第081話 勇者カナン
ナインが切り裂いた空間を通ると、俺はまた魔王城に戻ってきていた。俺の横には手をぎゅっと握る勇者カナンの姿がある。
考える時間がなかったとはいえ、俺はとんでもないことをしでかしてしまった。
「……やってしまった。」
これからどうすればいいんだ。
今回のは、前のステータスの果実の時とは比べ物にならないほどの事態だ。主にヒュマノの人たちにとって……。
これからのことに頭を抱えていると、くいくいっと服の袖をカナンに引っ張られた。
「ん?」
振り向いてみると、意思疏通をするためのノートに言葉を書いてこちらに見せていた。
『ありがとうございます。』
「あ、あぁ……良いんだ。」
やってしまったことは仕方がない……ひとまずジャックに相談しよう。
「ナインはもう部屋に戻ってて良いぞ。」
「わかりましたマスター。」
そしてナインが城の中へと戻っていった後、俺はカナンに言った。
「着いてきてくれ。」
そう声をかけると、カナンは一つ頷き俺の服の裾を掴んだ。
そのままカナンを連れて城へと入り、俺はジャックの部屋へと向かった。
彼の部屋の前に着くと、俺は一つ大きく息を吐き出して部屋をノックした。
「ジャックさん?」
「おや?カオル様ですか、今開けますぞ。」
そしてガチャリと扉を開けてジャックが顔を出す。
「どうしましたかな?」
「実は……。」
ちらりと俺が後ろに隠れていたカナンに目を向けると、その目線を追ってジャックとカナンは目が合ってしまう。一瞬の間の後ジャックは、こちらの複雑な事情を察した様子で一つ息を吐き出した。
「な、なるほど……ひとまず詳しい話は中でお聞きいたしましょう。」
明らかに予想の遥か上の出来事だったのだろう、珍しくジャックに動揺が見える。
「す、すみません。」
そして俺はカナンのことを連れてジャックの部屋に入る、すると彼は温かいココアを俺たち二人に入れてくれた。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
俺がぺこりと頭を下げると、隣に座るカナンも少し頭を下げる。飲み物を差し出してきた彼は俺たちの前に座ると、改めて事情を問いかけてきた。
「そちらの方は……私の眼が正しければヒュマノの勇者で間違いありませんな?」
「はい。」
「ヒュマノの勇者がなぜここにいるのか、教えていただいても?」
「もちろんです。」
そして俺はカナンから手紙をもらって、会いに行ったこと。そこでカナンは俺と同じ日本人であり、ヒュマノのイリアスたちによって言葉と感情を封じられ利用されていたこと。さらに助けを求めてきたことを彼に話した。
すると、事情を理解したジャックは一つ大きく頷いた。
「なるほど、事情はよく分かりました。しかしまた、とんでもないことをしでかしましたなぁ。」
彼はそう言って苦笑いを浮かべた。そして何を思ったのかカナンに向かって自己紹介を始めたのだ。
「私の名前はジャックといいます。このお城で魔王様にお仕えしている執事でございます。」
『ボクはカナンです。』
「カナン様、一つだけお聞きしたいことがございます。ヒュマノであなた様の言葉と感情を封じた人物は、あなた様のことを遠くから操ることはできるのですか?」
『できません。あの人たちが封じることができたのは言葉と感情だけです。』
「なるほど、心まで浸食することはできなかったということですな。ならば安心です。」
必要なことを問いかけると、ジャックは今度は俺の方を向いて言った。
「カオル様、カナン様は一度ここで預かりましょう。」
「えっ!?いいんですか!?」
「彼女から嘘をついている匂いはしませんでした。例え言葉を発せずとも、嘘は匂いでわかるのですよ。ですから魔王様を襲うようなことはしないでしょう。まぁある程度行動に制限は掛けさせていただきますが……。その条件さえ飲んでいただけるのなら、魔王城への滞在を許可しましょう。」
そう言って今度はカナンのことを見つめた。すると彼女は、コクリと大きく頷き条件を飲むことを受け入れる意思を見せた。
「では、今後はカオル様や私の目の届く範囲で生活していただきます。」
『わかりました。』
そしてカナンがノートに文字を書いて見せていると、ガチャリと部屋の扉が開いた。
「ジャック~?あ、カオルもいる!!」
「おや、魔王様……いかがいたしましたか?」
部屋の扉を開けて入ってきたのはアルマ様だった。俺とジャックのことはすぐに目に入ったようだが、ひょっこりと俺の体の横からカナンが顔を出すまで、彼女の存在には気が付かなかったらしい。
「あ、あれっ!?そ、その子何でここにいるの!?」
「魔王様、今日からカナン様はここで一緒に過ごすことになりましたので、どうか仲良くなさっていただければ……。」
『よろしくお願いします。』
「あ、う、うん。よ、よろしくね?」
こうして本来魔王城にいるべきではない勇者カナンが新たに魔王城の住人に加わったのだった。
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