第282話 邂逅の瞬間は突然に
「あ~、すっきりしたぁ。」
頬から流れる水銀の雨雫をペロリと舐めとりながら、ユノメルは恍惚とした表情を浮かべる。そんな彼女にナナシが告げた。
「メル、すっきりしたのならとっととその水銀を回収するのだ。今のこの体ではまだその毒性には耐えられんのでな。」
「あ~、はいは~い。」
そしてユノメルが指をくるくると回すと、彼女の背中に生えているおおよそ空を飛ぶためのものとは思えない歪な形状の翼に飛び散った水銀や空気中にばらまかれていた水銀が根こそぎ吸収されていく。
「これでもう大丈夫。」
ユノメルのその言葉を聞いたナナシは自分の体の周りに纏わせていた魔力の膜を解いた。そしてチラリとある方向へと視線を向けると、ポツリと言う。
「逃げられたか。」
「そうみた~い。でも相当吸ったはずだから寿命はかなり縮んだはず。下手したら転移した先で死ぬんじゃないかしら。」
「そうか。」
「あ、そういえばナナシ、あなたあの黒い男と知り合いなの?なんかずいぶんあなたのことを知っているような口草だったわよね?」
「正確に言うのであれば、我ではなくこの体の主の知り合いだ。どうにもきな臭い輩でな、いずれ出会った時に我が消し去ってやろうと思っていたのだが……。手間が省けたな。」
フン……とナナシは一つ大きなため息を吐き出すと、再びどっかりと座り込んで酒を飲み始めた。
「まったく、酒の席を邪魔してくるとは無粋な奴だった。飲みなおすぞメル。」
「そんなに飲んで大丈夫なの~?その体あなたのじゃないんでしょ~?」
「問題ない。それにこの体にこいつは必要なのだ。」
そしてユノメルとナナシの二人は邪魔者がいなくなったところで再び酒を飲みかわし始めた。
それから数時間後、突然ナナシが意識をカオルへと返す。
「はっ!?」
パッ……と目を開けると視界がぐわんぐわんと歪んでいた。その歪んでいる視界の中に一人の女性が映っている。
「うっ……だ、誰だ?」
「あぁ、人格が入れ替わったのですね。」
どうやら俺はこの女性の膝枕の上に寝かされているらしい。体を起こそうとすると、彼女はポンと大きな手をおでこの上にのせてきた。
「いけません、まだもう少しこうしていた方が良いですよ。ナナシがその体で散々私の作ったお酒を飲んでいきましたから。」
「ナナシを……知ってる?」
「自己紹介が遅れました。私の名はユノメル、一人寂しくこの島に住み着いている魔の者です。」
「ユッ……ユノメル!?……っ。」
俺のことを看護してくれていた人物の正体に驚いて声を上げると、ズキンと頭が痛くなる。
「そんなに警戒しないでください?怯えなくても大丈夫ですよ。あなたを殺すようなことはしませんから。殺すつもりだったらとっくに殺しています。」
「……。」
彼女の言うことはごもっともだ。俺のことを殺すつもりだったのなら動けない状態の今……とっくに殺されている。なのにもかかわらずこうして生かされているということは、そういうことだ。
「わかって頂けたようですね。では、お互いのことを少し知りましょうか。あなたのお名前を聞かせてくれますか?」
「な、ナナシから聞いていない……のか?」
「ナナシはあくまでもナナシとして……私の前にいましたから。あなたのことを詳しくは教えてくれなかったんですよ。」
「……カオル、です。」
「カオルですか、良い名前ですね。では次の質問です……番いの者はいますか?」
「つ、番い?」
「はいっ。」
ニコニコと楽しそうに笑いながらユノメルはそんな質問を投げかけてくる。とてもじゃないが初対面の人に聞くような質問ではないぞ。
まぁ生憎今は独り身だし……隠すほどのことでもないから教えてもいいか。
「い、いませんけど。」
「フフフ、もう一度……今度は私の瞳の奥を覗き込みながら言っていただけますか?」
そう言うと彼女は翡翠色の瞳を近づけてくる。
「い、いません。」
「わかりました、何度もありがとうございます。」
何か満足したような表情で、彼女は俺の頭をさする。
「あぁ、そういえばナナシからこれだけは聞いていました。あなたはユピスパークを求めてきたんですよね?」
「あ、は、はい。」
「これでいいでしょうか?」
そう言って彼女は一升瓶のようなものに注がれ、スパークリングワインのようにパチパチと泡が弾けている黄色い液体を差し出してきた。
「え、い、いいんですか?」
「もちろんあなたは特別です。普通は渡したりはしません。今までこれを求めて何人も私に挑んできましたが……たどる末路は皆同じでした。まぁ上手いこと私の休眠中を狙って盗んでいった輩も何人かいるようですが。」
まさか、いままで魔王の食材を取りに行っていた人たちは彼女の休眠中を狙って……。
ひとまずお礼の言葉は告げておこうか。
「ありがとうございました。」
「フフフ、どういたしまして。」
こうして優しくしてくれる辺り……ユノメルは本当は優しい心の持ち主なのではないだろうか。正直、今の彼女の様子からはヤバさはあんまり伝わってこない。話し方も丁寧で品があるし……思っていた印象とは全く別人だ。
そんなことを思っていると……。
「あぁ……可愛い。」
「なにか言いました?」
ぼそりと彼女が何か呟いたような気がした。小さな声で聞き取れなかったので、聞き返すと彼女は首を横に振った。
「なんでもありません。それよりももっとお話ししてくれますか?こんな風に会話ができる相手は久しぶりなので。」
まぁユピスパークをあっさり譲ってもらったし、会話することがお礼になるのならおやすい御用だ。
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