第010話 魔法の心得
本を読みながら魔力の扱いを練習していると、あっという間に時間が過ぎていて気がつけば窓の外から朝日が射し込んでいた。
「結局……魔力について何にもわからないまま朝になってしまった。」
何かに夢中になると寝ることも忘れて取り組んでしまう。俺の悪い癖だ。自分でわかっていても抑えることのできない、昔からの悪い癖。
ふと壁に立てかけてある時計を見てみると、朝の五時を示していた。あと一時間ほどしたらアルマ様の朝食を作り始めなければならない。
まぁ一日二日徹夜するのには慣れてるから、仕事の支障は出ないだろう。
「今から寝てもたかが知れてるし、この一時間も練習に充てるか。」
そして再び魔力という概念を頭に思い浮かべ、手のひらに意識を集中させたその時だった。
キュンッ!!
「お?」
突然手のひらの上に紫色の球体ができた。それは不規則に渦を巻いていてどこか綺麗だ。
「これが魔力で合ってるのか?」
開いているほうに手で本のページをパラパラとめくってみると、本に記載されている挿絵によく似ていることと、記述されている特徴からこれが魔力の塊であることを確信した。
「夜通し練習してやっとか。」
この世界の人がどのぐらいの時間をかけて魔法の練習をするのかはわからないが、まぁこのぐらいで第一ステップをクリアできたのなら上出来ではないだろうか。
「それで次のステップは?」
魔力を出現させられるようになったら、次はそれを自由自在に動かす練習……。と本には書いてある。
「自由自在に動かすか……。」
ひとまずまた手のひらに意識を集中させてみると、魔力の塊と自分の意識がつながったような不思議な感覚を感じた。
そして頭で魔力を動かすようなイメージを持つと、手のひらの上で魔力の塊が思い描いた通りに動いてくれた。
「おぉ!!これは意外と簡単だ。もっといろんな形にできたりしないのか?」
好奇心をくすぐられた俺は魔力の塊をいろいろな形に変えてみた。ナイフやフォーク、スプーンなどなど魔力の形を普段使うようなものに変えてみた。すると以外にも繊細に再現することができ、ホントに使えてしまうのではないかというほどだった。
そうやって遊んでいるとあの声が響いた。
『魔力の熟練度が上がったため新たなスキル
「お?また新しいスキルか。今度は魔力操作?」
どういうスキルなのか疑問に思っていると、そのスキルの効果はすぐにわかった。
「……なるほど、頭で思い描いてから魔力がそれを象るまでの時間が短くなってる。」
さっきまでは頭で思い描いてから、魔力がそれを象るのに少しラグがあったのだが、魔力操作のスキルを習得してからはそのラグが無くなり、即座に形になっている。
色々な形にして遊んでいると、突然魔力の塊が霧散するように消えていった。
「ん?なんで消えたんだ?」
不思議に思い何度も何度も魔力を意識してみるが、一向に出てくる気配がない。
首を傾けていると、ふと魔法の本のとある文章が目に入った。
「魔力は使えば使うほど容量が減る。魔力が空になったらしばらく魔力は使えなくなる。自分の魔力量を理解しておくように。……だって!?」
つまり、今しがた魔力の容量がすっからかんになったということだな。
魔力を扱い始めてそんなに時間は経っていないんだが……これは俺の魔力の容量が少ないということなのだろうか。
こればかりは仕方がない。魔力がまた使えるようになるまで練習はお預けだ。
ちらりと時計を見ると、6時まであと10分という時間に差し迫っていた。
「っと、案外ちょうどよかったな。」
ベッドから体を起こすと、俺は調理服へと着替え厨房へと向かった。そしてアルマ様の朝食を作り始める。
「今日の朝食はオムライスが良いって言ってたからな。」
昨日アルマ様に夕食を振る舞ったあと、今日の朝食の要望があったのだ。それがオムライス。卵はとろとろで……とのことだ。
オムライスと言えば、実は初めてここでアルマ様に作った料理がそれだった。それ以降プルプル、トロトロの卵にドハマりしてしまったらしく、ちょくちょく朝食にオムライスをオーダーしてくることがあった。
「さて、チキンライスも炊けたことだし……後はオムレツを巻くだけだな。」
そしてフライパンにバターを落としてオムレツを巻く準備を整えていると……。
「ん~……良い匂い~。」
「アルマ様、おはようございます。」
バターの香ばしい香りに誘われたのか、未だ瞼が開ききらない表情のアルマ様が厨房へと入ってきた。
「カオルおはよ~。」
アルマ様が匂いに誘われて厨房へと入ってくることはさほど珍しいことではない。のだが、今日は少し違った。
彼女はふらふらと誘われるように俺の方に近付いてくると、何を思ったのかぎゅっと腰に抱きついてきたのだ。
「あ、アルマ様!?危ないですから……。」
俺が立っているのは火口の目の前だ。それに高温に熱されたフライパンもある。つまり何が言いたいかと言うと、
「でもカオル失敗しないでしょ~?じゃあアルマがここにいても良いよね~?」
「ですが万が一ということが……。」
「イヤっ!!アルマ絶対離れないもん。」
こうなってしまったアルマ様は梃子でも動かない。となれば、細心の注意を払ってやるしかない。
「――――わかりました。ですが、それ以上コンロに顔を近づけないようにお願いします。」
「わかってる~。」
アルマ様に飛ばないようにフライパンを少し傾け、卵を入れる。そしてフライパンの根本を手で叩いてオムレツを巻いていく。
その光景にアルマ様は目を輝かせていた。そしてあることを疑問に思ったようで、問いかけてきた。
「なんでプルプルの卵をそんなにポンポンして割れないの?中もトロトロでしょ~?」
どうやら柔らかいオムレツをフライパンの上で転がしても形が崩れないのか気になっているようだ。
その疑問の最適解は……オムレツがフライパンにつく瞬間に衝撃を逃がしているからなのだが、そんなことを言ってもアルマ様が理解できるとは思えない。
だから俺はアルマ様にこう言った。
「これは料理人だけが使える
「へぇ~っ!!おもしろ~い!!」
「さて、できましたので……お部屋に運びますね。」
そしてオムレツをチキンライスの上に盛り付け、歩きだそうとすると、アルマ様が待ったをかけた。
「あ、カオル今日アルマここで食べる!!」
「えっ?ここで……ですか?」
「うん!!だっておかわりするもん。」
理由になっていない気がするが、これはどう対応したら……と困っている俺の目に、厨房の入り口に立つジャックの姿が入った。
彼はにこりと笑うと一つ頷いた。
アルマ様の好きにさせて良いという合図だ。
「わかりました、それじゃあテーブルセットしますので少しお待ち下さい。」
料理が冷めないうちに手早くテーブルセットを終えると、アルマ様が椅子に腰かけた。
「カオル~……もう食べていい?」
「どうぞ、召し上がってください。」
「やった~!!いただきま~す!!」
美味しそうにオムライスを頬張るアルマ様に、朝から俺は少し癒された。
そして彼女は宣言通りオムライスをおかわりしたのだった。それも3回も……。
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