ディープワールド・カードゲーム

ここは日本。今や空の上では小型の飛行機が縦横無尽に走り回り、眼下にはビルが立ち並んでいる。GPS技術を応用したレーダー探知システムにより、事故は激減、インフラは急激に発達している。電力供給技術も自然エネルギー由来のものと、核融合エネルギーが同時に使われており、安定供給されている。農業では大規模農業・機械化が進み、農薬規定が年々強化されているにも関わらず、品種改良により食料自給率に不満の声は上がっていない。人々は電気自動車を乗りこなし、学校の屋上には当たり前のようにソーラーパネルが稼働している。校舎の耐久性も飛躍的に上がっており、倒壊のリスクがないからこその金の使い道とも言える。中でも目覚ましい技術の飛躍を遂げているのはVRであろう。まるで現実世界をVRの世界にそのまま投下したかのような再現度は、まさに圧巻の一言だ。そんな五感を肌で感じることが出来る世界で、RPGではなくカードゲームを遊んでいる男がいる。


「『一つ首のケルベロス』召喚!」


男の掛け声とともに、ケルベロスが現れる。まるで実体があるかのような気迫、まるで感情があるかのような表情。しかしその顔は、3つのうち2つが瞼を閉じている。条件付きモンスター。最初は弱いながらバトルと共に徐々に真価を発揮するカードでありながら、男が大好きなカードでもある。これこそが迫力満点、臨場感あふれるVRの世界に於いてカードゲームの歴史を塗り替えたディープワールド・カードゲーム。キャッチフレーズは「人ともに進化する」。それはこのゲームか、はたまたモンスターか。いつの間にか召喚したケルベロスの三つ首が全て目を開け、男にじゃれている。


「いやぁ、今のは熱かったな。特に最後にケルベロスが覚醒したところ。ああいう追い込まれてからの逆転劇がカードゲームの楽しさだ、周りも逆転劇が分かるんだからな」


VRセットを外した男が楽しそうに独り言を呟いている。どうやら先ほどの試合を振り返って、いい試合運びが出来て満足しているようだ。先ほどまで男はディープワールド・カードゲームの大会に出ていた。周りから大勢の観客が見守る中、男は見事ブロックの予選を2位で突破した。1位ではないのは、ある種仕方のないところもある。男は強いカードばかり使うデッキや、強力なコンボを使うデッキ、はたまた皆が使っているような環境トップと言われているようなデッキを使うのが大嫌いだからである。条件付きモンスターは覚醒さえすれば強力だが、大抵はその前に勝負がついてしまう。楽しめばいいと考えているプレイヤーより、大会に出る以上勝利が全てと考えているプレイヤーの方が圧倒的に多い。だからこそ、先ほどの試合、男の逆転劇に会場は大いに沸いたのだ。


「あの興奮、たまらないなぁ。出来ればあの熱狂を現実世界で味わいたかったけど」

『その願い聞き入れた』

「は?」


男の独り言に天から声が聞こえてくる。男のほかにこの部屋には誰もいないというのに。男は慌てて周りを見渡すがそこには何もなく、暫く後に男の体は空に掻き消える。所有者を失った椅子だけがカラカラと回転を続けている。もうここには何者もいないようだ。


_____


白い空間の中に重力を無視して男が浮いている。どうやら余りの急展開に思考が追い付いていないようで、先ほどから口をパクパクとさせているが、言葉は出てこない。さながら金魚の様な男の前の空間が歪み、ピカソのゲルニカ同然の様な何とも捉えどころのない、人かどうかさえ分からない模様が浮かび上がる。


『今からお前にはディープワールド・カードゲームのシステムを駆使して魔王を倒し世界を救ってもらう。拒否権はない』

「え?・・・え?」

『デッキは適当に☆1と☆2のカードで組んでおいた。デッキが切れても死ぬから、適当に頑張れ。世界を救うと言っても、別にお前の代わりはいくらでもいるから。じゃあな』

「は?」


また間抜けな男の声が最後となり、空間が歪み男は消える。白い空間では禍々しい模様がウゾウゾと蠢いている。神か、はたまた悪魔か。それは誰にも分からない。だが男が地球から別の星へ飛ばされたことだけは確かであろう。


_____


「???」


訳が分からないといった風の男の前には高層ビルもなければ空飛ぶ飛行機もない。地球では考えられないような植物の乱立。不規則で無造作に成長を続ける植物群を見て、男は戸惑う。男は何とか周りを見渡すが、何処を見ても緑しかない。それでも何とか男は現状を把握しようとすると、ふと腕に取り付けられている小型ホログラム投影装置を発見したようだ。それはディープワールド・カードゲームにも存在したもので、男にとっては見慣れたものだった。慌てて男はその投影装置を確認する。デッキは45枚と表示されており、手札には5枚のカードが映し出されている。男は先ほどの変な模様の声を思い出す。どうやら本当にデッキを勝手に組まれて別の世界へ放り出されたようだと認識したようだ。思わず男は身を低くする。


「ギィエエエエェ」


森の上を人ひとりくらいは丸呑みできそうな怪鳥が飛んでいる。かと思えば次の瞬間には地上からレーザーが発射されて、その怪鳥は撃ち落される。


「・・・あり得ない。今落とされたのはルフで、おそらく撃ち落したあのレーザーはマシーンゴーレムから撃たれたものだ。どちらも☆3のカードだった。本当にディープワールド・カードゲームの世界?いやいや、あの変な声の話が本当だとすると☆1と☆2のカードだけでこの世界を救えだって!?バカじゃないか!」


男は現状把握を済まして発狂する。しかしこの森の中も安全ではない事を悟り、思わず口を塞ぎさらに身を屈める。男の体に冷や汗が流れる。男は何とか投影装置を再度確認すると、そこには3×3のディープワールド・カードゲームのフィールドが広がっており、丁度真ん中の軸の北と南の1マスにプレイヤーが映っている。片方は男の顔であり、もう片方は黒いシルエットであり何者かは分からない。3×3のフィールドのうちプレイヤーを除く残り、つまりはH型の残りのマスには何もない。まさしく男が慣れ親しんだカードゲームのフィールドに間違いない。


「本当にディープワールド・カードゲームの世界のシステムをとってるのか。でもフィールドに映ってないだけで、さっきみたいにモンスターは普通に存在する。というかこの黒いシルエット、これが倒すべき魔王なのか?魔王のHP、俺の10倍あるんだけど・・・?」


見れば黒いシルエットの横には100という数字があるのに対し、男の横には10という数字がある。ディープワールド・カードゲームではこの数字を0にするか、相手をデッキ切れにすれば勝ちとなる。プレイヤーは空いてるフィールドに陣地カードを設置していき、時には相手の陣地を壊しながら相手プレイヤーへの道を広げてモンスターを進める。ただし自分の陣地カードが置けるのはプレイヤーの周り5マスだけで、相手プレイヤーの両隣は相手しか陣地カードを置けない。カードゲームでありながら陣取り合戦の要素も含み、戦略性が重要になるカードゲームなのである。


「えぇ、これ無理ゲー・・・。いや、諦めたら死ぬしな。というか手札の5枚のうちドローカードが1枚もない。これ手札補充のタイミングはどうなるんだ?ターン開始時にドロー出来たんだけど、この世界じゃそれも分からない。とりあえずこれは後回しで、この森から抜けないとな」


男は何とか現状把握を済まし、とりあえずこの森から抜けることが先決であると判断したようだ。慎重に男は前に進むが、程なくして異変に気付く。男の背後の草むらがガサガサと揺れているのだ。男は慌てて振り返ったが、草むらから一匹の狼が男にとびかかる。


「グガァ!」

「うお!」


男は咄嗟に体を捻り、狼の爪は男の脇腹を掠る程度で済んだ。しかし再度狼は飛び掛かり、男は足を切られる。狼が飛び掛かりからの着地を決めている隙に男が投影装置を見ると、男のHPが9に減っている。


(不味い、不味い!様子見とかしてられない。嫌だ、死にたくない!何か、何か!)


危機的状態になっても、かえって男は冷静に生きる道を探す。狼の爪を避けながらじっくりと観察すると、この狼も先ほどのルフやマシーンゴーレムと同様、ディープワールド・カードゲームに登場するモンスターであることに気付く。


(落ち着け、取り乱したら奇襲した狼の思うつぼだ。そうだこいつは☆1森狼。森の中じゃ逃げきれない、ならばとれる道は一つ)


再度男は狼の着地のタイミングに合わせて投影装置をのぞき込む。カードを吟味する時間はないようで、乱雑に1枚のカードを選択し、ディープワールド・カードゲームで何度も繰り返した掛け声をあげる。


「『ウッドゴーレム』召喚!」


はたして男の呼び声に応えるかのように、男の目の前に高さ2M程の木で出来た質素なゴーレムが現れる。ディープワールド・カードゲームと全く同じ召喚方法、しかし一つ確かに違うのは、男の前にいるゴーレムは実体を伴っていることであろう。森狼は突如現れたウッドゴーレムに驚き、男よりもウッドゴーレムを狙う事に決めたらしい。


「グガガァ!」


叫び声と共に森狼はウッドゴーレムに飛び掛かりその爪を突き立てるが、深々と突き刺さった爪は逆にとれなくなり、無防備な森狼の腹にウッドゴーレムのパンチが決まる。


「ギャン!」


まともに受けた森狼はそんな悲鳴を一つ上げて、上空に投げ飛ばされる。しかしウッドゴーレムの反撃は終わらない。落下している森狼の下に回り込み突き上げるようなパンチをお見舞いした後、再度放り出された森狼が今度は地面に衝突する前にトドメの踏み付け。地面に踏みつけられた森狼はピクリとも動かなくなる。それを見て男は安堵する。


「助かった、のか?良かった。まさかいきなりモンスターを召喚するなんて。とりあえず召喚したモンスターは俺のために戦ってくれるようで、何よりだ。想定外だが、ディープワールド・カードゲームのシステムと同じようで安心した」


男は再度森狼とウッドゴーレムを交互に見る。森狼はレア度としては☆1、対してウッドゴーレムは☆2。ウッドゴーレムの方が希少だが、今の勝敗を分けた要因は他にもある。モンスターカードにはコストと攻撃力/体力がある。他に特殊な効果を持っているカードもあるが、森狼とウッドゴーレムに関しては特殊な効果はない。森狼とウッドゴーレムのステータスには明確な差がある。


〇森狼[モンスター] コスト1 2/1 ☆1


〇ウッドゴーレム[モンスター] コスト3 4/5 ☆2


森狼の攻撃力/体力はどちらもウッドゴーレムには敵わない。これだけ見ればコストの高いカードが強いように見えるが、実際には幾らでもモンスターカードをプレイ出来るわけではない。


「あ、ウッドゴーレムが4/4になってる。1ダメージを受けたのか。ゲームと違って実際だと躱したり、攻撃が掠ったりすることもあるのか。そして俺のHPは9だから、残り6コストしか召喚できない」


ディープワールド・カードゲームは、プレイヤーにしろ設置した陣地にしろ、そこに配備されたモンスターの合計コストがプレイヤーや陣地の体力を越える事は禁止されている。ディープワールド・カードゲームのシステムを踏襲しているのならそこも同じであろう。つまりは強いモンスターだけを矢鱈滅多に並べることは不可能なのだ。そして男は再度手札を眺める。先程の奇襲を受けて、しっかりと手札に目を通しておく必要があると感じたようだ。残りの手札は4枚。


〇生命ポーション[アイテム] コスト2 ☆2

効果・プレイヤーもしくはモンスター1体の最大HPを+1して、その後HPを3回復する


〇ファイアースピア[スペル] コスト赤 ☆1

効果・モンスター1体に3ダメージ


〇働き蟻[モンスター] コスト1 1/1 ☆1

効果・死亡時プレイヤーのHPを1回復する


〇兵隊蟻[モンスター] コスト2 2/2 ☆1

効果・死亡時相手プレイヤーに2ダメージ


アイテムは使い切りカードで、使い終わったらアイテムカード専用の墓地に送られる。コストはモンスターのコストと同じで、その試合に使ったアイテムの合計コストがプレイヤーの体力を越えるのは禁止されている。ただし、モンスターは陣地が攻撃を受けて体力を減らされた場合、もしモンスターの合計コストがオーバーすれば陣地の体力以下になるようにモンスターを墓地に送らなけらばいけないが、アイテムの場合はプレイヤーが攻撃を受けて体力が減ったとしてもペナルティはない。だが、体力をまた回復させないとアイテムを使えなくなるという制限はあるが。スペルに関しては今の男の状況では使うことが出来ない。コストに書いている赤というのは、特殊なものであるからだ。そして男はモンスターカードを見て何とも言えない表情を浮かべる。


「蟻カード・・・。よ、弱い。そして蟻を強化するカードである女王蟻は☆4。つまりこのデッキに入っていない。どうすんだよ、これ。ん?」


男は投影装置の端にエクスクラメーションマークがついているのを発見する。恐る恐るタッチしてみるとカード売り場が出てくる。ディープワールド・カードゲームの世界でも見慣れた光景である。デッキ切れになっても死ぬと言われていた以上、ここでカードを買うことが出来るのだろうが、如何せん今の男はすっからかんである。


「一番安いパックで5枚入り500ルピーかぁ。金を稼がないと危ないなぁこれは。あとターン終了時、つまりはカードを引けるタイミングも分からないと危険だな。手札には余裕を持っておきたいし。だー、もう!考えることが多すぎる!」


ルピーというのはディープワールド・カードゲーム世界での通貨単位である。それはともかくとして、男は雄たけびを上げる。しかし心なしか先ほどよりかは抑えているようだ。怒りの発散よりも今を生き延びることの重要性に気付いたようだ。男は何とか森の中を抜けていく。2Mにもなるウッドゴーレムは木の枝を折りながら進んでいくが、森にすむモンスター達は恐れて挑みかからないようだ。見れば草むらは揺れ動いて森狼がいるのは確かなようだが、ウッドゴーレムにこびりついている森狼の血の匂いが、モンスター避けになっているようだ。そして日も暮れるころ、ようやく男は森を抜けだした。


「やった、抜け出したぞ。ありがとうウッドゴーレム。邪魔な木をなぎ倒してくれて。さて、何処か村は・・・あ、あった!ついてるぞ、野宿を回避できる!」


男の見つめる先に小さい村がある。男は急いでその村を目指す。しかし現実は非常であった。


「君、横にいるのはモンスターか?という事はモンスター使いか、珍しいな」

「え、言葉が通じる・・・?あっ、はい。そうなんです。それで村に泊めさせてほしいんですけど・・・」

「別に構わないが金はあるのか?徒歩で行ける範囲で村はないから、食料の買い付けなどで宿の値段も少しあがっているぞ。相場は大体800ルピーだな」

「えっ。あ、そうだ衛兵さん。実は俺森狼狩ったんですよ、村で買い取ってくれませんか?」

「森狼?解体料を引いて1体500ルピー位で買い取られるが、狩った森狼なんてどこにあるんだ?悪いが、俺には君とウッドゴーレム以外何もないように見えるが」

「・・・このウッドゴーレムを売るのは・・・、いた、痛い。やめて殴らないで。冗談だから!」


狂いだした男が世迷いごとをほざきだした途端、ウッドゴーレムは男に殴り掛かる。ディープワールド・カードゲームの世界でも人とモンスターの絆というのはテーマの一つでもあったが、ここは現実世界。モンスター自身も感情豊かになっている。


「出直してきます」


男はそう言いながら、名残惜しそうに村を見た後、物寂しそうな顔をして村から去っていく。今日は野宿になるようだ。暗くなる前に何とか寝床を確保して、乾燥した木材も集めている。丁度村から近いところに洞窟があり、男は助けられる。いざ火をつけるとなるが、地球の快適な生活に慣れすぎた男に木で火をつけることなど出来る筈がない。棒を回しても火はつかず、男の手だけがダメージを受ける。ウッドゴーレムが男の肩に手をかけて慰める動作をした後、俺に任せろと言わんばかりに胸を叩く。そして男の見よう見まねで棒を回し始める。


「おぉー、流石ウッドゴーレム。って、そっちじゃない!」


見れば棒の方ではなくウッドゴーレムの手と棒の間から煙が出ている。アタフタしながら何とか火種を確保して一安心といった風の男は、ため息を一つつく。何とも前途多難である。男にとって長い一日が終わった。

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