第21話転入生

 愛娘サラの後を追い、こっそり勇者学園に潜入。

 学園生活は今のところ順調。


 毎週土曜はレイチェル先生との個人レッスン。

 平日は朝から夕方まで、魔法と近接戦闘の授業を受ける。

 クラスメイトのサラとの距離も、正体がバレないように上手くしていた。



 今のところ学園生活は特に事件もなく順調に進んでいた。


 ◇


 そんなある日の朝、クラスに転機が起こる。

 転校生がやってきたのだ。


「えー、みんなに新しいクラスメイトを紹介するわ」


 担任カテリーナ先生の紹介で、見慣れない少女が教室に入ってきた。

 彼女が新しいクラスメイトなのであろう。


「この方は王都の勇者学園から転校生です。エリザさん、自己紹介を」


「私はエルザ・ワットソンですわ。皆さん、よろしくお願いたしますわ」


 転校生はエルザという金髪の少女だった。

 歳はサラと同じくらいだけど、身長は少しだけ高い。


 口調は丁寧で、気品のある雰囲気。

 もしかしたら、どこかの貴族令嬢なのかもしれない。


「エルザ・ワットソン様⁉」


「あのワットソン家のエルザ様⁉」


 自己紹介を聞いて、急に教室がザワつく。

 主にチャラ男軍団たち貴族子息令嬢たちが、騒いでいる。


「……」


 一方でエリザという少女は、騒ぎを気にしていない様子。

 冷めた視線で教室を見渡してくる。


「んっ? えっ⁉」


 そんな金髪の少女の表情が急変。

 視線が“ある人物”のところで急に止まる。


「ま、まさか……」


 少女が言葉を失い、じっと見つめてくる視線の先にいるのは、クラスの中でも最年少の少年

 ――――オレだ。


「あ、あなたは……もしかして……?」


 転校生エルザが、いきなりこちらに向かってくる。

 まだ朝のホームルーム中だというのに、お構いなしに一直線に近づいてきた。


「このお顔は、やっぱり! 貴方様は、もしかして、あの時の“ローブの剣士様”でございますか⁉」


「えっ、“ローブの剣士様”……?」


 そんな二つ名は知らない。


 過去にオレがあった二つ名は

“漆黒の仮面の大賢者”

“世界の全てを知る漆黒の大賢者”

 など。


 何しろ当時は人前に出る時は、必ず黒い仮面を付けて、全身黒のローブをまとっていたから。

 格好の理由は“カッコイイ”からだった。

 あと、ポーズも厨二病的なものを好んでいた。


 だが、今思えばかなり恥ずかしい黒歴史な二つ名。

 当時のオレはまだ若かったから、色々と迷走していたのだ。


「“ローブの剣士様”、私はあの時、“岩大熊”から救っていただいた者です!」


 転校生エルザは真剣な表情で、オレの手を握ってきた。

 その真剣な表情に少しだけ見覚えがある。


(あれ、この子は……あっ、あの岩大熊の時の子か!)


 ようやく思い出した。

 ウラヌスの街に向かう道中での出来ごとを。


(そうか、あの時の馬車の一行の、金髪の少女か……)


 サラを追ってウラヌスの街に飛行魔法で向かった。

 道中、魔獣に襲われていたこの少女の一行を発見。

 オレは気まぐれで助けたのだ。


(それにしても“ローブの剣士様”だって?)


 あの時は名乗らなかったけど、何でそんな変な二つ名を。


 あっ……そうか。

 助けた時、オレは大人用のぶかぶかのローブを、深く被っていた。

 だから、そんな変な呼び名をしてくるのであろう。


 ああ、よかった。

 これで全ての謎が解決してスッキリした。


「いえ、違います。オレは普通の十歳の子どもです」


 だが正直には答えない。

 白を切る。


 何しろ学園では、目立たないように過ごしていきたい。

 それに“ローブの剣士様”だなんてカッコ悪い二つ名はごめんだ。


「えっ⁉ ですが、“ローブの剣士様”の雰囲気と口調に、とても良く似ていますし……」


「えー、そうなのかな? ボク、十歳だから、よく分からないなー」


 頭の悪い幼い子どものフリをして、更に白を切る。

 頼むからオレに構わないでくれ。

 教室では目立たないように過ごしたんだ。


「いえ、でも、たしかに貴方様は、あの時の方によく似て……そうですわ! 我がワットソン家の同行した者に確認して頂ければ……」


「いや、それは面倒すぎるから。というか、キミは誰なんだ? いきなりワットソン家と名乗られてもさ?」


 馬車の装飾具合で、かなり高位な令嬢なのは分かる。

 だが、クラスメイトのザワつきは、普通の令嬢相手ではなかったのだ。


「おい、チビ助ハリト! エルザ様に無礼な口を利くな!」


「おい、無能君、まさかお前、あのワットソン家を知らないのか⁉」


 チャラ男軍団が急に吠え出す。

 興奮してオレの席まで迫ってきてきた。


「ワットソン家はこの王国の王家だぞ!」


「つまりエルザ様は本物の姫君なんだぞ!」


「そうだぞ! 先ほどから無礼な態度と口調で、下手したら無礼罪で死刑になるぞ!」


 チャラ男三人衆は、興奮状態でアレこれ騒いでいる。


(王家のワットソン家? お姫様? なるほど、そういうこか)


 だがオレは冷静に受け取る。

 クラスの子息令嬢たちが騒ぐ理由が判明した。


 何故なら、このエルザという少女は、現国王の実の娘の一人。

 本物のお姫様なのだ。


 だからクラス内の半端な子息令嬢にとっては、雲よりも上の存在。

 やたら気を使うのも無理ない。


 貴族の世界は、複雑な階級と勢力がある。

 このエルザ姫に無礼なことをすると、彼らのお家潰しもあるのだ。


(それにしても本物のお姫さんか。転校して来たということは、勇者候補の一人ということなんだろうな?)


 腰に剣を下げているので、見た感じ前衛タイプなのであろう。

 立ち振る舞いを見た感じだと、腕も悪くはなさそう。


(それにしても本物のお姫さんがクラスメイトか……かなり面倒くさいな……)


 今のオレは目立たずにクラスことが最優先。

 たとえお姫様でも構っている場合ではないのだ。


「これはエルザ姫様、先ほどは大変失礼いたしました」


 オレは席から立ち上がり、膝をついて礼の姿勢をとる。

 丁寧な口調で、今までの非礼を詫びる。


「顔をお上げください! “ローブの剣士様”……いえ、ハリト様。命の恩人にそのような……」


「それじゃ、失礼するね!」


 そんな時、運よく授業開始の呼び鈴が鳴る。


 今朝の一限目は実技。

 オレはダッシュで訓練場へ向かう。


「えっ、ハリト様⁉」


 お姫さんに正体はバレていないが、ここにいたらボロが出てしまう。

 制止を振り切り、オレは立ち去ることにしたのだ。


「ハリト様……必ず“ローブの剣士様”ははず……必ず恩返しをしなければ、ハリト様に……」


 だが置いていかれたエルザ姫は、力強く宣言していた。

 その瞳には強い意志が込められていた。


 こうして厄介なお姫様がクラスメイトになるのであった。

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