俺がこの世界に転移したワケ〜料理×スキルで異世界最強〜
嘉宮 ジン
1章 『異世界転移』編
第1話 異世界×転移
「笑えねぇ──」
俺は今、知らない森で見たことも無い生き物と対峙している。
見た目は可愛らしいウサギだが、額に螺旋状に溝が入った細長い角を持ち、赤い目で鋭く俺を睨みつける。
ウサギの足元には俺のバイクがエンジンをボロボロにされ横たわり、周囲には買ってきた食材が荒らされ地面に散らばっていた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
──数時間前。
高3の夏休み、周りが受験モードの中。
俺は最近ハマっていたラノベを読み漁り、気がつくと朝を迎えていた。
窓から射す太陽の光をカーテンで塞ぎ、布団に潜り込んだ時、勢いよく部屋のドアが開かれた。
布団の隙間からドアの方を見ると、妹の
「おにぃ、まだ寝てるの!? 買い出しの時間だよ!」
「やっべ……忘れてた」
妹はまだ中3だと言うのに、父子家庭で育ったからかしっかり者だ。
「あと、ちょっとだけ寝かせて……」
俺は布団に頭を潜り込ませながら言った。
「早く行かないと父さんに言いつけるよ?」
「……」
「あっそ……それじゃこの辺のゲームとか漫画とか捨てちゃうねー」
莉沙はそう言うと、床に乱雑に置かれたゲームソフトを拾い上げた。
「わかったって! すぐ行くから!」
俺はジャージ姿のまま、半ば追い出されるように部屋を飛び出した。
「あーめんどくせぇ……ったく、あいつは人使いが荒いんだよなぁ……まぁでも、無理言ってこいつを買ってもらったんだ、当分は仕方ないか」
俺は愛車のホ〇ダ『ジェイド』に跨りながら呟いた。
ジェイドはエンジン部分がむき出しのいわゆるネイキッドバイクだ。この見た目に惚れて親父に無理言って買ってもらった。
「おにぃ、お金お金!」
「あ、わりぃ……」
追いかけてきた莉沙から買出し用の金が入った封筒を受け取ってポケットに詰め込んだ。
「買う物わかってるよね? 変なもの買わないでよ?」
「はいはい。わかってるって」
俺はバイクの鍵を回して、重低音を辺りに響かせた。
「気をつけてね」
「おう」
俺の実家は定食屋をしている。
それなりに繁盛しているのもあってか、跡取りとして小さい頃から親父に料理を叩き込まれて育てられた。
高校を卒業した後は実家の定食屋で働き、いずれは継ぐつもりだ。
夏休みに入り、することも無い俺は家の手伝いで買い出しをしている訳だが……
「あとは肉か、確か肉は商店街だったよな。あーねむてぇ……──ッ!!」
その時俺は、交差点の信号が赤になっていることに気づき咄嗟にブレーキをかけた。
一瞬の出来事だった。
横からトラックがクラクションを鳴らしながら迫りくる光景が目に入る。
頭が真っ白になり、死を覚悟した時……俺は目が眩むほどの光に飲み込まれた──
ボヤけた視界が徐々に鮮明になっていく。
「は……?」
俺は辺りを見渡して驚愕した。そこは──
周りには杉のような木々が生い茂げ、見たこともない景色が広がっている。
「どこだ、ここ……」
視線を落とすと、俺はエンストしたバイクに跨がっていた。
「夢……か?」
辺りを見渡しながら漠然と呟いた。
先程までの眠気が一切感じられず、身体が妙に軽く感じる。
「小説の読みすぎだな……買い出しに出る前に寝落ちしたか……? どうせだし、莉沙に叩き起されるまで夢を満喫するか」
このままここにいても仕方がないので、バイクと荷物を置いて、辺りを散策することにした。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
数十分歩いただろうか、未だ道らしい道は見当たらず、俺はひたすら森の中をさ迷っていた。
──夢のくせに森しかないのか? 俺の想像力ってこんなもん?
なんて考えながら歩いていると、視界の端で何かが動く気配を感じた。見れば、そこにはウサギがいた。
いや、正確にはウサギの頭に細長い
周りの木と比較するに、大きさは30cmほどだ。
──角が生えたウサギか……とりあえず
ひとまず『角兎』と呼ぶことにしたが、こんなファンタジーな動物は見たことがない。
角兎は周りを警戒しているのか、アンテナのように耳をまっすぐに立てて、ピクピクと動かしている。
──現実の生物とは思えないな。俺が夢の中で創り出したか?
あまりにも得体が知れないので、気づかれないうちにその場を立ち去り、引き返すことにした。
「どうせ夢ならラノベみたいな展開になんねぇかな……例えば『ステータス』──ッ!」
目の前に半透明の画面が出現し、俺は言葉を失った。
顔の動きに合わせて、画面もついてくるようだ。
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【名前/性別】クガ ユウヤ / 男
【レベル/Exp】Lv.1 / 0 <Next:12>
【スキル】料理:Lv.5
【ユニーク】転移者 / 鑑定
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「へぇ、これが俺のステータスってことか。レベルとか、なんだかゲームみたいだな。スキルは、料理だけってなんだよ……Lv.5って高いのか? 俺はLv.1だし、基準がわかんねぇ」
ステータスを見つめていると、文字の上に新たに画面が浮かび上がった。
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〖 料理 〗
食材の品質を理解することができる。
レベルにより、扱える食材が増える。
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目線に応じて説明画面が表示されたり消えたりする。
──やけに凝ってるな……このユニークにある『鑑定』がこれを出してるってことか?
「それよりも……」
さっきから気になっていた『転移者』に目を向けると、こちらにも説明画面が表示された。
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〖 転移者 〗
異なる世界より転移した者に与えられるスキル。
身体機能を元居た世界のステータス値をもとに上方修正される。
下記のスキルが使用可能となる。
【異世界言語、ステータス隠蔽、インベントリ】
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「ハ、ハハ……ここが、異世界……?」
呆然と呟き、再度辺りを見回す。
そこには夢にしてはリアルすぎる世界が広がっていた。
「マジなら笑えねぇ……」
──夢ならそのうち覚めるだろうが、もし本当にここが異世界だとしたら……戻る方法は……? 何にしても情報が足らないな……
俺は夢オチを期待しつつも、転移者の説明に書かれたスキルの説明に視線を落とした。
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〖 転移者-異世界言語- 〗
異世界の言語を読み書き話すことが出来る。
〖 転移者-ステータス隠蔽- 〗
ステータスの内容を他者から見られないようにすることが出来る。
〖 転移者-インベントリ- 〗
物を異空間に収納することが出来る。
収納した物は時間が止まる。
生物を収納することはできない。
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──言語の問題は解決か……転移者だとバレると面倒事に巻き込まれるかもしれない。念の為ユニークスキルは全部隠しておいた方がいいか……
「インベントリか……これはあとで色々入れてみるか──」
スキルを調べながら歩いていると、不意に視線を感じた。
「はぁ……笑えねぇ」
目を向けると、耳をピクピクと忙しなく動かす角兎と目があった。
角兎の周りには、俺が買い出しした食材が散らばり、エンジン部分をボロボロにされたバイクが横たわっていた。
どうやらスキルを調べているうちに、初めの場所に戻って来ていたらしい。
──気づかれてる……よな。
戦闘は避けられそうにない……俺はゆっくりと腰を低く落とした。周りを見渡すが、木があるだけで逃げ場はない。
お互いに視線を交差させる。
警戒しているのか、耳がピクピクとせわしなく動いている。
しばらく見つめ合っていたが角兎はどこかへ行ってくれそうにない。
何かいい方法はないかと角兎を凝視していると、鑑定画面が出てきた。
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【ホーンラビット】 Lv.3 / Eランク <exp12>
【スキル】身体強化 : Lv.1
【補足】全身が柔らかい体毛で覆われている小型獣。
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角兎はホーンラビットと言うらしい。
「そのままだな……」
──レベルは俺よりも2つ上で、Eランクか……基準はわからないが、Eはそんなに強くない気がするな。
「そうだ、ここが異世界なら魔法とか使えないのか?」
じっとしていても埒が明かないので、出来ることは試してみることにした。
俺はホーンラビットに掌を向けた。
「はっ! 燃えろ! 炎よ!」
火の玉が飛んでいくのをイメージしながら、手を突き出し叫んでみたが何も起こらない。
森の中で叫んで、ただ恥ずかしい思いをしただけだ。
──そういや、魔法スキルなんて持ってなかったもんな……
俺が叫んだことで、ホーンラビットが前傾姿勢になり突っ込んできた。
「っちょ……まッ!」
尻もちをついた俺は、足元にあった石を手当り次第に投げつけた。
ホーンラビットは飛んでくる石を細長い角で器用に叩き落とし突っ込んでくる。
石が角に弾かれる度に辺りに火花を散らす。
ホーンラビットは勢いを落とすことなく俺に角を突き立てた。
間一髪、俺は転がるようにして何とか避けると、一目散にバイクの方へと走った。
方向転換したホーンラビットがものすごい速さで追いかけてくる。
「うわぁああああ!」
俺は転がっていたヘルメットを拾い上げると、振り返りながら力任せに振り回した。
耳元で鈍い音が鳴ると、足元に何かが落ちた。
ゆっくりと目を開くと、地面でホーンラビットが動かなくなっていた。
心臓の鼓動がわかる程に激しく脈打っている。
「死んだ、のか?」
ホーンラビットの上に半透明の画面が出てきた。
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【ホーンラビット】
全身が柔らかい体毛で覆われている小型の魔物。
【料理補足】
赤身肉。肉質はしっとりとしていて柔らかい。
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説明文はホーンラビットのステータス画面の補足と同じだが、ランクやレベルが表示されなくなり、代わりに<料理補足>が表示されていた。
──補足の内容を見た感じだと、こいつ食えるのか……?
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〖料理補足〗
スキル<料理>により食材の状態、品質がわかる。
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どうやら、料理補足は料理スキルにより表示されているようだ。
俺はホーンラビットにゆっくりと触れて、インベントリに入れるイメージをすると、ホーンラビットの体が青白く光り、音もなくその場から消えた。
インベントリを確認すると半透明の画面に『ホーンラビット×1』と表示されていた。
「インベントリに入ったって事は、死んだってことだよな……?」
生き物を殺したことの罪悪感と鳴り止まない鼓動を感じながら、辺りに散らばった食材をインベントリに入れていく。
バイクは使えそうにないが、このまま置いておいても仕方ないので、インベントリに入れて持っていくことにした。
──どうやってここに来たのかも帰る方法もわからないが、これだけは分かる。
「死ねば終わりだ……」
俺はインベントリに表示される文字列を確認しながら小さく呟いた。
辺りは夕日で赤く染まり、日が暮れ始めていた。
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