第20話特訓

 愛娘サラの後を追い、こっそり勇者学園に潜入。

 学園生活は今のところ順調。


 平日は朝から夕方まで、魔法と近接戦闘の授業を受ける。

 クラスメイトのサラとの距離も、正体がバレないように上手くしていた。


 ◇


 そんな感じで平日を過ごし、待ちに待った土曜日になる。

 週末の今日は授業がない。


「では、特別授業を始めるぞ、ハリト!」


「よろしくお願いします、レイチェル先生」


 土曜日の今日は剣技を個人レッスンの日。

 家庭教師は赤髪の女剣士。

 二代目“真の勇者“の一人、レイチェル・エイザントだ。


 場所は先週“大地竜(アース・ドラゴン)”を倒した森の中心部。

 ひと気のないここなら、思いっきり暴れても問題ないからだ。


「それでは、さっそく稽古といくぞ」


「はい、先生!」


 森の中の開けた空き地。

 互いに向き合い礼をする。

 ちなみに個人レッスン中は互いに、先生と生徒の口調で行うことにした。


 なぜなら乙女モードのレイチェルに『マハリトおじ様~♪』なんて呼ばれたら、緊張が皆無。

 あくまでも厳しい条件でレイチェルに頼んだのだ。


「武器は真剣でいいか、ハリト?」


「もちろん。本気の稽古を頼んだよ、先生!」


 個人レッスンで使うのは、バリバリの真剣の武器を使う。


 いつもの訓練用の武器は、怪我をしにくいメリットがある。

 だが、その分だけ心に隙が出来てしまう。


 それに比べて真剣での鍛錬なら、常に気を張って技を磨き合える。

 つまり『百回の訓練より、一回の実戦』という訳だ。


「分かっていると思うけど、アタイはこの“竜王(りゅうおう)裂き”を使うよ?」


「ああ、望むところさ!」


 レイチェルの手に持つ大剣……“竜王裂き”は普通の武器ではない。


 元々は彼女の父親“剣鬼”レイザード・エイザントが使っていた武器。

 初代“真の勇者”が愛用していた【神武器(しんぶき)】の一つなのだ。


 レイザードと仲間だったオレは、あの魔王殺しの武器の恐ろしさをよく知っている。

 たとえ訓練といえども、まともに食らって良いモノではないのだ。


「じゃあ、いくよ、ハリト!」


 レイチェルの全身の魔力が高まる。

 魔力を高めて、剣闘技を繰り出そうとしているのだ。


「ふう……いくよ! 全てを打ち砕け……剣闘技、【竜巻斬り】!」


 レイチェルは剣闘技を発動。

 直後、凄まじい威力の斬撃の竜巻が発生。


 オレの前方の大地がえぐれていく。


「くっ⁉ いきなり大技かよ!」


 “竜巻斬り”は大剣用の剣闘技の一つ。

 見えない斬撃を、竜巻のように放つ広範囲に攻撃だ


「これは、まともに受ける訳にいかないな!」


 予想外の大胆な初撃に、オレは思わず【立体移動】を発動。

 左に回避する。


 ゴォオオオオオオオ!


 レイチェルの【竜巻斬り】の威力は凄まじい。

 オレは即座に複数の魔法を発動。

【身体能力】と【反射神経】を魔法で最大限に強化して対応する。


「ふう……ヤバかったな」


 なんとか完全に回避することに成功した。

 間合いを取って呼吸を整える。


「甘いぞ、ハリト!」


 回避した先に、レイチェルが待ちかまえていた。

 斬撃を放ったと同時に、こちらの動きを先読みしていたのだ。


「くっ⁉ 斬り裂け……剣闘技、【斬撃(ざんげき)】!」


 オレはとっさに剣闘技を発動して迎撃。

  “斬撃”は片手剣用の剣技の一つ。

 初級用の技だが発動が早く、応用力は高い。


「甘いぞ、ハリト! 絡み斬れ……剣闘技、【十文字(じゅうもんじ)斬り】!」


 レイチェルは大剣用の剣技を発動、応戦してきた。

 “十文字斬り”は上下左右に、瞬時に攻撃しかける攻撃だ。


 互いの片手剣と大剣がぶつかり合う。


「くっ……これはマズイ!」


 力技勝負の状態になってしまった。

 こうなるとオレは不利。

【身体能力・強化】を使っても、腕力勝負ではレイチェルには敵わないのだ。


「こうなった、間合いを!」


 力負けしてしまうと、圧倒的に不利。

 その前に身体能力を更に強化して、後方に退避。

 レイチェルと間合いをとる。


「ふう……やっぱり“強い”な……」


 安全圏に離脱しながら、思わず息を吐き出す。

 剣技だけ戦ってみて実感した。

 レイチェル先生の強さは予想以上。


 さすがは最強の剣士の称号の一つ“剣帝”の保持者。

 今の攻防だけで、実力の高さが計り知れた。


(単純な剣の実力だけなら、当時のレイザードと同じくらいか……)


 三十五年前の仲間の大剣使い……彼女の父親レイザードのことを思い出す。


 あの大柄な剣士も規格外の身体能力と、凄まじい戦闘能力を有していた。

 何しろ強化魔法も無しに、肉体の能力だけで山の様な魔物を斬り倒すのだ。


 対峙しているレイチェルからも、あの男と同じような覇気を感じる。


 いや……女性として肉体ハンデを考えたら、才能だけなら父親以上かもしれない。


 とにかく“剣帝”レイチェルは予想以上の強さだった。


「先生、お待たせ。また、いくよ!」


「ちょっと、待て、ハリト。再開する前に、今の攻防で何か、“自分の弱点”を感じなかったか?」


 間合いを測りながら、レイチェルは問題提起をしてきた。

 今は特別レッスン中。

 教師として戦いながら、問題点を提示してくれたのだ。


「オレの弱点? そうだな……『オレは先生の攻撃に対して、後手にまわっている』ところかな?」


 大賢者であるオレは、生粋の後衛職。

 こうして近距離で剣を直接交える近接戦闘に、慣れていない。


 だから、どうしても戦い方にタイムラグ発生

 本能的に攻撃してくるレイチェルに対して、後手なってしまうのだ。


「そう、正解だ。体格で劣る者が近接戦闘で後手になるのは、デメリットが大きい。だから、お前はあまり深く考えずに、もっと直感で戦え! そうすれば道は開ける!」


 直感で戦え……か。

 たしかにオレは今までの人生、考えながら戦ってきた。


 パーティー戦闘でも相手の数十手、数百手先を先読み。

 大賢者として常に思考を巡らせながら戦ってきた。

 だから近接戦闘でも、どうしても無駄な思考をしてしまったのだ。


(よし、思考を切り替えていくか……)


 レイチェル先生のアドバイスは理にかなっている。

 理にかなっていることは、何よりも大好きなのだ、オレは。


(今のオレは大賢者マハリトじゃない……今のオレは剣士ハリト……今のオレは剣士ハリト……よしっ!)


 アドバイスの従って気持ち切り替える。

 あまり深く考えないように、直感で戦うことにした。


「あと、ハリト。お前、手加減していないか?」


「えっ、手加減?」


 言われてみれば、しているような気がする。

 だって真剣勝負といえども、レイチェルは女性。


 ――――『女の子に対しては優しくしないといけない』

 オレの中で無意識的に、リミットがかかっていたのだ。


「遠慮はいらんぞ! アタイは剣帝レイチェル・エイザントだ! 思いっきり攻撃をしけてこい!」


「そっか……そうだったね! ごめん!」


 “真の勇者”クラスの前衛職の耐久力の高さを忘れていた。

 彼女の父親レイザードも防御力は規格外だった。

 小島すら吹き飛ばす魔王の破壊攻撃を、肉体だけで耐えてしまうのだ。


「よし、それなら次は全力でいくよ、先生!」


 逆行転生して攻撃力が激減。

 オレの全力攻撃など、レイチェルも痛くも痒(かゆ)くもないのであろう。


「ああ、ドーンと来い、ハリト! 受け止めてやる!」


 大剣を斜めに構えて、防御の体勢をレイチェル。

 さすがは剣帝……構えには一点の隙もない。


 それなら狙うは最速の技。

 オレの中でも最速の技で仕掛けるしかない!


「いくぞ! ふう……」


 オレは腰だめに剣を構え、意識を集中。

 魔力を高めていく。


 相手は大陸最強の一角“剣帝”。

 手加減は不要。

 最大の魔力値でいく。


 ――――◆――――


 《術式展開》


 魔力を剣に集中


 “雷”の属性


 “凝縮”の型


 《術式完成》


 ――――◆――――


「全てを光れ斬れ……魔剣技、【雷光斬(ライ・コウ・ザン)】!」


 魔剣技を発動。

 轟雷をまとった混沌剣を、斬撃と共に振り切る。


 ゴォオオオオオオオオ!


 凄まじい高火力の雷斬撃が発動。


「いくぞぉお!」


 電光石火――――魔剣技の中でも最速のこの技なら、先生の鉄壁の隙をつけるかもしれない。


「へっ⁉」


 だが対峙するレイチェルは、変な声を上げる。

 この場に相応しくない、間の抜けた顔をしていた。

 目の前に【雷光斬(ライ・コウ・ザン)】の斬撃が迫っているのにも関わらず、回避すらしようとしていない。


(【雷光斬(ライ・コウザン)】ですら、剣帝には通じないのか?)


 まさかの事実に、発動しながらオレもショックを受ける。


 だが――――


 ゴォオオオオオオオオ!


「ま、なに、この斬撃は⁉ ギャァアアアアー!」


 直後、【雷光斬(ライ・コウ・ザン)】は見事に炸裂。


 まともに直撃を暮らし、先生は情けない声を上げながら、吹き飛んでいく。


「え……?」


 えっ?

 直撃……した?


 まさかの結果に、今度はオレが変な声を出してしまう。


「うっ……うっ……」


 吹き飛んだ先生が白目を向いて、変な呼吸をしている。


 あっ……あれはマズイ。


 あのままだとレイチェルは死んじゃう!


「先生、待ってて!」


 急いで駆けつけて、回復魔法をかける。

 ダメージはかなり大きい。


 これはマズイ。

 瀕死の状態からでも全快できる強力な術を、発動するしかない。


「うっ……ここは天国? マハリトおじ様の顔が見える……」


 よかった!

 先生が意識を取り戻してくれた。


 まだ意識は朦朧としているけど、しばらくしたら立ち上がるくらいに回復。

 さすがは剣帝、耐久力もダテではない。


 先生の体力が回復してから、念のために応急処置を続けていく。


「なぁ、ハリト……今の攻撃は、何だったのだ?」


 治療を受けながら、先生は訪ねてきた。

 先ほどの技について。


「えっ? あれは【雷光斬(ライ・コウ・ザン)】っていう魔剣技だよ、先生」


「魔剣技……?」


 初めて聞く言葉に、先生は首をかしげる。


 あっ、そうか。

 まずは魔剣技の理論について説明しないと。


「魔剣技は簡単に説明すると、『剣に魔法を発動しながら、同時に剣闘技を発動する技』さ!」


「ん? 剣闘技と魔法を同時に発動……だと?」


「そう、そう! “完全に同時”に発動しないと失敗するだんよねー、あれは」


 魔剣技のタイミングはかなりシビアだ。

 少しでもタイミングがと、威力バランスがズレたら発動できない。


 ちょっとコツを掴んだから、今は失敗しなくなったけど。


「剣闘技魔法を……完全に同時……だと……」


 ん? どうしたんだろう?


 先生が下を向きながら、何やらプルプルしているぞ?


「どうしたも、こうもないぞ、ハリト! 普通の剣士は……いや、“真の勇者”や上級魔族ですら、魔法と剣闘技は“同時”に発動できないんだぞ!」


「なんだ、そのことか。まぁ、そう言われてみれば、確かにそうだったな……」


 レイチェルに指摘されて思い出す。

 根本的に魔法と剣闘技は“真逆の位置”にある存在。


 片方を発動するためには、“必ず”反対側を閉じる必要がある。

 だから、どうやっても同時に発動するとこは出来ないのだ。


「でも、まぁ、コツさえ掴めば、なんとかなるんだよな。えーと、ほら、言葉では上手く説明できないけど」


 魔剣技のやり方を説明して、言葉が止まる。

 何しろ感覚的な部分が多くて、上手く説明できないのだ。


(やっぱり剣闘技はオレしか使えないのかもな?)


 大賢者として多くの魔法理論を習得。

 そこに転生して新たなる剣闘技を加えた。


 特別な事情があるオレだからこそ、発動できたオリジナル技なのであろう。


「もしかして、前回の“水の剣”も、剣闘技とやらの一つなのか?」


「そうそう。あの時は必死だったから。色んな魔法を組み合わせられるから、意外と便利なんだ魔剣技は」


「なるほど、そういうことだったのか。それにしても……新しい技を発見して習得とは。まったく凄さを通り越して、呆れてしまうな……マハリトおじ様には……」


 剣闘技の理論について、レイチェルは諦めていた。

 二代目として剣帝としてのプライドは、既に敗北しているのであろう。


「あと、魔剣技のこの馬鹿げた威力……自慢の“竜王裂き”が、ここまで黒焦げになってしまったぞ」


「あっ、本当だ……ごめん」


 レイチェルは咄嗟に大剣で防御していた。

 お蔭で“竜王裂き”は変色している。


 “竜王裂き”がこんなに変貌してしまったのは、三十四前の魔王戦でもないことだ。


「当たり前だ、ハリト! この“竜王裂き”は【神武器】! 普通は傷が付かない代物なんだぞ!」


「そういえば、そうだったな」


【神武器】は女神が作りだした神具の一種。

 対魔王用の最終兵器であり、加護によって刃こぼれ一つしない代物なのだ。


 “竜王裂き”は黒焦げになってしまったので、後でキレイに磨いてあげないと。


「【魔剣技】か……そう考えたら、ちょっと危ない技かもしれないな」


 今まで基本的に自己練習だけで使ってきた技。

 だが人に使ったら、かなり危険なことが判明。

 魔力を極大まで高めて放ったら、普通の人は消し炭になってしまうであろう。


「えーと、先生。どうする? 今後の特別トレーニングで、魔剣技は使わない方がいいかな?」


「当たり前だ! また私を殺す気か、ハリト⁉」


「そ、そっか、ごめん」


 とりあえず手加減がしにくい魔剣技は、対人練習では使わない約束にした。

 今後使うのは、普通の剣技や剣闘技だけ。


 でも、基本技を鍛えていくのは良策。

 剣士としてのオレの力が向上していくのだ。


「よし、それでは改めてよろしくお願いします、レイチェル先生!」」


 こうして週に一回の特別レッスンを続け、オレは剣技を徹底的に鍛えていくのであった。


 ◇


 ――――そして稽古の後。


 レイチェル先生に


「あー、小さなマハリトおじ様も可愛い♪」


 いや、乙女モードのレイチェルにバグを受ける。


 個人レッスンをしてくれるお礼に、レイチェルに好きなことをさせてあげているのだ。


「ねぇ、レイチェル……頼むから、そんなに抱きつかないでくれ……」


 豊満なボディのレイチェルの胸が、オレの顔にぶつかってくる。


 周りには誰もおらず、十歳の少年の身体とはいえ、とても恥ずかしいのだ。


「ふっふっふ……恥ずかしがるマハリトおじ様……可愛い!」


 こうして厳しい? 個人レッスンは毎週のように続いていくのであった。

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