「愛ゆえの決断」

GARAHIくホ心京ハeu(がらひくほみ

愛ゆえの決断

「何してるんだよ!」

 髙野志星が教室に入ると、石井くるみは茶髪で高身長の男に水をかけられていた。

 その場に居た先生は見て見ぬふりをして教室をさっさと出て行った。

「何って、手が滑って水がかかっただけだぜ〜」

 茶髪の周りにいた奴らもゲラゲラと嘲笑う。

「くるみ大丈夫か?」

 茶髪達を無視して、志星はびしょびしょに濡れているくるみの元に寄り、心配の声をかけた。

「うん」

「保健室に行こう、早く着替えないと風邪引く」

「大丈夫。ありがとう」

 くるみは震えながら返事を返す。

「分かった。急いで帰ろう」

 志星は自分が来ている制服の上を貸し、くるみを引っ張り起き上がらせる。

「こいつらマジキモ」

 茶髪が何か言ったのを無視して、志星とくるみは学校を出た。

「ごめん。僕がもう少し早く先生の手伝いを終わらせていたら……あんな事にはならなかった」

 帰り道の途中で、志星は顔色を暗くしてくるみに謝った。

「志星君が謝る事じゃないよ、それに志星君はいつも私なんかを助けてくれるし、謝るのは私の方だよ」

 くるみは志星の顔を見てごめんと謝る。

「くるみ。『私なんか』何て言わないで、くるみは悪くない! 僕たち幼馴染だし、家がお隣さんだし、それに大切な人を助けるのは当たり前だよ!」

 志星の声が夕焼けに染まる世界に響き渡る。

「うん。ありがとう、そう言ってくれて嬉しい」

 互いに顔を見合わせて微笑んだ。

 翌日。

 いつもと変わらず授業を受けていると、授業の終わりを告げるチャイムが校内に響いた。

「やっと帰れる〜」

 志星が長い腕を上にあげ、深呼吸をした。

「うん」

 くるみは小さく頷く。

 外はすっかり日が暮れており、教室にはオレンジの光が入り込んでいた。

 すると、そこに昨日くるみを虐めていた茶髪達が、不機嫌そうな顔付きでこちらに近づいて来る。

「おいくるみ。今イライラしてっから殴らせろ」 

茶髪の男が指の関節を鳴らす。

「待てよ、何でくるみが殴られなきゃいけないんだ、くるみは何もしていないだろ」

 志星は近づいてきた男を止めて睨みつけた。

「あ? オメェには関係ねえよ」

「ある」

 茶髪を強く睨みつけ、その言葉を否定した。

「お前マジうぜぇな、何なら代わりにお前が殴られてもいいんだぜ」

 高身長の茶髪は志星を見下し、睨み返す。

「これからも僕が殴られるから、くるみには手を出すな」

 志星は怒りを押さえながら右手を強く握りしめた。

「考えとくわ」

 ボンッ‼︎

 茶髪の拳が志星の腹部を抉る。

「うっ⁉︎」

 数回殴られた志星はお腹を押さえて床に倒れ込んだ。

「もうやめて!」

 床に倒れた志星を見て、くるみは弱々しい声で茶髪に向かって叫んだ。

「もう終わりかよ、弱いなお前。まあいいや」

 今度はくるみに近づき、顔面を殴った。

「手を出さないって……言った……のに」

「お前が弱いからだよ。もういいや、ゲーセン行こうぜー」

 くるみを殴った後、茶髪達は溜息をつきながら学校を後にした。

「ごめん……私のせいで……」

「いいや……守れなかった僕が悪い……」

 二人は顔を下に向けて、涙を零していた。

「私のせいで……志星君が傷つくなら……私もう……」

 くるみの言葉を聞いた志星は何かを企んだようにくるみに話す。

「あのさ、今日の夜いつもの公園に散歩しない?」

「いいけど、どうしたの?」

涙を拭うくるみの頭に疑問符が浮かんでいた。

「ちょっと思いついた事があってね、まぁ詳しくはその時に話すよ」

 志星はニヤニヤとしながら「とりあえず帰ろう」と言い二人は家に帰った。

 家に着くと志星はじゃあと言って、くるみを残して家の中に入っていった。

 家がお隣同士の志星とくるみは、夜によく二人で近くにある公園へと散歩に出掛けていた。

 暗闇に覆われて人気が全くない公園に着く。

 二人はいつも座るブランコに座り、話し始めた。

「思いついた事って?」

 暗闇に染まった公園にくるみの声が響いた。

「僕さ、明日復讐しようと思ってて、これ買ってきた」

 すると、志星はさっきから手にぶら下げていたビニール袋の中身を取り出して、くるみに見せた。

「油?」

「うん」

 くるみと志星は普段着に着替えており、くるみの頬には絆創膏が貼ってあった。

 志星はその油をくるみに見せる。

「どうするの?」

 くるみの頭に疑問符が浮かんでいたが、志星は構わず話し始めた。

「僕はさ、くるみを苦しめるものが嫌いなんだ。この油をあの教室に撒いて火を付ければ、いじめてくる奴らも、何もしてくれない先生も、消えて無くなる」

 話した後の志星は微笑む反面悲しんでいた。

「この油を使ってあいつらを燃やして……」

 言葉が途切れ、志星は涙が溢れる。

「僕もその時に……多分死んじゃう……から……」

 溢れる涙を拭いながら志星は真っ暗な空を眺めた。

「私のせいで……そこまで……」

 涙を拭う志星を見て、くるみは自分を責めるように呟いた。

 くるみは「私も手伝うよ」と志星に話す。

「でも、そしたら君まで死んじゃう……」

 震える志星の声には悲しみが溢れてた。

「私ね、志星君が居たから生きてるんだよ。私、志星君が大好き。いつも助けてくれる志星君が大好き。だから、死ぬときは一緒がいい」

 そんなくるみの言葉を聞いた志星は、拭い終わった瞳からまた涙が溢れ始めた。

「僕も……大好き……」

「もし生まれ変われるなら、私は鳥になりたいな。そして、自由に生きたい」

「きっとなれるよ」

 そして二人は静かな暗闇で抱き合い最後の夜を二人で過ごした。


 三階の教室。

 朝日が登り、志星とくるみは昨日いじめられた教室に油を撒き散らしていた。

「もうすぐ時間だね」

「そうだな」

 いつも茶髪達が登校して来る時間になる。

 間も無くして、茶髪達が現れた。

 いつも通り不機嫌そうな顔で教室に入ると、茶髪は何か気になったように呟いた。

「何だこれ? 何かぬるぬるしてないか?」

「確かに。何かぬるぬるする」

 茶髪達や教師が教室に入ったのを確認して、志星はライターを床に投げた。

 火が地面に触れた瞬間に大きく炎が燃え上がる。

 志星とくるみは急いで屋上に上がり、微笑み合った。

「これでアイツらは死にはしなくとも、大怪我をするだろ」

「志星君。本当にありがとう。そして、本当にごめんね」

 くるみは涙を流しながら志星の胸に飛び込んだ。

「いいんだ。僕はくるみを愛しているから」

「私も。志星君を愛してる」

 志星も涙を流しながらくるみを強く抱きしめる。

 一階とニ階にいた人たちはすぐに避難を始めるが、三階にあるひとつの教室からは男達の悲鳴が校舎に大きく響き渡った。

「さぁ、もうそろそろ終わりの時間だね」

「うん。ずっと一緒だよ」

 少年と少女は二つの唇を重ね合う。二人の頬からいくつもの滴が流れた。

「行こっか」

 涙が頬から垂れるのを無視して、二人は微笑みながら手を繋いで空に向かって大きく飛んだ。まるで空を自由に飛ぶ鳥みたいに。


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