第105話 パパ?


 幻獣の卵に毎日魔力を注ぎ続け、そのたびに意識を失うというずいぶんな日常を何日か過ごしていたある日……。


 今日も今日とで卵に魔力を注ぎ込もうと、俺が幻獣の卵を持ち上げた時だった。


「さてっと今日も魔力を~……って、んん?」


 何やら卵の様子がいつもと違うことに気が付いた。


 おもむろに持ち上げた幻獣の卵の表面に大きな亀裂が走っていたのだ。


「え、えっ!?」


 き、昨日まではこんなのなかったよな?もしかしてどこかにぶつけたか!?それとも落としてしまったか!?


 いや、それはないはず。いつも魔力供給を終えた後はちゃんとやわらかいクッションの上に戻してたし、昨日だってそうだった。今さっきだってそこのクッションの上から持ち上げたわけだし……。


 そうなると可能性として考えられるのは?


「もうすぐ孵化する……のか?」


 でもナインは孵化には最短で一か月かかるとかって言ってなかったか?まだ一週間と少しぐらいしか経ってないぞ?


「ま、まぁでもこっから長いとかあり得るからな。」


 ひとまず今日も魔力を注いでみるか。


 最近は事前にナインにこの時間に起こしてくれって頼んでるから安心して魔力を注げるようになっている。

 後ろ盾がしっかりあることに安心して俺は今日も卵に魔力を流した。


 やはり初日以降、味わうようにじっくりと魔力を吸われるな。この感覚だけは何回やっても慣れない。


「何回も言ってるけど、いっそのこと一気に吸ってくれないかなぁ。」


『だめ。美味しいからじっくり味わいたい。』


「そうかダメか─────って、は?」


 反射的に答えてしまったが、今……どっから声聞こえた!?


 部屋の中を見渡してみるが、今この部屋には俺とこの卵以外に人はいない。カナンはアルマ様と遊びに行ってるし、ナインは城のどこかでジャックの手伝いでもしているだろう。


「……まさか喋った?」


『不思議?』


「やっぱり卵がしゃべってる。」


 俺も結構この世界に来て時間がたってるから、だいぶ非現実的なことには慣れていたつもりだったが……。この世界の卵は会話することもできるのか?


 これには流石にビックリだわ。


 俺が驚き戸惑っていると、卵が再び声を発した。


『もっと味わってたいけど……そろそろ十分。』


「え?」


 そう卵が話すと、突然ふわりと俺の手から卵が離れ宙に浮いた。その次の瞬間……卵に入っていた亀裂が全体に広がって、そこからまばゆい光があふれ始めたのだ。


「うっ……眩し───。」


 卵からあふれ出した光が部屋全体を覆いつくし、しばらくすると徐々に光が一点に集約していき、何かの形を象り始めた。それはまるで人間のような形だが、羽のようなものもあったりしてところどころ人間とはかけ離れている。だが、どこか幻想的で惹きつけられる。


 そして光がホロホロと崩れるようにして消えていくと、光の中から一人の少女が現れた。


 純白で、すらりと肩まで伸びた髪の毛……人とは異なる存在であることを主張するように、額の中心から伸びた長い角。更に腰の辺りから生えている2対の白い翼、そして太ももの辺りまで伸びているふさふさの尻尾が少女にはついている。


 少女がゆっくりと目を開くと、ルビーのように真っ赤な瞳がこちらを覗いていた。


 俺が状況を呑み込めずに呆然としていると、少女はこちらに歩み寄ってくる。


「げ、幻獣の卵から……女の子?」


 ポカンとしていると、少女は俺の腰に手を回してきゅっと抱きついてきた。


、育ててくれてありがと。」


「ぱ、パパ?お、俺が?」


 自分のことを指さして少女に問いかけると、少女はコクコクと頷いた。


「え……え?えぇぇぇぇぇっ!?」


 俺は思わず大声を上げてしまう。


 すると、となりの部屋で遊んでいたアルマ様とカナンが部屋の中に入ってきた。


「カオル~?どうした……の?」


「か、カオルさん?その子……誰ですか?」


「あ、いや……えっと、この子は―――――。」


 俺が説明する前に、抱きついていた少女が二人の方に顔を向けて口を開く。


「あなた達こそ誰?と私に何か用?」


 少女の言葉にアルマ様とカナンの二人の表情が一気に凍り付いた。そして二人同時に口を開く。


「「ぱ……ァ~~~っ!?」」


 二人の叫び声は城を震わせるほど大きなものだった。


 更に二人の叫び声を聞いてラピスやジャックまでもが集まってくる。


「いったい何事だ?さっきから騒々しいぞ?」


「魔王様、カナン様、いかがなされましたかな?」


「じゃ、ジャック~……カオルの、カオルの子どもがいるの。」


 うるうると瞳を潤ませながらアルマ様はジャックにそう告げた。


「カオル様に……子どもですと?」


「うん……。」


 アルマ様の言葉に首をかしげながら部屋の中に入ってきたジャックと、幻獣の卵から生まれた少女は目があった。 


「誰……?」


「ふむ、なるほど……。そういうことですか。」


 ジャックは少女を見て何かを察すると、俺の方を向いて言った。


「ホッホッホ……カオル様、幻獣の卵が無事孵られたようですな。」


「は、はい。」


 数日前にジャックに闇オークションはどうだったか?と聞かれた際に、俺は幻獣の卵を落札したことを彼に伝えていた。

 そのお陰で今……この状況を理解してくれたらしい。


「魔王様、カナン様少し複雑なお話になりますので広いお部屋に移動しましょう。」


「う、うんわかった。」


「では、カオル様も……そちらの方も。来ていただけますね?」


「もちろんです。」


「……パパが行くなら行く。」


 そして場所を移すと、ジャックは幻獣という生物について魔王様とカナンに説明してくれた。

 彼の尽力のお陰でなんとか二人の誤解を解くことができた。もう彼には感謝してもしきれないな。


 ……しかし、誤解を解くために何度も俺がであることを強調されたので……少しだけ心が痛くなった。

 だが背に腹は変えられない、二人の誤解を解くためには必要だったんだ……仕方ない――――――うん、仕方ない……。

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