掌編小説・『漫画週刊誌』

夢美瑠瑠

掌編小説・『漫画週刊誌』

(これは、2019年の「漫画週刊誌の日」にアメブロに投稿したものです)




       掌編小説・『漫画週刊誌』

 

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 「私が今度、わが『週刊ステップ』の、編集長に就任した”巨海久 真賀司”だ。

「コミック・マガジン」と呼んでくれ。どうかよろしく頼みます」

 拍手が起きた。

 今は編集会議中なのだ。総勢二十五人の編集者が勢ぞろいして、おれがどういう編集方針で今後の編集部の舵取りをやっていくつもりなのか、その初めての所信表明を、みな、期待を込めて見守っている。


 おれはおもむろに話し出した。


「私の編集方針としては、売れる雑誌を目指すのはもちろんですが、それだけではなくて、若者の知識や教養を高めるような、あるいは読書欲を高めるような、そういう意識の高い?ハイソな?漫画を増やしたいと思います。

 発行部数が毎週100万部を超えているような出版物の社会的な影響は大きい。

 純粋に面白いだけの漫画も必要ですが、今や漫画は若者の教育という役割や責任も意識するべき時代だと思う。

 そういうカルチベイトな資質の作家を発掘してほしいのです。

 何か意見はありますか?」


「賛成ですね。ギャグやら劇画やらそういうジャンルに関わらず、基本的に基礎的な素養という点でどうも一般的な社会人のレベルに達していないような作家もたまにいます。ネームが小学生並みの語彙だったり・・・」

「しかし荒削りな才能を育てていくのも必要じゃないかな?若い作家も多いし」

「芸術的な才能と知的なレベルみたいなものは必ずしも正比例しませんからね。

ちょっと乱暴な意見にも思う」

「編集長としては、販売部数は維持したうえで、もう少し雑誌全体のカラーを精神年齢が高い感じにしたいわけだよ。漫画だけじゃなくていろいろな精神世界とか歴史、文化に知的な興味持っているというような、奥行きの深い人に若い世代を啓発するような漫画を描いてほしいわけです。既成の作者においても知性やら教養一般のレベルを底上げしていけるようにみんなで助力指導していけるようにしたいのです」


「まあ、それなら納得できます。漫画文化が隆盛でブームが海外にまで波及しているというのは素晴らしいことですが、出版社というのは活字部門がいわば本業ですから、活字離れということがいいことだとは誰も思っていませんから・・・一般的な読書とかの呼び水になれれば、出版界全体にもいい影響を及ぼしますね。」


「なんせわれわれは天下の『少年ステップ』で、英集社の、いや漫画業界全体の牽引車なんだからな。もはや日本の将来とかも視野に入れるべきところにきているかもしれない。ひとつわれわれの手で日本の漫画界に革命を起こしてやろうではないか!」


パラパラパラ、と拍手が起きて、おれの意見を歓迎する空気になった。

・・・そういうことで、新しい編集方針に部員たちも賛同する形で散会した。

さて、これからどうなっていくことやら・・・


おれは意欲に燃えて、武者震いする感じだった。


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 その次の企画会議で、3つの新企画が採用された。


・・・①「『虹をつかんだ男たち』と題した、一話完結の日本のノーベル賞受賞研究のマンガ解説。

 新聞の解説とかでは理解しにくいノーベル賞を受賞した研究の内実、どういうところが評価されたのか、を詳しくわかりやすく解説する。」


・・・②「『ルネッサンス』というタイトルで、詳しい時代考証を基にした、リアルな当時の雰囲気や風俗などを再現した歴史マンガ。

 そういう背景で、タイムスリップした少年少女が主人公でストーリーを展開させる。」


・・・③「『文豪の世紀』というタイトルで、漱石、鴎外、谷崎、太宰などの文豪の横顔や興味深いエピソードなどを巧みに織り交ぜて近代日本文学のアウトラインをレリーフする。堅い題材でもあり、文豪たちについてはできるだけポピュラーで人間的なキャラクターとして表現する。」


・・・優秀な編集部員の秀逸な企画がそろった。


 おれは満足して、会議を総括した。

「皆、ありがとう。どれもカルチャー路線という方針にピッタリの秀逸な企画だ。

で、それぞれには、一流のサイエンスライターや、歴史学者などの監修者をつける。

作家は新人でもベテランでも構わない。しかし実際に試作してもらって、その原稿を見て最適の人物を判断決定する。

 目途としては年度初めに合わせて連載を開始する予定とする。

 以上を決定しました。では、各自の業務に戻ってください」


… …


『少年ステップ』で連載をするというのは漫画作者共通の夢なので、優秀な人材がたくさん名乗りを上げて、おれとしても、選考に悩むところだったくらいだが、やはり題材に向いた作風というのがあって、結局は三企画ともそれぞれに満場一致の人選がなされた。

 優秀な英知が集結して、新しい「少年ステップ」はバカ売れして、英集社の株もどんどん上がるに違いない…

 おれは有頂天という感じだった。

 漫画が仕上がるまで編集者たちは毎晩徹夜で資料集めをしてくれていたようだ。


 新年度第一号の広告は、大々的で、「紙面刷新!ステップはマンガの未来を先取りする!」「活字を凌駕する知性あふれる世界を体験せよ!」「君をトリコにするネオ・アカデミズムが出版界を変える!」…等々のコピーが並んだ。

「さあ、細工は流流仕上げを御覧じろ!」、新年度号が発売された後、おれは祈るような気持ちで販売部数と、読者の感想のモニターが出そろうのを待っていた。

 編集部員みな同じ気持ちだったろう…


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   …4月の第三週に、新年度第一号の実売部数と、読者モニターの結果が出そろった。

 社内の全員にメールでそれは配布されるのだ。

 おれは第一号だから、まあ横ばいか、少し増えていて、読者にもおおむね好評だろうと高をくくっていた。



 しかし、数字と文章の羅列を読んで、おれは青くなった。

 愕然として、古い表現だが、冷汗三斗、という感じになった。

 部数は前週の140万部から70万部に激減していた。

「少年ステップ」がメジャーになってから、こんなことは前代未聞の事態だった。

「な、何てことだ!鳴り物入りの、絶対的に自信のある新企画だったのに…」


 おれは、読者のモニターの部分を捜した。

 たくさんの読者の声をざっと読んでみると、中学生や高校生以上の層にはおおむね好評なのだが、小学生の声がひどかった。


 「漢字が多くて読めません。どうやって調べたらいいかもわからない」、「ストーリーが複雑でわからないし、難しすぎる」「家に帰ってマンガ読む時まで勉強したくない」「無理して読んでいたら目が悪くなりました」「立ち読みして、買うのをやめました」「『宇宙刑事ギャバン』を、また再開してほしい」「こういうマンガはお父さんが買ってきてくれます」「もう買わないぞ!裏切者ー」



「少年ステップ」の読者には確かに小学生が多いのだが、こんなに忌み嫌われるように悪評とは思わなかった。 

 小学生は気に入りの漫画のコミックスを買うために小遣いを節約せねばならず、余計なマンガが入っている雑誌なぞは買いたくないのだろう。次の編集会議で、おれは頭を下げて、小学生読者の嗜好を見抜けなかった不明を謝罪して、編集長を辞任したい旨を表明した。

 部員たちは慰留してくれたがおれの決意は固かった。

 しかし、おれも転んでもただで起きないタイプだった。

 臨時異動で大人向けのコミック雑誌『ジャイアント・コミック』の編集長になる際にせっかく連載を始めた漫画をそっくり三つとも持っていく、という条件を付けたのだ。

 はからずや、連載を始めた漫画は大好評で、人気投票の1~3位を毎週独占し、おれのセンスが的外れではなかったことが証明された。


 それにしても、なけなしの小遣いで毎週漫画を買っている子供を舐めていたらえらい目に合う、祟る、救われないことになる。


エレーメ、に合う、ン(-た)タル、スクー(ル)われないことになる


そういう教訓を得たことだ。


クルーシーナー




<終>

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掌編小説・『漫画週刊誌』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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