第187話 エルフの長クリスタ


 エルフ達が住む集落へと迎え入れられた俺とメアは、真っ直ぐにクリスタの家へと向かうことになった。


 その道中、やはり俺が人間ということもあり周りのエルフ達の視線がチクチクと刺さってくる。なんとも気まずい。


 少し俯きながら歩いていると、前を歩くクリスタが声をかけてきた。


「ごめんなさいね?エルフは皆人間を恐れているの。」


「あ、大丈夫です……。そちらの事情も知らず勝手に来てしまったのはこっちなので。」


「…………。」


 謝ってきた彼女に俺がそう答えると、一瞬彼女はポカンとした表情を浮かべた。しかしその後クスリと笑う。


「フフフ、やはりジャックの選んだというだけはありますね。貴方の心にはがない。」


「嘘?」


「わたくし達エルフの中での人間という存在は、心の中にを持っている邪な印象があるのです。まぁ、それも遥か昔から伝わってきたものですから、今の世代の人間達から見れば偏見にはなりますね。」


 そんな偏見を持たれている……ということは過去に人間はエルフに何か悪いことでもしたのか?


 と、疑問に思っているとまるで俺の心の中を読んだように彼女は口を開く。


「何百年も昔の話ですが、エルフは魔族にも人間にも味方をせず中立を貫いていました。しかし、ある時人間側が魔族を打ち倒すためにこちらにつけ……と言ってきたのです。もちろん当時わたくし達は戦争に興味など微塵もありませんでしたので、丁重に断りました。」


 淡々と彼女はエルフと人間の過去について話し始める。


「しかし、それを断ったことを皮切りにわたくし達は魔族に加担するものと烙印を押され、人間達から激しい攻撃を受けることになったのです。」


「…………そんな過去が。」


「そんな時、助けの手を差し伸べてくれたのが三代前の魔王。そしてまだ幼かったジャックなのです。」


「えぇ!?」


「フフフ、驚くのも無理はありませんね。獣人もエルフも長寿ですから……。」


 まさか三代前の魔王が君臨していた時代にジャックもいたとは……。驚きすぎて開いた口が塞がらない。


「ジャックからあまり昔の話は聞いていないのですか?」


「は、はい。」


「フフフ、あの性格ですから……。恐らくジャックは昔の未熟な自分の話をしたくはないのでしょうね。」


 クスクスと彼女は愉快そうに笑う。


「話を戻しましょうか、そしてジャックと魔王の手を借りたわたくし達は魔族と友好同盟を結ぶことになりました。その後人間の勇者と魔王は平和条約を結んだことで、ようやくわたくし達にも平和が訪れ、今に至ります。」


「そう……だったんですね。」


 今の話を聞けば、いきなり俺に矢を撃ってきたエルフ達の心がわかる。過去にそんなことを仕出かされていたのなら、そういう反応になるのは至極当たり前の話だ。


 俺が納得している隣でメアは何度も首を横にかしげていた。


「……??難しいお話、わかんない。」


「フフフ、申し訳ありません。まだ幼い幻獣様には少し難しいお話でしたね。」


 この時点で俺はエルフ達がなぜ人間に敵意を剥き出しにしているのか理解できた。しかし、もう一つ疑問が残っている。


 それは、なぜメアのような幻獣という存在にをつけ、敬っているのか……。


 俺がまた心のなかで疑問に思うと同時に、クリスタはクスリと笑いながらこちらを振り向いた。


「その疑問については中でお茶でも飲みながらゆっくりと話しましょうか。」


 ツンっと俺の胸の中心を人差し指で突っつくクリスタ。その時点で俺は確信する。


(この人は……人の心の中が読めている!?)


「フフフ♪さぁ?どうでしょうかね?」


 俺の顔を下から覗きこみながら悪戯に笑う彼女。今の言動からして間違いないだろう。

 まるで困惑する俺をからかうように笑った彼女は一瞬冷静な表情に戻ると、俺達と同行していたエルフの兵士達に告げた。


「護衛はここまでで大丈夫です。」


「で、ですがクリスタ様?」


「わたくしが良いと言っているのです。下がりなさい。」


「は、はっ!!」


 強引に自分を護っていた兵士達を下がらせると彼女は俺とメアの手をとった。


「さぁ、どうぞ中へ。」


「あ、お、お邪魔します。」


 手を引かれて彼女の家の中へと足を踏み入れると、後ろで扉がパタンと音を立てて閉じた。それと共に家の廊下の奥からパタパタと何かが羽ばたくような音が聞こえてくる。


「クリスタ様~おかえりなさ~い!!」


 俺の目の前をひゅっと何かが通りすぎたかと思えば、クリスタの胸の中に小さな人?らしき何かが……。


「ん、精霊?」


「ほぇっ!?だ、だれですか~!?」


 ひょっこりとクリスタの胸の谷間から顔を出した小人はスカイフォレストで目にしたあの精霊族に似ていた。


「紹介します。この子はわたくしの家で家事を担当している精霊、ルビィです。ルビィ、この方々はわたくしのお客さまですよ、ご挨拶をしなさい?」


「あ、は、初めましてルビィです……。」


「メア。」


「カオル……です。」


「それではルビィ?三人分のお茶を用意してくれますか?あと戸棚に仕舞っていたお茶菓子も。」


「わかりました!!」


 そうクリスタにお願いされると、ルビィはぴゅーんとまたどこかへ飛んでいってしまう。


「面白い子でしょう?」


「そ、そうですね。それよりも精霊が家にいるってことのほうがびっくりしましたよ。」


「フフフ、古来よりエルフと精霊は仲が良いのです。さ、ルビィがお茶を淹れてくれている間にお部屋に行きましょうか。」


 そして俺とメアはクリスタの後に続いて彼女の家の中を歩くのだった。

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