第16話試し
愛娘サラの後を追い、こっそり勇者学園に潜入。
クラスメイトになった娘を、目立たないように見守っていく。
そんな中、発見した新たなる技“魔剣技(まけんぎ)”。
娘のアドバイス(?)のお蔭で、無事に専用の剣が完成する。
◇
完成した翌日は週末。
授業も無いので、完成したばかりの混沌剣を手にして、深い森にやってきた。
「ここなら大丈夫そうだな?」
やって来たのは、ウラヌス街から少し離れた森。
通称“魔の森”
魔物や魔獣が好む魔素が濃く、一般人は立ち入り禁止の危険な場所。
ここなら一般の行商人も通ることなく、知り合いに会うこともない。
絶好の実戦データが取れる場所なのだ。
「よし、まずは適当な獲物を探してみるか……【探知・全】!」
探索系の魔法を発動する。
【探知・全】はその名の通り、魔力を持つ相手を全て探索する魔法。
自分を中心にして、広範囲を調べることが出来る。
かなり便利な魔法だが、欠点もいくつかある。
一つ目は、相手が腕利きの剣士や魔法の使い手なら、こちらの発信源もバレしまうこと。
二つ目は、魔力を意図的に抑えている相手のことは、探知しづらいこと。
つまり達人や腕利きには効果が薄いことだ。
ちなみにオレも普段の生活では、何重に隠密系の術を展開している。
だからウラヌスの街で、誰かに探知系の術を発動されても問題ない。
「おっ、けっこうな数がいるな?」
【探知・全】に魔物、魔獣など、かなりの数がヒットする。
この森は通称“魔の森”
魔力の溜まり場も多いので、魔物系が集まりやすいのであろう。
「予想以上だな。これは自主練場として好都合だな!」
ウラヌスからそんなに離れていない場所なので、週末用のオレの実戦上になる。
まぁ、“そんなに離れていない”といっても、徒歩で来たからかなりの距離がある。
今回は飛行系の魔法で、高速移動してきた時間換算だ。
「さて、一匹目は、どれにしような……よし、あいつにしよう!」
【探知・全】に引っかかった魔物の中で、近くにいる大き目な奴に目標を定める。
【身体能力・強化】の魔法で身体能力を強化。
森の中を高速で走り駆けていく。
本当は飛翔の魔法を使えば、もっと早く楽に到達可能。
だが基本的に障害物のある森は、大地を駆けて移動をするように心がけている。
「何しろ今のオレは“前衛”の剣士だからな……」
実戦訓練以来、学園では前衛タイプとして認知されてしまった。
大賢者と呼ばれていたオレは、今まで近接戦闘の経験は多くはない。
だから今後の移動は、なるべく自分の足ですることにしたのだ。
「自分の足で駆けるか……なかなか奥が深いな、これは」
移動しながら、身体の使い方を意識する。
障害物のある森での高速移動は、なかなか難しい。
高速で移動すると、木々が凶器のように目の前に迫ってくる。
一瞬でも回避が遅れると、ぶつかって致命傷を負いかねない。
「それなら【空間認識・広域】も同時に発動してみるか?」
【肉体強化】で高速移動しながら、同時に【空間認識・広域】も発動させる。
【空間認識】は自分の周囲の地形を、俯瞰(ふかん)して見ることが出来る魔法。
自分の目とは別に、頭上に透視してくれる視覚がある感じ。
さて、どうなるか?
「おお……これはいい感じだな!」
思わず感動の声を上げる。
【空間認識】のお蔭で、進路の予測が一気に捗(はかど)ったのだ。
かなりスピードを上げても、木々にぶつかる心配は無用。
これは面白い。
これなら更に速度を上げて移動しても、衝突に危険性はない。
むしろ子供用の遊具の面白さがある。
「よし、それなら、この移動はどうだ?」
今度は木々を踏み台にして、立体的な移動を試してみる。
障害物を利用して、三次元的な移動。
複雑な地形の森の中を、縦横無尽に高速移動していく。
「おお! この動きも面白いな」
今のオレの動きは、まるで弾けるゴム弾のよう。
上下左右の概念はなく、不規則で流動的に移動している。
これは相手にとっては予測が困難な動き。
上手く使いこなしたら、戦闘にも使いえるかもしれない。
この手の動きは、今までの前衛に無かった動きだ。
「よく考えると、前衛の連中って、動きが二次元的すぎるんだよな……」
どんな屈強の戦士でも、人は大地に足をつけてしか戦えない。
重力の束縛からは離れられないのだ。
だから前衛職は、常に二次元的な戦いをしている。
「この三次元的な動きは、今のところはオレにしか出来ないだろうな、たぶん」
今のオレは【身体強化】と【空間認識】、【足場強化】、あと数個の補助魔法を並列発動させている。
自慢ではないが、これだけ多くの魔法を同時に発動できるのは、大賢者であるオレだけ。
どんな優秀な魔法使いでも、多くて二つがやっとなのだ。
「それにこれだけ魔法を平行発動させて、剣で戦かおうと試みる奇特な奴は、世の中にオレだけしな」
普通の後衛職は、ここまで近接戦を磨こうとしない。
効率的に考えたら、魔法だけ戦った方が何倍もマシだからだ。
一方で今のオレは訳あり。
強力な魔法は隠して、剣士として目立たないように、学園生活をおくらなくていけないのだ。
「お蔭で、この魔剣技と立体移動を発見できらか、“怪我の功名”だな」
苦肉の策の前衛職から偶然、新しい方法を確立できた。
大賢者と呼ばれたオレにとって、新しい発見はどんな喜びに大きい。
よし、今後も常識にとらわれず、新しい技に挑戦していこう。
「おっ、アレかな?」
そんなことを考えて移動している内に、目標物を発見。
この森の中でも、最大級に大きな魔力の持ち主だ。
高速移動を止めて、目標物のすぐ前に降り立つ。
突然の襲来者であるオレに対して。巨大な魔物は、咆哮してくる。
「こいつは……“大地竜(アース・ドラゴン)”かな? 久しぶりに見る種だな」
目の前で咆哮(ほうこう)をあげ、威嚇(いかく)をしてくるのは、巨大な一匹の竜。
“大地竜(アース・ドラゴン)”と呼ばれる上位の魔物だ。
「ほほう……けっこう大きいな、こいつは」
目の前の“大地竜(アース・ドラゴン)”は、ちょっとした屋敷ほどの巨体。
腕利きの魔物狩りパーティーでも、やっと倒せる強さはあるであろう。
「これだけ大きい個体が出現しているということは、やっぱり“魔王”の復活が近いのか?」
魔物は自然の生物ではない。
魔王と魔族の影響を受けて、この世に出現する存在。
つまり魔王の復活が近くなるにつれて、強力な魔物が段々と姿を見せるようになるのだ。
『ギァルルルルォオオオ!』
いきなり“大地竜(アース・ドラゴン)”が攻撃を仕掛けてきた。
魔物は破壊と虐殺を本能的に行う。
オレを敵対生物として認識したのであろう。
城壁すら粉砕する凄まじい威力の突進で、一直線に突撃してくる。
「よっと」
“大地竜(アース・ドラゴン)”の突進を、立体移動で回避する。
かなり強力な攻撃だが、当たらなくては意味が無い。
空中に舞い上がりながら、オレが姿勢を整える。
「さて、かなり大物だが、こいつは剣だけ倒してみるか!」
攻撃魔法を使えば、一撃で倒すことは簡単。
だが今のオレは前衛職。
なるべく敵は剣の技だけ倒したいのだ。
「いくぞ……破(は)っ!」
まずは通常攻撃から試してみる。
大地竜(アース・ドラゴン)の背中を、混沌剣で攻撃する。
鱗が切り裂かれ、分厚い皮下脂肪まで剣先が到達した。
『ウギャァアアアラ!』
痛みに怒り狂った大地竜(アース・ドラゴン)が、尻尾で攻撃してきた。
尻尾は丸太よりも太く、更に鋭いトゲが何本も付いている。
一撃でも食らったら、タフな戦士でも戦闘不能になってしまう。
「あら、よっと」
これまたオレは立体移動で回避。
【空間認識】の魔法を展開しているお蔭で、この程度の攻撃は先読み出来るのだ。
「うーん、やっぱり剣だけじゃ、攻撃力が足りないかな?」
またもや空中を舞いながら反省をする。
先ほどの攻撃は【身体強化】を使い、思いっきり叩きこんだ。
だが皮下脂肪までにしか、ダメージを与えること出来なかった。
混沌剣の切れ味は、今のところ悪くはない。
つまり剣士としてオレの技術が、まだ大地竜(アース・ドラゴン)の耐久力に届いていないのだ。
「仕方がないな……それなら次は本題の【魔剣技】で攻撃してみるか」
作戦を変更。
地面に着地して、発動のために魔力を高めていく。
今回の相手は“地属性”の大地竜(アース・ドラゴン)
いつもの【雷光斬(ライ・コウ・ザン)】は雷属性で、地属性に相性が悪い。
そればら属性的に有利な、新たな魔剣技を試してみるか。
「ふう……」
剣を構え、意識を集中。
魔力を高めていく。
今回は今まので中でも、最大の魔力値でいく。
――――◆――――
《術式展開》
魔力を剣に集中
“火”の属性
“凝縮”の型
《術式完成》
――――◆――――
「さぁ、いくぞ……全てを焼き斬れ……魔剣技、【豪炎斬(ゴウ・エンザン)】!」
魔剣技を発動。
炎をまとった混沌剣を、一気に振り切る。
グォオオオオオオオンン!
極限まで濃縮された超高温の獄炎が、一気に爆ぜる。
炎の斬撃で一瞬で、切り裂かれた大地竜(アース・ドラゴン)。
直後、爆炎を上げて跡形もなく消滅する。
「よし、成功だな!」
初めての実戦投入。
予想以上の出来に、思わずガッツポーズをする。
【炎豪斬(エン・ゴウ・ザン)】は炎系の魔法と剣闘技の融合。
攻撃力だけなら【雷光斬(ライ・コウ・ザン)】よりも高い。
欠点としては、目立ちすぎる所かな?
あと周囲への被害も広がること。
ほら、今もこうして、赤々と森が燃え盛っているから……
「あっ⁉ これはマズイ!」
飛び火して森が、凄まじい勢いで燃え始めている。
大賢者と呼ばれたオレの、炎の攻撃力は尋常ではない。
このままでは森自体が消失してしまう。
「えーと、こんな時は……いくぞ、【大降雨】!」
気象を操る魔法で、周囲に何層もの雨雲を召喚。
滝のような豪雨を降らせる。
「ふう……なんとか、間に合ったぞ」
周辺が水浸しになるほど降水量。
飛び火は鎮火して、何とか森の全焼は防げた。
「あとは、これで……【生命力・回復】!」
爆心地を中心にして、大地に回復魔法の一種をかけておく。
これで焼け落ちた木々も、数日で回復していくであろう。
かなり広範囲にかけておいたから、証拠も隠滅できる。
「それにしても【炎豪斬(エン・ゴウ・ザン)】はヤバイ威力な……これは、あまり多用はしないようにしよう」
魔力を剣に濃縮したにも関わらず、【炎豪斬(エン・ゴウ・ザン)】の威力は予想を超えていた。
これを街で使ったら、どんな被害になるか予想もできない。
「うーん、まだまだ改良の余地があるな」
魔剣技は未知なる部分が多いが、利点の方が大きい。
特に今のように単体攻撃の威力が、普通の攻撃魔法よりも何倍も高まる。
防御力が強い魔物や、通常攻撃が効きにくい魔族には特に有効。
これからも研究をしていくことする。
「あと、剣技か……オレの剣技自体も向上させたいな」
先ほどの大地竜(アース・ドラゴン)への初撃。
オレの剣技の低さもあって、皮下脂肪までしかダメージを与えられなかった。
これも改善したい問題も一つだ。
「学園の近接訓練だと、ある程度までしか成長は出来そうにないし。うーん、こまったな……」
学園には多くの専門職の教師がいる。
だが彼らは所詮“そこそこのレベル”
今のところ学園の教師陣は、オレが望んでいる域には達していないのだ。
そういえば『新しい剣技の先生が、近いうちにやって来る』という噂もある。
だが、教師陣は、あくまでも一般的な段階の強さ。あまり期待はできない。
「せめて“真の勇者”クラスの前衛に教われたらなら……」
今、大陸には“真の勇者クラス”と呼ばれる連中がいる。
大きく分けるとオレが所属していた“初代”の六人
その後の真魔王を倒した“二代目”のパーティーの六人。
全部で合わせて十二人しかいない英雄たち。
その中でも“真の勇者”クラスの前衛タイプは半分。
全部で合わせても六人くらいしかいないはずだ。
出来れば“真の勇者クラス”の前衛の六人のうちの誰かに、剣技の基礎を教えて欲しい。
えっ、“二代目”とか“初代”とは、よく分からないって?
簡潔に説明すると、次のような感じだ。
◇
《初代“真の勇者”パーティー》
三十四年前に復活した“大魔王”を倒した、六人の勇者たちのこと。
前衛三人と後衛三人。
当時、十二歳だったオレも、その内の一人だ。
(ちなみにオレが勇者養成所に入ったのは十歳の時。一年間の訓練の後に、一年間の旅で大魔王を倒せたのだ)
《二代目“真の勇者”パーティー》
今から十四年前に復活した“真魔王”を倒した、六人の勇者たちのこと。
たぶん前衛三人と後衛三人の編成ははず。
(今から十四年前は、オレは既に辺境の自宅に引き籠りしていたので、誰が二代目か全く知らない)
ちなみに《三代目“真の勇者”パーティー》は選定中。
今現在、勇者学園に通っている候補者の中から、選ばれる代……つまりサラたちの代だ。
近いうちに復活する新しい魔王に対抗するために、教育中であり女神のよって選定中なのだ。
◇
ざっくり説明すると、こんな感じだ。
「こうして考えると、“初代”の奴らには、教えてもらうのは難しいかもな……」
“初代”は年齢的に、今は全員が五十歳くらい。
特に肉体が資本の前衛の三人は、全盛期の力は有していないであろう。
「ということは、“二代目”の前衛の誰からに、剣技を教えてもらのが最良か?」
“二代目”は年齢的に、今は三十歳くらい。
肉体的にも技術的にも、一番成熟しているであろう。
簡単に説明するならば『現時点、大陸で最強の剣士は、“二代目”の前衛の連中』なのだ。
「でも教えてもらっていっても、何のツテもないからな……」
“二代目”が活躍していた時、オレは辺境の自宅に絶賛で引き籠り中。
どこの誰が“二代目”なのか全く知らないのだ。
「というか……いきなり『剣技を教えて!』って、頼みに行くもの……キツイし」
今まで他人と極力関わらないように生きてきた。
とにかく初対面は恥ずかしいのだ。
「ん?」
そんなこと考えていた時。
周囲に微かに違和感がある。
常時発動している【索敵】に、微かに反応あったのだ。
それも近い距離で。
「まさか……の距離まで近づかれていただと⁉」
これは驚きだった。
オレの【索敵】をすり抜けることは、普通の者はできない。
しかも気配は魔族ではない。
人族でこれを出来るとしたら、かなりの腕利き……その中でも……。
「おい、そこの奴! この焦土はアンタの仕業かい⁉」
木々の奥から、声が上がる。
質問はオレに対して。
向こうもこちらの気配を、完全に掴んでいる。
やはり、かなりの腕利きだ。
「ん? それに、あそこにあるのは大地竜(アース・ドラゴン)の骨……だと?」
木々の奥から姿を現したのは剣士。
炎のように赤い髪、長身の若い女剣士であった。
転がっている大地竜(アース・ドラゴン)の死骸を見つけて、目を細めている。
(あれ? あの燃えるような赤い髪は……それに、あの雰囲気は……?)
女剣士は見たことがない顔。
だが雰囲気と特徴的な髪の毛は、どこかで見たことがあるのだ。
(たしかレイザードの娘が、あんな髪の毛だったような……)
記憶に浮かんできたのは、かつて仲間だった男剣士レイザード・エイザントの顔。
そして彼の実の娘の顔。
(前に会った時は、小さな女の子だったから……だから今の歳は……)
頭に浮かぶ少女と、目の前の女剣士を照らし合わせていく。
(あの子の名前はたしか『レイなんとか』だったような……)
もう一息で記憶の中の、赤髪の少女の名前が出てきそうだ。
「アタイはレイチェル・エイザント!」
そうだ、レイチェル!
当時の仲間の娘の……『レイチェルちゃん』だ。
しかも苗字のエイザントも同じ。
つまりオレの昔の仲間の娘だったのだ。
(そうか、あの時の十歳くらいの女の子、こんなにも大きくなったのか……)
この子に最後に会ったのは、今から十九年くらい前。
だから今、彼女は二十代後半くらいの年齢かな?
すっかり大きくなって。
なんか、懐かしてオジサン、涙が出てきそうだよ。
「お前……あの頑丈な大地竜(アース・ドラゴン)を、ここまでするとは……まさか、お前……魔族の一味か⁉」
だがレイチェルちゃんは誤解していた。
普通の子どもは、大地竜(アース・ドラゴン)を消失させることが出来ない。
だから“魔族”だと勘違いしいるのだ。
「い、いや、魔族の一味とかじゃないし、オレは君のパパの……」
自分は『キミのパパの仲間で、大賢者と呼ばれたマハリトおじさん、だよ!』と明かそうとして、言葉を飲み込む。
何しろ今のオレは十歳の子ども。
普通に言っても信じてもらえないだろう。
「返答なしか⁉ あやしい魔族め!」
こちらの態度が不審すぎたのであろうか。
レイチェルちゃん……改め女剣士レイチェルは、大剣を構える。
「お前のような怪しい魔族は、この二代目“真の勇者“が一人……”剣帝“レイチェルが成敗してやる!」
(えっ⁉ あのレイチェルちゃんが“真の勇者”に⁉ しかも二代目の⁉ それって、どういうこと⁉)
知らない情報が出てきて、思わず混乱する。
というか、ちょっと待った⁉
オレは魔族じゃないし!
「問答無用だ、魔族め!」
こうして昔の仲間の娘……現時点で人族最強の剣士の一人、剣帝レイチェルに強襲されるのであった。
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