていけ。職に就くまでの身分証が発行出来るはずだ」


 カインから1枚の紙切れを手渡された。紙にはなぐり書きで、解析板に表示された内容が書かれていた。どうやらこれが通行証らしい。


「わかりました。ありがとうございます」

「それでは、ギルドに向かいましょうか」

「そうね。依頼失敗の報告もしなくちゃだし」

「ッチ」


 セットはわざとらしく、肩を竦めて言うとカトルが舌打ちで返した。


 門をくぐって街に入ると、ファンタジーやゲームでよく見る中世を感じさせる建物が並んでいた。


「ここが私たちの拠点、シグニンズ王国西端の街カタクよ!」


 街の中央に高くそびえる、塔から鐘の音が鳴り響いてた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る