第3章 魔王と勇者

第070話 時間


 アルマ様が魔王としての成長を遂げてから数日の時が過ぎた。数日間過ごしてみて改めて感じたことなのだが、俺に対してのアルマ様の態度がよそよそしくなってしまった。目線は合わせてくれないし、廊下でばったりと顔を合わせてもいそいそと横を通り過ぎて行ってしまう。

 ジャックやラピスに対しての態度は今までとほとんど変わりはないのだが……俺に対してだけこんなに顕著に変わっているともはや嫌われているのでは?と思ってしまうな。


 何か思い当たる節は……と考えながら自室で紅茶を飲んでいると、部屋の扉がコンコンとノックされた。


「ん?」


「カオル様少々よろしいでしょうか?」


「ジャックさんですか、どうぞ入ってください。」


「失礼いたします。」


「今紅茶入れますよ。」


 部屋を訪ねてきたジャックに俺は紅茶を入れて差し出した。


「お気遣いありがとうございます。……おや?この紅茶は。」


 ジャックは紅茶を口元に運び入れようとしたとき、あることに気が付いてふと手を止めた。


 さすがはワーウルフというか、執事というべきか……。


「この紅茶はカーラ様が普段飲んでいる紅茶と同じものですな?」


「さすがですね。前にカーラさんの家にお邪魔した時に美味しいなって思ってたので、買ってみたんです。」


「ホッホッホ、そうでしたか。このお茶菓子の香りを邪魔しない淡い香り、そして……。」


 彼は紅茶を口にすると、リラックスしながら大きく息を吐き出した。


「甘さを残さない程よい苦味。お菓子のお供には最適ですな。」


「そうなんです。……あ、そういえばどういうご用件ですか?」


「おっと、紅茶を楽しんでいて本題を忘れるところでした。」


 まだ少し紅茶の残っているティーカップをテーブルに置くと、彼は本題に入った。


「本日お訪ねしたのは、他でもない魔王様のことについてお話ししておこうと思いましてな。」


「アルマ様のことですか。」


「はい、カオル様も感じておられると思いますが……魔王様は此度の成長で異性を意識するお年頃になってしまいました。」


「それは薄々感じてました。なんか最近妙に避けられてるなぁ~って思ってたんです。それでちょうど今紅茶飲みながら、何か嫌われるようなことしたかな~って考えてました。」


「ホッホッホ、なるほどそういうことでしたらご心配は無用かと。」


「えっ?」


 俺の心配をよそに彼はクスリと笑った。


「魔王様は決してカオル様のことを嫌いなんては思っておりませんよ。最近よそよそしいのはカオル様のことを異性として認識し始めたからでしょう。」


「えっ?」


「要するに、今までは魔王様にとってカオル様は料理を作ってくれる人……だったのですが、今はとして見方が変わってしまったため、どう接してよいのかお悩みになっておられるのでしょう。この問題は時間が解決してくれるでしょう。少し気長に待ってみては?」


「あ~……は、はい。」


 中学の後半とかで経験するものを今、アルマ様は経験してるってわけか。確かに俺もそんな時期があったけど、時間が経ったら気にしなくなってた。だからジャックの言う通り時間が解決してくれるのだろう。


 だが、一つ気にかかることがある。


「でもじゃあなんでジャックさんに対する態度はいつもと変わらないんですかね?」


「ホッホッホ、それは魔王様は私めのことをそんな風に意識していないからでしょう。何せ魔王様が小さいころから面倒を見させていただきましたから、私に特別な感情を抱くようなことは無いのでしょうな。」


「そういうもの……ですか。」


「カオル様も家族と認識している人たちに恋心を抱いたこともないでしょう?それと同じようなものです。」


 う……確かに言われてみれば家族にそんな感情を抱いたことは無いな。


「まぁ今回私が言いたかったのは、魔王様は決してカオル様のことを嫌いになったわけではありませんので……そこだけはご理解ください。」


「わかりました。こっちも悩みの種が解消できて安心しましたよ。」


 近頃の悩みの種が解消され、ホッと胸をなでおろしながら俺はジャックと紅茶を楽しんだ。











 時刻は夜、俺は一人でギルドに顔を出していた。


「あ、来た来た~今日も来たねカオル君。まま、座って座って。」


「今日もお邪魔します。」


 酒場で一人で酒盛りをしていたリルの正面に座ると、しれっといつものことのように酒場のマスターが俺がいつも飲んでいるお酒を運んできた。


「今日はカーラさんはいないんですね。」


「カーラはなんかね~ちょっと遅れてくるみたい?何か持ってくるものがあるんだってさ。」


「そうなんですか。」


「それよりも、結果が出たよ。」


「意外と早かったですね。」


 彼女の言う例の件というのは氷魔人のことだ。捕獲した次の日にすぐに研究者の人が引き取りに来たのだ。そしてリルが言っていた、もしかすると人が魔物に変えられている可能性についても調査を進める予定だったらしい。

 その結果が出たようだ。


「それで結局どうだったんです?」


「結果は予想通り、あの子は元は人間だったみたい。」


「そうだったんですか……。」


「うん、体に流れている魔力が本来魔物の持ってるものじゃなくて、完全に人間の物だったらしいよ。」


「つまり何者かが禁忌を犯したってことですね。」


「そ、だから今研究機関の人間とかが調査を始めてる。」


「そういうのって誰かわかるものなんですか?」


「まぁ簡単にはいかないだろうね。多分後々こっちにも調査依頼が回ってくるかな。」


 こっちの問題も時間をかけて解決していかないといけないのか。時間がかからないと解決しないものが多いな。

 今は待つことしかできないんだな。こそばゆいけど。


 億劫になりながら酒を口に含んでいるとギルドの扉を開けてカーラが入ってきた。


「お、今日もカオルが来てるじゃねぇか。」


「またまた白々しいよカーラ。今日も来るってわかってて来たんでしょ~?」


「ち、違う!!そんなんじゃ……。」


「まぁまぁ座りなよ~、それで何を持ってきたのさ?」


「い、いつも同じ酒のつまみじゃ飽きるだろ?だ、だからよちょっといろいろ作ってみたんだよ。」


 そう言ってカーラはテーブルの上にいくつかの料理やお菓子を並べた。それを見たリルがくつくつと笑う。


「あはっ、カーラのだってよカオル?」


「どれも美味しそうですね。」


「うぅ、そんなにおだてるんじゃないよ。」


 恥ずかしかったのか、カーラは顔を真っ赤に染める。


 そしてカーラの手作り料理に舌鼓を打ちながら酒の席は続いた。相も変わらずカーラの女子力は高かった。

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