魔王城のグルメハンター

しゃむしぇる

第001話 終わる世界と不思議な老人


 西暦20XX年……世界は正体不明のウイルスによって恐慌状態に陥っていた。


 そのウイルスは感染力が非常に高い上、致死性も高いという危険なウイルスだ。人類の滅亡を危惧した世界中の医療機関が躍起になってウイルスの解析を進めたが、有効なワクチンを作ることもできず、人類はただ……ウイルスを恐れ、粛々と生活することしかできなくなっていた。


 政府が打ち出した感染対策である大規模な都市のロックダウンは人流を抑え、感染拡大を防ぐのが目的なのだが……それによって経済は大きく落ち込んだ。

 収入の無くなった飲食店等は次々に潰れていき、職を失う人々がたくさん現れ、これまでに類を見ないほどの就職難……そして経済難が訪れている。


 それに加え、感染対策として行われた大規模なロックダウンも大した効果は発揮されずロックダウンされた都市内部で感染が爆発している始末。


 それが今の日本だ。


 そしてもちろん……こんな世の中で例に洩れず、俺の働いていた飲食店もついに今日店を閉めてしまった。


「はぁ、コレが最後の給料か。」


 ベッドの上で最後の最後に手渡された薄い……薄っぺらの茶封筒を眺めため息をつく。


 俺の名前は瑞野ミズノ カオル。ついさっき働いていた飲食店が潰れ、無職になった22歳だ。


 茶封筒の中を覗いてみると五万円が入っていた。


「五万……か。家賃すら払えないな。」


 たった五万円程度では、今住んでいるところの家賃すらも払えない。


「仕事探しにいかないとな。」




 

 そうして俺は今、一縷の希望を胸に職業安定所へと足を運んでいた。

 自動ドアをくぐり、受付に向かった俺は受付にいた中年の男性に声をかけた。


「すみません、新しい職を探してるんですが……求人票とかって…………。」


「あぁ、お兄さんもリストラされたの?」


「まぁそんな感じです。」


「このご時世だからね。……それでお探しの求人票なんだけどね。」


「はい。」


 受付の男性は少し申し訳なさそうな表情を浮かべると、こう言った。


「残念だけど、今ウチに来てる求人は無いんだ。」


「なっ……無いんですか!?」


「あぁ、例え入ってくるとしても月に一通……。倍率は何百倍だよ。」


「そんな……………。」


 男性の言葉に俺は心底絶望した。


(入ってくる求人は月に一通で、倍率は百倍越え……。チャンスはあってないようなものだな。)


 ここではこれ以上探しても無駄だと判断すると、俺は受付の男性に軽く頭を下げて職業安定所を後にした。


 家へと帰る帰り道、辺りをキョロキョロと見渡しアルバイトの募集を探すが、コンビニにも、スーパーにも募集の紙は無かった。


「クソッ……。」


 こんな今を悠々自適に生きていられるのは、政治家等の金を余るほど持っている奴等だ。国民の税金で生活しているくせに、こういう時には金を出し渋る。経営難の店への補助金や、収入が無い人などへの支援金も出ない。


 


 そんなことを思いながら歩いていると、前から紳士服に身を包んだ初老の男性がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。


 そしてその更に後方から原付に乗った二人組が迫ってきているのに俺は気がついた。


「ッ!!危ないっ!!」


「ん?」


 俺がそう声をあげると、歩いてきた初老の男性は俺の顔を真っ直ぐ見てくるが、見てほしいのはこっちではない。


 後ろから原付で迫ってきた二人組は、こちらに気をとられている老人の持っていた黒いアタッシュケースのような物を…………。


「よっしゃ、いただきィッ!!ありがとなジィさん。」


「むぅっ!?」


 アタッシュケースを奪い取った二人組は、老人のことを蹴飛ばし追いかけてこれないようにすると、急いで立ち去ろうとスピードを上げる。


(蹴飛ばされたあっちも心配だが、まずはこっちが先だ!!)


 俺はスピードを上げて向かってくる原付の前に立ち塞がる。


「邪魔だァッ!!引き殺すぞ!!」


 原付に股がる男からは、ヘルメット越しに狂気的なモノを感じた……。コイツらは間違いなくぶつかってくる。


 そう確信すると、俺は左足を大きく引き、体を勢い良く時計回りに回転させ、右足を斜め上へと蹴りあげた。すると、原付を運転していた男の顔面に回し蹴りがクリーンヒットした。


 実は多少こっちの方の腕には自信がある。


「ぶっ!!」


「おわぁっ!?」


 操縦者がハンドル制御を失ったために原付は横転。乗っていた二人は勢い良く投げ出された。


 俺はアタッシュケースを持っていた方の男に近付くと、そいつが持っていたアタッシュケースを奪い取った。

 意識を失っているのに、これは離さないとは……なかなかの執着心だ。

 

 アタッシュケースを回収した俺は、蹴飛ばされた老人の方へと歩み寄った。


「大丈夫ですか?」


「ホッホッ……なんとか怪我はありません。」


「これ、あなたのですよね?」


 アタッシュケースを老人の前に置くと、彼は驚きながら俺のことを見つめてきた。


「おぉ!!まさか取り返してくれたのですか?これはこれは感謝してもしきれません、ありがとうございます。」


 スッ……と立ち上がると、彼は深くお辞儀をしてお礼の言葉を述べてきた。


「ぜひお礼を……。」


「良いんですよ。お礼なんて、大したことじゃないですし。」


 そう言って立ち去ろうとすると、後ろから彼に腕を掴まれた。


「いけません。もらった恩は返さねば……。」


「い、いや本当に大丈夫ですって。」


 遠慮しようとすると、彼は更に掴む手に力を込める。


(いででででっ!?!?ち、力強っ……老人の力じゃ無いぞ!?)


 彼が握る力はとてつもないもので、握られたところがミシミシと悲鳴をあげている。

 

「あ、あの……わかりましたから一旦手を…………。」


「おっと、これは失礼しました。あなたの力が強いもので、ついつい力が入ってしまって。」


「ははは、だ、大丈夫です。」


 そんなやり取りをしていると…………。


「ぐっ……てめぇら。」


「っ!?」


 よろよろと原付に乗っていた男が立ち上がり、ポケットからナイフを取り出した。


「死ねぇッ!!」


 頭に血を上らせた男はナイフを持って走ってくる。


(ヤバい、さっき握られた手が痺れて動かない。)


 よりにもよって利き手が動かなくなってしまった。身の危険を感じていると、俺のとなりにいた老人がスッと前に出た。


「やらせませんよ?」


 彼は男がナイフを握っていた手をポンと叩く。すると、苦悶の表情を浮かべた男の手からナイフがポロリと地面に落ちた。


 俺はとっさにそれを蹴飛ばして、男がすぐにはとれない遠くへと押しやった。

 その間に老人はあっという間に男を拘束してしまっていた。


「さて、では少し眠っていただきましょうか。」


 そう言って彼は、拘束した男の首に手刀を振り下ろした。その一撃で男は再び意識を失う。


 道路脇に男を運ぶと、彼は俺の方に近づいてきた。


「さて、騒ぎになる前に行きましょうか。」


「あ、はい。」


 コツコツと音をならして歩きだした老人の後ろを俺は着いていった。





 しばらく彼の後ろに着いていくと、豪邸のような大きな屋敷の前まで連れてこられた。

 ここが彼の家……なのだろうか?


「さぁ着きました。どうぞ中へ……。」


 彼に促されるがまま、屋敷の中へと足を踏み入れる。屋敷の中は外の外観に劣らず、豪華な作りになっていた。

 彼は資産家か何かなのだろうか?


 キョロキョロと中を見渡しながら屋敷の中を歩いていると、豪華な客室へと案内された。


「お茶を淹れて参りますので座ってお待ち下さい。」


「ありがとう……ございます。」


 案内された客室のソファーへと腰かけると、ふんわりと腰が沈んでいく。とても良いソファーみたいだ。


 こういう場所には初めて案内されたから、落ち着かずそわそわしていると、先程の老人が湯気のたったお茶を手にして戻ってきた。


「紅茶です。お口に合えば良いのですが……。」


「ありがとうございます。」


 差し出された紅茶をゆっくりと口に含むと、豊潤な香りと、僅かな甘味が口いっぱいに広がった。安い紅茶にありがちな渋い後味や、苦味などはまったく感じない。


「良い紅茶ですね。」


「ホッホッ、お口にあったようで何よりです。さて……お礼の話なのですが。」


 そう切り出した彼に俺は首を横に振りながら言った。


「本当に大丈夫ですよ。」


「本当に……そうですかな?」


 そう言ってこちらの目を覗き込んできた彼の目には何か確信めいたものがあった。まるで心の内を読まれているかのような……そんな感じ。


「困っていることが、あるのではないですかな?」


「はは……心でも読めるんですか?」


「ホッホッホッ♪長生きしていると、若い御方の心は表情を見ればすぐにわかってしまうんですよ。」


 彼は誇らしそうに、白く整った髭をくりくりと指で引っ張りながら言った。


「ぜひ話してみてくれませんかな?何か力になれるやも……しれませんぞ?」


「…………わかりました。」


 そして俺は、今しがた職を失ってしまったこと……またこれから先、職を手に入れられる可能性が低いことを彼に伝えた。


 すると、彼はニヤリと笑い俺の手をとった。


「ホッホッホッ、やはりそうでしたか。は大変そうですからねぇ。」


 彼が言った……という言葉に妙な違和感を覚えたが、俺はひとまず彼の話を聞くことにした。


「実はちょうどあと一人……人手がほしいと思っていたのですが、もしあなた様がよろしければ……いかがです?」


「それは……願ってもない話ですが、具体的にはどんな…………。」


「ホッホッホッ、何も難しいことではありません。とある御方に……毎日料理を作って頂く、それだけです。」


「それぐらいなら……できますけど。今すぐにはちょっと……。」


 願ってもない仕事だが、流石に考える時間がほしい。この老人が本当に信用できるのか……。それとある御方とは誰なのか……わからないことだらけだ。


「もちろん、時間は差し上げますよ。初対面の私を疑うのは当然……ですからね。ではまず、信頼を深めるために僭越ながら軽く自己紹介を……。」


 すると彼は胸ポケットから一枚の名刺を取り出すと、こちらに手渡してきた。


「私、ジャックと申します。とある御方の執事を勤めております。」


「瑞野カオルです……。」


「カオル様、でございますね。」


 面と向かって様をつけて呼ばれると何かむず痒い。


「カオル様、このお誘いに期限はありません。ですのでごゆっくり考えていただいて結構です。それで、もし決まりましたら、今お渡しした名刺に連絡先が書いてありますのでそちらまでお電話を……。」


「わかりました、ありがとうございます。」


「いえいえ、お礼を言われるほどのことではありません。寧ろお礼をすべきなのは私の方なのですから。」


 そう言うと彼は黒いアタッシュケースを大事そうに見つめていた。

 よほど大事なものが入っているらしい。


「さぁカオル様、お茶菓子もたくさんございますので、摘まみながら私の話を聞いてくださいませ。」


 そして俺は彼……ジャックから紹介された仕事のことについて事細かく説明してもらった。給料の事や、具体的にどんな事をすればよいか等々。

 だが、ひとつだけ答えてくれないことがあった……。それは仕事をする場所がどこかということ。


 彼いわく、本当に働くと決めるまでは場所の詳細を教えることはできないらしい。それだけ厳重な場所……ということなのか、それとも別の理由があるのか。


 それよりも、彼の主人のご飯を作るのが俺で良いのだろうか?何度もそれはジャックに質問したが、彼は……「問題ございません。」の一点張り。


 怪しさ満点の話だが、彼の話が本当なら願ってもない話でもある。家に帰ったらゆっくり考えよう。


 

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