第44話今後について

 愛娘サラの後を追い、極秘で勇者学園に入学。

 選抜戦の決勝戦の直後、勇者教団の神官長が、魔族に身体を乗っ取られていた事件が勃発。


 何とか撃退して、波乱に満ちた選抜戦は無事に終わった。

 事件から一週間が経つ、レイチェル先生の部屋を訪ねていく。


「先生、ハリトです。はいります」


「ん? ハリトか。少し遅かったな」


「えっ、そうかな? 下駄箱が混んでいたからかな?」


 本当は先生からの呼び出しを忘れていた。

 知らないふりをしておこう。


「まぁ、いい。そこに座れ」


「うん。用件って魔族のこと、先生?」


 ここは先生用の個室なので、他に誰もいない。

 敬語は使わず、普段の個人レッスンの口調です。


「ああ、そうだ。一応は会議で、ある程度まで決まった」


「どんな感じになりそう?」


 公にはレイチェル先生が、七魔将を倒したことになっている。

 お蔭で今後の魔族を対策のために、毎日のように会議にも参加していた。


「まずは大陸各地の各学園には、今回の事件のことは連絡して、警告しておいた」


 通信用の魔道具を使えば遠距離でも、音声で情報共有が可能。

 七魔将が出現したことは、他校も知ることとなったのだ。


「なるほど。良策だね。今のところ他の街で、魔族は大丈夫そうなの?」


「ああ、今のところはな。だが知っての通り、魔族の連中は油断ならない」


「そうだね。アイツ等は変装や潜入が、得意だからね」


 魔族の全体的な数は、それほど多くはない。


 だが魔族は特殊な能力を持つ。

 アザライドのように姿を変えて、市民に紛れることも可能なのだ。


「あと七魔将が、こんなに早く降臨したことは、他校でも問題になっていた」


「そうだろうね。でも、先生。オレの勘だと、七魔将クラスは、まだアザライドだけしか動けないはず」


「なんだと? その根拠は、何だ、ハリト?」


「まず一つ目は“女神の啓示”は、魔王復活の前兆あってから発現するはず。だからこの短期間で、七魔将が姿を現すのが早すぎたこと。たぶんアザライドだけが、今回の七魔将の中でも早熟だったはず」


 今まで女神の啓示を例に出す。

 候補者が選ばれてから、魔王が復活するまで、一年以上の猶予があった。

 直属の部下である七魔将も、魔王が復活する直前になって、その姿を現していた。


 つまりアザライドは何かの特殊で事情で、今回姿を現したのであろう。


「なるほど、面白い推測だな。ハリトがそう考える根拠は?」


「まず一つ目が、この魔石」


 空間魔法の【収納魔法】を発動。

 拳大の魔石を取り出す。


 前回、アザライドを倒した時に残った魔石。

 討伐者であるオレが、こっそり所有していたのだ。


「ここ見て、先生。アザライドは【ナンバー・セブン】だ」


 魔石に“Ⅶ”の番号が浮かび上がる。

 七魔将の魔石だけには、固有の番号がある。

 普段は見えることは出来ないが、魔素の波長を可視化したのだ。


「なるほど。奴は【ナンバー・セブン】だったのか……」


 レイチェル先生はため息をつく。

 先生が肩を降ろすのには、理由がある。


 七魔将のナンバーはワンからセブンまで、七段階で強さが違う。

 番号が上になるほど強くなり、セブンは七匹の中でも一番下。


 つまり七魔将の中では最弱なアザライドにすら、剣帝レイチェルの攻撃が通じなかったのだ。


「まぁ、先生はもう“聖刻印”無しだから、落ち込むことないよ」



 大陸最強クラスの剣帝であっても、魔族には通じない。

 対魔族戦、聖刻印の消えた先生の攻撃は、十分の一以下に低下してしまうのだ。


「あと先生には悲しい情報が、もう一つ。アザライドは早熟で、全盛期の力じゃなかった。だから、この早すぎるタイミングで、出現できたんだ」


 これもアザライドの魔石を研究して判明したこと。


 七魔将クラスは魔王の体内で育ち、力を貰って現実世界に出現してくる。

 だがアザライドの魔石は早熟だった。

 つまり魔王から力を持っていた途中で、何かの原因で現世界に出てきてしまったのだ。


「なんと……あの強さで、【ナンバー・セブン】で、なおかつ早熟な相手だったのか。こればかりは女神の思惑を恨むよ、アタイは」


 先生は唇を噛みしめ、本当に悔しそうな顔になる。

 今の先生でも下級魔族や上級魔族になら、何とか倒すことが出来る。


 だが七魔将クラスには先日の通り、絶対に敵わないのだ


「ふう……だがハリト、お前なら……マハリトおじ様の知識と力を有している“今の力”なら、何とかなるのではないか?」


「えっ、オレが……?」


 先生が希望の眼差しを、向けてくる理由は分かる。


 何しろオレは大賢者マハリトとして三十三年前、当時の魔王を仲間たちと倒していた。

 しかも先生と違って、逆行転生した今のオレは聖刻印を持つ。

 魔族に対しても、最大限の力を発揮できるのだ。


「ああ、お前だけが希望の光だ。何しろ、単騎で七魔将を撃破してしまったからな」


 本来、七魔将クラスを候補生は単騎撃破できない。

 しかも今回のオレは、多くの縛りの中で戦った。


【大賢者の力】を使わず、専用の【神武具】も装備せず、【神力解放】も未解放。

 ――――剣一本だけで、アザライドを圧勝したのだ。


「まぁ、先生の願望も分かるけど、今のオレじゃ……まだダメなんだ」


 残念ながら逆行転生は、デメリットもある。

 というかデメリットの方が多い。


 特に対魔族との戦いでデメリットが大きいのが、『魔力放出量の激減』と『上位より上の魔法が制限中』という二つ。


 これにより今回は極大攻撃魔法を使えない。

 三十三年前、一撃で七魔将クラスを消し炭にした、あの極大魔法を。


「あと悲しい報告が、先生にもう一つ。今回の魔王と魔族は、前回よりも強くなるはず」


「なんだと、昔よりも強力に……だと⁉」


 これもアザライドの魔石を研究して、判明したこと。

 アザライドが完全に成長した時の戦闘能力を、オレは研究によって数値化した。


 そこから逆算して、残る七魔将たちの戦闘能力を推測。

 最後に総計して、今回の降臨する魔王の強さを、ある程度まで計算してみたのだ。


「そう、昔よりも強力に。オレの計算によると、今回の七魔将と魔王は、とんでもない強さになるはず」


「とんでもない強さ……だと?」」


「うん。例えるなら、今回の魔王は『三十三年前のオレたち六人でも勝てない』。あと『レイチェル先生たち二代目でも勝てない』そんな強さの魔王が、誕生するはずだ」


「な、なんだと……私たちはもとより……最強と言われていた、マハリトおじ様たち“初代様”ですら、勝てない強さの魔王が誕生を……?」


 あまりの現実の残酷さに、先生は言葉を失う。

 豪快でいつも明るいレイチェル先生が、ここまでなるのは見たことがない。


 今の話を簡潔に説明するなら『このままでいけば人類が絶対に勝てない魔王が、もうすぐ降臨する』ということ。

 オレの研究は、残酷な結果を導き出してしまのだ。


「くっ……アタイは無力だ……」


 あまりの残酷な未来予測に、先生は頭を抱えてしまう。


「先生、そんなに落ち込まないで。逆に希望も少しだけあるから」


「希望だと……?」


「そう。『今回の魔王と魔族が強すぎる』ということは、『今回の“真の勇者”の六人も強くなる』はずなんだ……」


「本当なのか⁉」


「うん……たぶん……」


 実はこれは希望的な観測であり、オレの個人的な予想でしかない。


 研究によれば魔王の出現と、“真の勇者”の啓示には大きな因果関係がある。

 光と影の関係に近く、一方が強くなれば、もう一方も強くなるのだ。


 ただし、これはあくまで研究途中。

 今は先生を元気づけるための方便だ。


「おお、そうか! それを聞いて安心したぞ!」


 先生にいつもの豪快な笑顔が戻る。

 嘘も方便ということで、今回はこのまま騙しておこう。


「とりあえずハリトの今回の情報は上手くまとめて、アタイの方から他校の上層部にも連絡しておく。警告も込めてな」


「なるほど。それは良いかもね。油断は大敵だからね」


 今後のお互いの行動について、二人でまとめに入る。


 先生は他校への連絡係り。

 他校で信頼をおける者に『今回の魔王と魔族は何か強くなりそうな感じだから、みんな頑張って候補生を育てね!』という感じで、警告する。


「そういえばハリトは、今後はどうするつもりだ?」


「オレ? そうだね……もう少し強くなっておこうかなと思うんだ」


 七魔将にも魔剣技は有効だった。

 だが今のオレは、まだ魔剣技と剣技を有効に使えていない。


 だから、これからもっと剣技を鍛えて、魔剣技の研究も進めていきたい。

 混沌剣も強化していきたちところだ。


(あと欲をいえば、剣士としての【神力解放】を会得。“神武具”も手に入れたいけど……これは余裕がある時でいいかな?)


 今のオレの一番大事な目標は『大事な愛娘サラにバレないように見守ること』だ。

 魔族に負けないように強くなることは、あくまでも勇者候補であるサラを見守るためなのだ。


(とりあえず今後はハリト団として。サラとエルザを鍛錬。なおかつ自分の強さを高めて、研究すすめていこうかな……)


 今後について大まかな方針が決まった。

 あとはサラの行動や成長に合わせて、臨機応変に対応していくだけだ。


「あっ、そういえば。お前たちハリト団は選抜戦で、ちゃんと優勝の扱いになったぞ」


「えっ、本当? ということは?」


「ああ、お前たち三人は来月から“王都学園”に短期留学できるが……」


「やったー!」


「だが今の状況を考えたら、王都に行くのは危険が……」


「大丈夫! 行く! 留学するから!」


 何しろ王都留学はサラとエルザの願い……つまりハリト団の願いなのだ。

 危険だからといって、うやむやには出来ない。


(そっか……王都学園に留学できるのか)


 これを聞いたら、二人とも大喜びするだろうな。


「やっぱり……そう答えると思って、準備はしてある」


「さすがレイチェル先生、サンキュー! じゃぁ、さっそく二人にも教えてくるね!」


 ハリト団は選抜戦で優勝の扱い。


 こうして強者が集まる王都学園に、短期留学することが決定になった。

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