第225話 淘汰


 ポタポタと握っている剣を伝って、緑の大地に鮮血が滴り落ちる。


「…………。」


 複雑な気持ちだ。彼らはは魔物の姿で地に伏しているが、ほんの少し……までは人間だった。

 彼らの中に、秘策として渡されていたが姿を魔物へと変えるものだった……と知っていた人はいたのだろうか?仮に知っていたとしてそれを飲んだのなら自業自得だが、知らずに使ってしまって図らずしも魔物へと変貌してしまったのなら……災難だった。としか、言葉が出てこない。


 茫然と立ち尽くしていると、頭の中に声が響いた。


『大量の同種族を淘汰したことにより龍昇華の効果が適用されます。』


 そう声が響いたものの、俺の体にはいたって外見的に変化は見られない。ふと、ステータスの方を確認してみると、やはり全てのパラメーターが大幅に上がっていた。


 そして……今までは種族の項目は人間(?)だだったが、今はとだけ書いてある。


「もはや人間でもない……ってか。」


 種族が人間でなくなってしまったというのは残念だが、龍昇華について一つわかったことがある。


 俺が食べた龍昇華は、もとの種族……つまり龍昇華で変化する前の自分と同じ種族を倒す……いや、そんな生易しいものじゃない。ことで体に馴染んでいくんだ。そして最終的には…………。


 そんなことを考察していると、背後から誰かが走ってくる音が聞こえた。


「大丈夫ですか!?」


 そう叫ぶ声はクリスタのものだ。


 クルリと後ろを振り返ると、声の通りクリスタがそこに立っていた。彼女は俺が振り返るとハッと息を飲む……。


「その血は……。」


 今の今まで気が付かなかったが、俺の服にはさっきの人間だった者達の返り血がべっとりと染み付いてしまっていた。


「……っ、後始末はわたくし達でやりますから貴方は早くこちらへ!!」


 ぐいっと手を引かれ、俺はクリスタの家へと連れ戻された。そこで返り血を浴びた体を洗い、服を着替えると彼女は俺に問いかけてきた。


「リリルから大まかなことは聞きました。ですが……貴方の前に積み上がっていたあの死体は、なんなのですか?明らかに人間とは違うものだったように見えたのですが……。」


「いえ、あれは……彼らは間違いなく人間でした。変な薬のようなものを飲んだ後で魔物に変わったんです。」


「……人間を魔物へと変える薬、禁忌の薬ですね。」


「彼らはそんな効果のある薬だとは知らずに飲んでいたようです。」


「なるほど。なにやらヒュマノが不穏な動きをしていることは間違いなさそうですね。」


「はい。」


 彼女の言葉に俺が一つ頷くと、不意に頭を優しく抱きしめられた。


「エルフ達を守ってくれたことには感謝しかありません。……ですが、貴方は……同じ人間を……。」


「違いますよ。俺はを倒しただけです。」


 俺が淡々とそう告げると、彼女はなぜか少し悲しそうな表情を浮かべながら俺の瞳を真っ直ぐに見つめてきた。


「……心を殺したのですね。」


「そうするしかなかったんです。そうでもしないと、もとは人間だった彼らを葬ってやることはできなかった。」


「心を殺すのは自分にナイフを突き刺すのと同じ事です。幾度も繰り返せばやがて……心と共に体も壊れてしまいますよ?」


「気を付けます。」


 そして俺の前に座っていた彼女はおもむろに席を立った。


「どこへ?」


「貴方が生け捕りにした、あの人間達を率いていた者に真実を聞きに行こうかと思います。」


「俺も行きますよ。」


 そう言った俺を彼女は拒むことなく、一つ頷くと歩きだした。彼女の後ろについていくと、集落の中にある大木にリリル達エルフの戦闘部隊が集まっていた。


 彼女達はクリスタの姿に気が付くと、道を開けた。すると、大木には先ほど俺が気絶させた人間達の指揮官が拘束されていた。


「貴方ですね、人間達を率いてきた者は。」


「貴様がエルフの長か、我らの部隊に何をしたっ!!」


「わたくし達エルフは領域を踏み荒らした人間達を迎撃しただけですよ。」


「ではアレを使った者達がなぜ魔物になる!?アレは……アレはァァッ!!」


「貴方の言うとは……例の薬のことですね。貴方達がヒュマノで、『肉体に秘められている力を大きく増幅させる』と言われて持たされた物。」


「な、なんでそれを知って……それはっ!!」


……ですか?」


「~~~ッ!!!!」


「わたくしの前で隠し事は無駄です。さぁ、知っていることを全て教えてもらいましょう。」


 読心のクリスタという二つ名は伊達ではない。彼は口ではなんとか情報を漏らすまいと抵抗していたが、結局……心の奥底まで彼女に覗かれてしまっていた。

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