命託して

「うー、全然眠れなかったな。時間は朝の6時か。丁度日の出ぐらい、時間は地球と同じで24時間で1日か。それは便利だけど、もう少し寒くなったら野宿は無理だな。はやく何とかしないと」


男は投影装置を見る。男のHPは9のままだったが、手札は5枚に増えている。どうやら1日経てば1ターン経過というようだ。ウッドゴーレムも4/4のままで傷は回復していないようだ。そして当然だがこの現実世界はディープワールド・カードゲームの世界と異なり、自分のターンと相手のターンが交互に繰り返される様なことはない。昨日男は森狼の奇襲を受けたが、ウッドゴーレムを召喚して迎撃に成功した。ターン制でないのならば、危険度は相当高い。


(正直寝てる間に襲われなかったのはラッキーだ。睡眠不要のウッドゴーレムがいるとはいえ、ウッドゴーレムより強いモンスターに寝込みを襲われたらひとたまりもない。早急にモンスターを狩って金を稼がないと)


不意打ち、騙し討ち、裏切り。この世界では何でもありだ。そして男が召喚したモンスターにも感情があるので、それにも気を配らないといけない。さらには1日経てばカードを1枚引くので、カードを補充しなければ男はデッキ切れで死んでしまう。やる事が山積みであるが、男は冷静に引いたカードを見る。


〇赤の地[陣地] 体力10 スペル赤 ☆1


「やった、スペル赤。これでファイアースピアが使えるぞ」


男は歓喜の声をあげる。スペルは条件さえ満たせば幾らでも使うことが出来る。ただし、その条件を満たすのが大変なのである。例えばコスト赤のスペルを使うにはスペル赤を持つ陣地やモンスターが必要となる。コスト赤×2ならスペル赤×2を持つ陣地やモンスター、もしくはスペル赤を持つ陣地やモンスターを2枚プレイしている必要がある。当然スペルを持つモンスターがやられたり、陣地が攻め落とされたらスペルは使えなくなる。


「この赤の地はプレイしておこう。奇襲にもファイアースピアで迎撃できるし。問題は赤の地を守るモンスターだが・・・、黒いシルエットはそのままか。特に陣地も置かれてない。俺は魔王の居場所どころか顔さえ分からないが、相手も同じという事か。そして、このディープワールド・カードゲームのシステムは俺だけだよな?」


男は自分に言い聞かせる。もし倒すべき魔王が同じシステムを所有しているのなら勝ち目はない。そもそも体力差が10倍もあるのだ。しかし昨日男を襲った森狼は男の投影装置に映し出されたフィールドには存在しなかった。男は暫し考える。


(兵隊蟻の効果で魔王にダメージを与えたら、もしかしたら向こうに気付かれるかもしれない。昨日でさえ死にかけたのにこんな序盤で気付かれたら、即死は免れない。危ない橋は渡れない、とすると・・・)


男の考えは纏まったようだ。フィールドを開きプレイヤーの右横に赤の地を設置し、そこに働き蟻を召喚する。今日男が野宿した洞窟に赤い魔法陣が浮かび上がり、そこに働き蟻が現れる。大事な陣地を守るには頼りないが、それでも男が見つかることなく夜を過ごした洞窟である。見つかりにくいであろうという男の願望の表れでもあるし、いざという時に護身用にどうしてもファイアースピアが使いたいという男の弱さの表れでもある。この選択がどう生きるかは分からない、どちらにしろ男の手札は残り3枚となる。


「手札は心もとないし、兵隊蟻はよほどのことがない限りプレイは控えた方がいいな。さて、どうするか」


男が悩み始めた時だった。突如男の投影装置が振動を始める。慌てて確認した男は驚きの表情を浮かべる。プレイヤーと黒いシルエットの間に敵の陣地が出来ていたのだ。男は魔王に感知されたのかと一瞬焦ったが、画面にサブクエストという文字を見つけて冷静になる。


「なんだ、サブクエスト?何々・・・。ジャイアントラットの巣を破壊せよ。報酬500ルピー。金は嬉しいんだが、中々にハードだぞ。この世界、俺に厳しくない?」


男はぼやく。それもそのはず、昨日突然この世界に飛ばされるまでは地球で快適に暮らしていたただの人間だから無理もない。しかし男は気持ちを切り替えてこのサブクエストの攻略方法を考える。


〇ジャイアントラットの巣[陣地] 体力7 ☆2

効果・毎ターン終了時、この陣地にジャイアントラットを1体召喚する


〇ジャイアントラット[モンスター] コスト3 2/2 ☆1

効果・攻撃時【毒】を与える


「毒・・・これは不味い。はやくジャイアントラットの巣を見つけて破壊しないといけないな」


毒はアイテムやスペルで打ち消すことが出来る状態異常のうちの1つである。ただしランダムに組まれたデッキに毒を打ち消す効果があるカードがあるかは分からない以上、かかれば解除出来ないとみなして動いたほうがいいだろう。男は真剣な表情を浮かべる。問題は毒の効果である。それは毎ターン終了時に1ダメージを受ける、というもの。


(もし毒にかかれば、放っておけば数日で俺は死ぬ。今日1日経てばジャイアントラットの巣にジャイアントラットが召喚される。その前にジャイアントラットの巣を破壊しなければ!)


男は急いでウッドゴーレムを呼びジャイアントラットの巣を探し始める。しかし、高いところに登って見渡しても、それらしいものは発見できない。


(くそっ、ジャイアントラットの生態ってなんだ?こんな事ならディープワールド・カードゲームを遊んでいるときにカード情報をしっかり見とくべきだった!)


男はディープワールド・カードゲームの世界にのめりこんでいたので、カードの効果は覚えている。しかしカードの情報、つまり世界観は重視してこなかった。その弊害が今如実に表れている。結局のところ男もカードのコストや攻撃力、体力、とどのつまり数字しか見てこなかったのだ。男は焦る、しかし時間は焦る男を置いて流れていく。ジャイアントラット1体ならばファイアースピアを撃って倒すことが出来るが、2体になるとおそらくウッドゴーレムは毒でやられるだろう。いや、最悪のパターンはジャイアントラットがウッドゴーレムを躱して直接男を攻撃する場合だ。その最悪のパターンを想像して、男の動悸が速くなる。男は何とか頭を回転させる。そして1つの最適解を導き出す。


「ウッドゴーレム!乗せて!」


男がウッドゴーレムに声をかけるとウッドゴーレムは身を屈める。男はウッドゴーレムに肩車をしてもらい、村を指さす。ウッドゴーレムは合点招致とばかりに胸を叩き、猛スピードで村を目指す。昨日召喚したばかりなのに随分と仲良くなっている様である。程なくして村に到着した男は、驚く衛兵に質問を投げかける。


「すいません、ジャイアントラットってどういうところに住んでいるんですか?」

「え?ジャイアントラット?ジャイアントラットなら草原に生息してるよ、ほらルフから隠れるためにね」

「ありがとうございます!」


衛兵にお礼を言い男は草原を指さす。それに応えてウッドゴーレムも草原を目指す。すぐに草原に到着した男は、高さ2M程のウッドゴーレムの上からジャイアントラットの巣を探す。途中、野良のジャイアントラットと何度も遭遇するが、男はそれどころではないという風に逃げる。ジャイアントラットも攻撃されない限りは自分から態々ウッドゴーレムに仕掛けるようなことはしない。これが自然かと男は思う。襲い掛かるときは相手が弱いときだけなのだ。そして男はついにジャイアントラットの巣を見つける。


「やった、見つけた。まだジャイアントラットは沸いてない。ウッドゴーレム、叩き潰してくれ」


ジャイアントラットの巣は草原の中に隠れるように作られている。地表面は何も特徴はないが大きな穴が開いており、地下へと続く道がある。おそらく衛兵に聞かなければ見つけることは出来なかっただろう。ウッドゴーレムが渾身の力で腕を振り下ろす。1回目でひびが入り、2回目で地面が揺れ地下へ続く穴は完全に閉ざされた。男が投影装置を見るとサブクエストクリアとなっており、500ルピー硬貨が1枚空中から現れる。慌てて男はその硬貨を掴むと、ニンマリと笑顔を作る。そして男の気が緩んだ時だった。


「ギイイエェ!」


その声と共に男の体は宙に浮かび上がった。一瞬男は呆けていたが、昨日と同じ轍は踏まないとばかりにすぐに状況を理解する。


(この鳴き声、ルフだ!不味い、俺を雛の餌にする気だ)


〇ルフ[モンスター] コスト4 5/5 ☆3

効果・死亡時ルフの雛を1体召喚する


〇ルフの雛[モンスター] コスト1 1/1 ☆1


攻撃力、体力共に5の強敵。そんなルフから見れば男はただのか弱き獲物に過ぎない。自然の掟、それは弱肉強食。強さこそすべて、それがルフに油断を招いた。


「ファイアースピア!」

「ギェ!」


冷静さを取り戻した男はひるむことなくルフに向けてスペルを唱える。男の手から燃え盛る火の槍がルフめがけて飛び出す。ファイアースピアはルフの片翼に命中し、そのまま翼を焼き続ける。ルフはたまらず落下し、男も空中から地面にたたき落される。


「ぐぁ!」


短い悲鳴と共に男は背中から落ちる。続いてルフも落ちるが、足から落ちて草原に響き渡る程の悲鳴をあげる。男はしばらく動くことが出来なかったが、少しして投影装置を見ると、男のHPが6にまで下がってる。男も腰を強打したらしく、まともに立つことが出来ないでいる。しかしルフの方が明らかに重症であり、あの重さで地面に落ちたのだから瀕死と言って差し支えない。そこにウッドゴーレムが現れ、地面を這いずり回るルフにトドメをさす。するとルフの最後の一鳴きに応えてヨチヨチと地面を歩いて一匹のルフの雛鳥が現れる。もう冷たくなった親鳥の体に寄り添い、雛鳥は泣き続ける。男はこれから起こる事を理解して、見たくないとばかりに顔をそむける。男が顔をそむけたことを確認してからウッドゴーレムは腕を振り上げる。今度は断末魔に応えるものはいなかった。


「弱肉強食、分かってたことなのに何とも言えないな。いや、命を奪う事をウッドゴーレムに任せてる時点で何も言う資格なんてないか」


男が生命ポーションを使うと、男の目の前に小瓶が具現化する。震える手でそれを飲み干し、男は体力を回復する。ホログラムを見ると男の体力は9に回復している。全快とは言えないが、ようやく男は立つことが出来て、改めてルフを見る。


「せめてあの村に運ぼうか・・・。金になるしね。うーん、思いがけず臨時収入が入った、喜ばしいことだなぁ。ウッドゴーレム、ごめんよ。君にだけ辛い思いをさせて。君にも感情があるのにね」


絞り出すような男の声にウッドゴーレムは大丈夫だと言わんばかりにまた胸を叩く。ディープワールド・カードゲームではルフの死亡時効果はただの役に立つ効果であった。ルフがやられても場つなぎ的に雛鳥を召喚する。雛鳥など親鳥がいないとか弱い存在であるにもかかわらず、何の疑いもなく男はカードを使っていた。しかし、ここは現実世界。ディープワールド・カードゲームの世界でカードの下の方に少し書かれていたカード情報も、最早世界観に没頭するための文章ではない。男は再度ウッドゴーレムをなでる。


〇ルフ[モンスター] コスト4 5/5 ☆3

効果・死亡時ルフの雛を1体召喚する

ーその巨躯は象をも持ち去るー


〇ルフの雛[モンスター] コスト1 1/1 ☆1

ーいつか親鳥のような強さを求めてー


(出来ればウッドゴーレムとは長くいたいな・・・)


〇ウッドゴーレム[モンスター] コスト3 4/5 ☆2

ー無機質だが木の温もりを感じるー


いきなりこの世界に飛ばされて、その癖ディープワールド・カードゲームのシステムが使われていたことで、男はどこか実感が湧かない所もあった。男は自分の命は大切にしていたが、それだけだった。しかし今日、男の考えは変わった。命を抱えてウッドゴーレムが草原を歩く。死んだとしてもそれは命なのだ、命を食らい生き物は生きていく。ウッドゴーレムの横をピッタリと男がついて歩く。いざという時にウッドゴーレムに守ってもらうためではない。少しでも長く一緒にいるためである。男とウッドゴーレムが村に向かって歩いていくのを、近くの山から空っぽの巣が眺めている。

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