第2話 サバイバル×エンチャント


「……こっちで合ってんのか?」


 日が沈む中、俺は未だに森をさ迷っていた。

 このままだと、森で野宿する羽目になる。


『──こっちだ……』


 低く響く声が聞こえた。咄嗟に声のする方に目をやると、黒いフードを深く被った男がこちらを見て立っていた。


「人だ! なぁ! ここはどこなんだ?」


 男は俺の呼びかけに答えることなく、森の奥へと歩き始めた。


「待ってくれ!」


 俺は一目散に男を追いかけた。少し走った先で森が途切れているのが目に入る。


「出口か!?」


 森の切れ目まで駆け寄ると、そこには背の低い草が生え揃った草原が広がっていた。

 開けた草原の先には見上げるほどの絶壁があり、周りは木々で囲まれている。どうやら、森から抜け出せたわけではないらしい。


「アイツは!?」


 男を探して辺りを見渡すと、崖に建造物があるのが目に入った。


「これは、遺跡か?」


 外壁は至る所が苔生こけむし、朽ちている。

 遺跡は崖を掘って造られているらしく、暗がりが奥へと続いていた。

 俺は男を探すために、遺跡の中へと進んだ。


「……本?」


 奥に進むと腰ほどの高さの台座が目に入った。

 台座には本が1冊置かれている。

 その奥には禍々しい巨大な扉があり、押しても引いてもビクともしない。

 扉には4つの窪みと4頭の龍が描かれ、何やら模様が掘られている。


『四……迷宮……を集めし……願い……』


 模様に見えたそれは文字らしく、異世界言語の効果で自然と読むことは出来た。

 しかし殆どの文字が掠れてしまっており、全てを読むことはできそうにない。


「こっちは読めるな……能力付与エンチャント?」


 俺は台座に置かれた本を手に取り呟いた。表紙には異世界文字で能力付与エンチャントと書かれている。

 本はどこも傷んでおらず、この遺跡には似つかわしくないほどに綺麗な状態だった。

 俺はゆっくりと本を開いた──


「な……ッ!」


 突如、青白い光に包まれそのまま意識を失った──


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「ん……」


 窓から差し込むような日差しの眩しさで目を覚ました。

 目を開けるとそこは、見慣れた部屋ではなく暗くジメジメした遺跡の中だった。崩れた外壁から光が差し込み、外が朝を迎えていることを告げていた。


「確か俺は、異世界に来て……そうだ、本!」


 俺は近くに落ちていた本を拾い上げて中を確かめた。


「白紙……?」


 本には何も書かれておらず、白いページが続いていた。表紙に書かれていた文字までもが消えていた。


「クソッ! なんなんだよ……それより、どうにかして帰る方法を探さないと……来ることが出来たんだ。帰る方法もきっとあるはずだ」


 俺は遺跡から出て、インベントリを開いた。


「まずは森を抜けないとだよな……あー腹減ったな……そういや買い出しした野菜があったな」


 取り出そうとイメージすると、手のひらにトマトが出現した。

 俺はインベントリに表示される文字列を眺めながら、トマトにかぶりついた。


「そう言えば、これも食えるんだよな……?」


 ホーンラビットの生々しい死体を地面に取り出すと、鑑定の画面が開いた。


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【ホーンラビット】<身体強化 : Lv0.1>

 全身が柔らかい体毛で覆われている小型獣。


【料理補足】

 赤身肉。肉質はしっとりとしていて柔らかい。


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「ん? こんな表示あったか?」


 名前の横に<身体強化:Lv0.1>と表示されている。

 身体強化は確か、ホーンラビットのステータスに表示されていたスキルだ。


 ──能力付与エンチャント

 ふと、昨夜の本に書かれていた文字を思い出した。


「そうだ。昨日の本に能力付与エンチャントって」


 俺は自分のステータスを開いて確認する。


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【名前/性別】クガ ユウヤ / 男


【レベル/Exp】Lv.2 / 12<Next:15>


【スキル】料理:Lv.5


【ユニーク(隠蔽)】転移者 / 鑑定 / 能力付与エンチャント


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 ステータスのユニークに能力付与エンチャントが追加されていた。


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 〖能力付与エンチャント

 物質に能力を付加することが出来る。

 素材から能力を抜き取り対象に付加した場合、素材は消滅する。


 〖能力付与 - 鑑定〗

 鑑定時、能力付与エンチャント可能なスキルを判別する。


 〖能力付与 - 料理〗

 付与可能スキルをもつ素材を調理し効果を料理に付与する。


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「能力……スキルのことか? 元々持っていたスキルにも影響が出たみたいだな」


 俺はホーンラビットの鑑定画面に目を向ける。


「身体強化か……調理すれば能力付与できるんだろが……解体するための包丁もナイフも無いんだよな……はぁ……仕方ない、作るしかないか」


 重たいため息をついた俺は、ホーンラビットをインベントリに戻し、小川へと向かった。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「使えそうな石はっと……これとか良さそうだな」


 小川の方へ移動した俺は、適当な石を拾い上げると石同士を叩きつけ始めた。


 色々な石を叩き割ったり研いだりと、試行錯誤を続け簡単な石のナイフを作った。


 インベントリからホーンラビットを取り出し、石ナイフをホーンラビットの下腹部に突き刺し、首元まで切り上げる。

 インベントリ内で時間が止まっていたこともあり、まだ死後硬直は始まっていないようだ。

 転移者のステータス上方修正も相まってか、力を入れれば何とか解体は進んだ。

 ウサギは解体したことは無かったが、料理スキルの効果か自然と手が動いた。


「子供の頃に親父に教えられた鶏の解体を思い出すな──」


 血や内蔵を川で洗い流しながら、子供の頃、泣きながら鶏を解体した事を思い出していた。

 ──あの時は解体が終わったあとも泣き通しで、当分は鶏肉を食べれなかったっけ……


「ん? 何だこれ」


 内蔵を洗い落としていると、中から鈍く光る小さな結晶が出てきた。鑑定してみると──


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【ホーンラビットの魔石】

 魔物の核。魔素が結晶化した物質。


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「へぇ、これが魔石か……魔素ってなんだ?」


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【魔素】

 魔物の根源であり、自然界のありとあらゆるものに存在する。様々な自然現象の源。

 大量の魔素は人体に害をもたらす。


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 水で洗った魔石を光にかざしてみると、中で黒いものが蠢いているように見えた。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 一通りの解体を終えた俺は、使えそうなものだけをインベントリに収納して草原に戻る事にした。


「解体は何とかなったが、問題は火だな」


 さすがに生肉を食べる訳にもいかず、インベントリの中に使えそうなものが無いか見ていると、ホーンラビットの角に目が止まった。

 角を取り出し鑑定すると──


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【ホーンラビットの角】<硬質強化Ⅰ>

 非常に硬く、先端が鋭く尖っており渦巻き状に溝が入っている。


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 角と肉とでは説明文が違い、能力も角は<硬質強化Ⅰ>になっている。


「角か、これは使えるかもな……」


 俺はホーンラビットの毛を毛皮から少しむしり取り、枝などと1箇所に集める。その上でホーンラビットの角と石を勢いよくぶつけた。

 角と石がぶつかり、散った火花が毛と枝に落ちる。

 何度か続けると少し焦げた匂いがし始めた。


「よし! これならいけそうだ」


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「……やっと、点いたー。火起こししんど」


 かれこれ1時間、ひたすら火を起こすために角と石をぶつけてやっと焚き火が完成した。

 気がつくと、太陽が真上にまで上がっていた。


「昼過ぎか……かなり時間を無駄にしたな」


 俺は、石ナイフでホーンラビットの肉を1口大に切り落としていく。

 言うまでもないが、切れ味は最悪で切ると言うより潰しているようなものだ。


 切った肉に木の棒を刺して、焚き火で焼いていく。

 火を消さないように細い木の枝を、少しずつ焼べていくと、パチパチと音を立てながら燃えて、肉を焼き始めた。


 肉からはほんのりと油が出始め、焚き火に油が垂れる。十分に火が通ったところで、肉を火から放す。


「美味そうだけど……食えるんだよな……?」


 俺は恐る恐る肉を口に運ぶ。


「……え、うまっ!」


 表面に油が出てきていたので、油っこいのかと思ったが全然しつこくない、むしろさっぱりしている。

 表面はカリッとしているが中は柔らかくジューシーだ。

 俺はあまりの美味さに、ホーンラビットの肉をあっという間にたいらげてしまった。


「ごちそうさまでした。これで、ステータスが変わってるはずだ……」


 ホーンラビットで腹を満たした俺は、能力付与エンチャントの効果を確認するために、ステータスを開いた。


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【名前/性別】クガ ユウヤ / 男


【レベル/Exp】Lv.2 / 12<Next:15>


【スキル】料理:Lv.5 / 身体強化:Lv.1


【ユニーク(隠蔽)】転移者 / 鑑定 / 能力付与エンチャント


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「よし、身体強化が増えてるな……ん? レベル1?」


 素材の時は、Lv.0.1と表示されていたのに、能力付与エンチャントしたステータスにはLv.1と表示されていた。

 身体強化を鑑定してみると……


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 〖身体強化〗

 身体機能が変動し、筋力、持久力、運動能力が向上する。


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「効果時間とかは……書いてないな。また後でステータスを確認してみるか」


 肉をガッツリ食べた俺は、伸びをして森の中を散策することにした。

 身体強化の影響からか、体が少し軽く感じた。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 森を散策し始めて数時間が経った。

 ホーンラビットを見つける度に、草陰から石を投げつけて倒していたが、他の魔物も見当たらず収穫はホーンラビットが5匹だけだった。

 少しずつ散策範囲も広げていたが、道らしい道を見つけることもできずにいた。

 日が暮れてきたので、暗くなる前にホーンラビットを1匹だけ解体して、草原に戻ることにした。


「はぁ、森で野宿か……」


 俺は消えてしまった焚き火にホーンラビットの毛を置いて、角と石で火花を飛ばす。

 何度か繰り返すと、炭化した木に種火がついて毛に燃え移った。枝葉をくべて火を大きくする。


「そう言えば、角にも能力があったよな」


 俺はインベントリから角をもう1本取り出し、角同士をぶつけてみる。

 鉄同士がぶつかるような鋭い音が暗い森に響いた。

 角だから骨の一部だと思っていたが、鉄のようなずっしりとした重みがある。


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【ホーンラビットの角】<硬質強化Ⅰ>

 非常に硬く、先端が鋭く尖っており渦巻き状に溝が入っている。


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 ホーンラビットの肉を食べて分かったが、名前の横に書いてあるのが、能力付与エンチャントできる能力で間違いない。

 硬質強化にはレベル表示が無いようだが、横に『Ⅰ』と表記されいた。

 能力を鑑定してみると。


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 〖硬質強化 Ⅰ 〗

 物質の強度を高める。


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「どうやって使えば良いんだ……?」


 付与できる能力が分かっていても使い方が分からなければ意味が無い。

 俺は思いつくままに、試してみることにした。


「ゲームとかなら、鍛冶屋に持って行ったりだよな……それか、アイテムを組み合わせる道具があったり……あとは、ドラッグしてドロップするとかか?」


 インベントリに表示されている『ホーンラビットの角』を『石』の上までドラッグして重ねて離す。

 が、何も起こらなかった。


「やっぱり、この角を使って武器を作れば能力が付くとかか?はぁ、どうしろってんだよ……」


 焚き火で炙った肉を口に運びながら、ステータスに表示される能力付与エンチャントを睨みつける。


 鑑定が反応して能力付与エンチャントの説明文が表示された。


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 〖能力付与エンチャント

 物質に能力を付与することが出来るスキル。

 素材から能力を抜き取り、対象に付与すると素材は消滅する。


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「能力を抜き取る、か……」


 俺は、石ナイフを右手に持ち、左手にホーンラビットの角を持った。

 角から硬質強化を石に移すイメージをする──

 すると、左手に持った角が青白く光り始めた。

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