「代行者」
GARAHIくホ心京ハeu(がらひくほみ
「代行者」
「大ヒットしているこの小説ですが、書こうと思ったきっかけは?」
眼鏡をかけた黒スーツ姿の女性は、正面の椅子に座った私に質問してきた。
「話すと少し長くなるんですけど、いいですか?」
「いいですよ」
女性は優しく微笑みながら私を見る。
私は、この小説が生まれた経緯を話し始めた。
高橋咲(たかはし さき)と知り合ったのは私が中学生になった頃だった。入院していたおばあちゃんのお見舞いに行った時、おばあちゃんの病室で、咲とおばあちゃんが話していた。
それが私──加塩有優(かしお ゆう)と高橋咲との出会いだった。
綺麗な白色レンガで作られた病室の一室に私と咲がいた。
咲の病気を知ったのは今年の九月頃だったと思う。
彼女曰く自分が癌だと知ったのは二年前、十二歳の頃らしい。大腸に違和感を感じて病院に行ったら癌だと診断され、「余命は五年もない」そう告げられたと聞いた。だから、学校には行けず、毎日病院の中で過ごしている。
そんな咲は、「癌なんか治してみせる!」と言わんばかりに、元気な声で話してくれる。
女にとって命でもある髪の毛は、抗がん剤の副作用で抜け落ちて無くなっていた。
頭には白色の医療帽子を被っており、咲のベッドの横には以前、雪が降った時に撮ったツーショットの写真が飾られていた。
「私! 小説家になりたい!」
咲は写真を撮った時と同じように楽しそうな表情を見せながら話した。
私は読んでいた小説を、ベッドに備え付けられたテーブルに置いて、突然と言い出した咲の将来のことに少し驚きを見せ尋ねた。
「どうしたのいきなり?」
「私さ、こんな状態だから遊びに行けないし、スポーツとかもできないじゃん? でも、本の中なら自由に何でもできちゃうんだよ! 本ってすごいよね!」
咲はとても楽しそうに目をキラキラさせて語った。それを聞いた私は、心にナイフが刺さった様に、心が酷く傷んだ。
そんな私を見て咲が、大丈夫? と心配してくれた。私は大丈夫と答えて、会話を続けた。
「でも、小説家になるのって難しいと思うよ? それに咲は小説書けるの?」
「大丈夫! 私、たくさん本読んでるから!」
強く握った右手を小さな膨らみの上に押し当て、自信あふれる元気な声で答える咲。ほんと何処からこの自信は来るのか少し気になった。
「まぁ、頑張って」
いつもみたいにすぐ飽きるだろうと思い、私は軽く流した。
翌日。
私はいつも通り中学校の授業が終わった後、咲が待っている病室へと足を運んだ。
少し重たい白色の扉は音を立てずに横に流れ、私は病室に入った。
「咲、きたよ〜」
いつもと変わらない咲を見て、いつも通り声をかける。
「優有ちゃん! これ、小説書いたよ!」
そう言って咲は私に三枚の紙を渡してきた。少し目を通して、思ったことを素直に話した。
「これ、小説っていうか、作文じゃない? それに、小説ってもっと文字数あるでしょ」
『小説』と言われたそれは、明らかに小説と言える物ではなかった。どちらかといえば作文と言った方が似合うような気がする。
まぁ、私も小説書いたことはないけど。
「えー!」
咲はテンションを落としながら、これならいけると思ったのに、と付け加える。
「文法も無茶苦茶だよ、これ」
当然の事だろう。咲は小学六年生までの授業しか受けていないのだから。
「そうだ! 優有ちゃんが私の小説書いてよ!」
思いついた、と、いきなり意味が分からない事を言ってきた。
「私、小説なんて書いた事ないよ」
「咲よりも頭いいじゃん! それに、優有ちゃんなら書けるよ!」
咲は楽しげな表情で、優有ちゃんならできると、無邪気な声で言い寄ってくる。
「え〜私には無理だよ」
私と咲はそんなやりとりを数回繰り返して、家に帰ることにした。
家に帰った私は、少し小説の勉強でもしようかなと思い、『小説 書き方』と調べていた。
「小説ってやっぱり難しいんだな〜」
そんな時、私の携帯に一つの電話がかかってきた。
「咲?」
何だろう、咲が電話をかけてくるのは珍しくはないが、深夜にかけてくるのは初めてだった。
「もしもし咲? どうしたのこんな時間に電話してきて」
『優ちゃん、大好きだよ』
いつもの明るい声とは違ってとても辛そうで、きつそうな声。
明らかに今までの咲とは違う。本当にどうしたんだろう。
「どうしたの? 大丈夫?」
『ピー』
電話が切れたのかな? と思ったがすぐに違うことに気づいた。携帯画面には電話が繋がっていると表示されている。
「咲? どうしたの? 咲!」
何だかとても嫌な予感がして、私は咲の名前を叫ぶようにして呼んだ。が、返事は返ってこない。耳を澄ますと、奥から女性らしき人の声が聞こえてくる。
『先生……咲ちゃんが……』
女性の声は震えていて、先生と呼んでいる。私は、信じたくなくて、家を駆け出して咲がいる病室へと向かった。
「そんなわけない」と自分に言い聞かせて、息を切らしながら病院に到着した。鼓動がうるさく焦っているのが自分でも凄く分かる。そのまま病室に向かい、病院だと言うことを忘れて大声で咲の名前を呼ぶ。
「咲!」
そこには、目を瞑ってベッドに横たわる咲。泣いている看護師。手を合わせている医者。その光景を見て、電話越しに鳴っていた音は、心肺停止を告げたものだった事に気づいた。
そんな私に気づいた医者は酷く悲しそうな表情で、私に咲の現状について説明を始める。
「優有さん。咲ちゃんは」
私は医者の言葉を聞かずに咲の元に駆け寄り、真っ先に思ったことを医者に尋ねた。
「余命は後二年あったはずです! どうしてですか!」
医者に強く当たる。私は今、自分の感情をコントロールするのは無理だった。
「余命は、これぐらいの年数生きられるかもという、予想なんです」
「何だよ……それ……」
頭の中が真っ白になり、何を考えるべきなのか分からない。ただ、出てくるのは、涙だけ。
泣いてしまったら、咲がいなくなってしまった事を認めてしまうと、分かっていても私の目からは涙が流れ続けた。
私は咲の手に触れる。冷たい。まるで、雪が降ったあの日の気温みたいに。
看護師がこれは? と声を震わせながら、見覚えのある三枚の紙を手に持っていた。
「それは……」
咲が書いた小説だった。あまりにも小説とは言い難く、どちらかといえば作文の方が似合うその文章。
あの時、私が咲と数回繰り返した時のことを思い出す。咲が書いてと頼んできたことに私は何度も「無理だよ」と断ってきた。
だが、今は。
「咲……私……書くよ……!」
『無理』ではなく『絶対に書く』という気持ちに変わっていた。
その後、咲の親族の方達が来て色々話をしていた。私は聞きたくないが、聞かないわけにはいかず、お葬式の日などを聞き病院を後にした。
これからする事は決まっている。私は今から小説を勉強して、託された咲の夢を叶えることだ。
「私は、絶対咲の夢を叶える」
私は三枚の紙を強く握りしめて、家に帰宅した。
それからの日々は、学校でも家でも、ずっと小説の勉強をしていた。そもそもあまり友達と言える存在もなかったため、一人でずっと本を読んだり小説を書いてみたりして、過ごしていた。
周りからは変な目で見られていたが、私にはどうでもよかった。
それから数年が経ち、一つの賞から、受賞したという連絡が来た。しかも、大賞を受賞したらしい。
私は本になれば何でもよかった。咲が望んだ事だから。
その連絡が来て、すぐに、咲のお墓に向かった。
「咲。ごめんね、遅くなって。やっとだよ」
時刻は二十時を回っていた。その場にかがみ込み、咲に夢を叶えたよと伝える。
「私これからも、咲が出来なかった事を小説にして書いていくよ。咲が言ってた通り、本の中でしか出来ないことを」
私は、これからのことも伝える。咲が見ていることを信じて、咲が喜んでいると信じて。
『ありがとう。優有ちゃん、お願いね』
ふと咲の声が聞こえた気がして、周りを見渡す。だが、いるはずもなく、すぐに幻聴だと悟る。でも、咲がそう思っていてくれたらいいな、と、ただただ思った。
「ありがとうございました。裏にそのような物語があったなんて、知りませんでしたよ」
「そうですね、今まで誰にも話したことがなかったんで」
「きっと、咲さんは、喜んでいると思いますよ」
「そう信じます」
「あ、だから先生の名前は『代行者』なんですね」
「代行者」 GARAHIくホ心京ハeu(がらひくほみ @such
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