第2話置き手紙
それから少し時間が経つ。
「うっ……ここは……?」
居間のソファーの上で目を覚ます。
「オレは誰だ? 何で、こんな所で寝ていたんだ?」
あまりのショックの強さに、一時的に記憶を失っていた。
オレの名前は? ……そう、マハリトだ。
居間にいたのは? ……そうだ……今朝、サラが!
全てを思い出して、ソファーから飛び上がる。
まずはサラを探さないと!
急いで【探知】の魔法を発動。
塔の内部をくまなく探す。
「ダメだ……いない……」
だがサラはいなかった。
かなり広範を探すが、塔の周囲にもいない。
オレが気絶してから、数時間は経っている。
状況的に家を飛び出していった後なのであろう。
「サラ!」
急いで後を追いかけて、家に連れ戻さないと。
どんな手段を使っても。
よし、こうなった【追跡魔法】でサラの痕跡を追っていこう!
「うっ……」
だが突然、足がすくむ。
先ほどの言葉が脳裏に浮かんだのだ……『パパなん……大嫌いなんだから!』という言葉が。
うっ……思い出しただけで、また心臓が止まりそうになる。
「きっと……また……」
強引に連れ戻そうとしたら、また同じように言われてしまうであろう。
いや……今度はさらにキツイ言葉を、浴びせられるかもしれない。
そうなったら生きている自信はない。
間違いなくオレの心臓は急停止するであろう。
120%ショック死する自信がある。
「サラ……サラ……」
どうすればいいのか考えつかない。
かつては“万物の総べてを知る大賢者”と呼ばれていたオレだが、今は何も考えることすら出来ないのだ。
「サラ……サラ……ああ、サラ……」
茫然自失となりソファーに腰を落とす。
大事な娘に家出されしまった。
もはや生きている気力さえ消失。
生きる屍(しかばね)と化してしまう。
「ん……これは?」
そんな時であった。
ソファーの前のテーブルに、何かを見つける。
それは一枚の封筒……中身は手紙だった。
そっと手に取る。
この字は娘のもの……間違いない、サラからの置き手紙だ。
「置き手紙……だと……」
中身を見るのも怖い。
だが勇気を出して……魔王戦の何倍も勇気を振り絞り、手紙を取り出す。
恐る恐る手紙を読んでいく。
手紙の内容は次のように書かれていた。
◇
『パパ、さっきはキツイことを言っちゃって、本当にごめんなさい。
でも私が勇者候補として頑張りたい気持ちは、本当です。
これから準備をして女神様の言っていた、ウラヌスという街に行ってきます。そこには候補者を育成する“勇者学園”という場所があるみたいです。
あっ、そうだ!
ウラヌスの街には女神様が転移魔法でこの後、一瞬で送ってくれるみたいです。
あと学園には寮もあって一年間くらい、無料で生活できるみたい。
だから心配しないでね、パパ。
あとね、啓示によると、“真の勇者”に選ばれるのは、たった数人みたい……私は無理かもしれない。
でも私、最後まで頑張ってきます。
頑張って、世界を救う手助けが出来るように、悔いの無いようにやり遂げてきます。
最後まで絶対に諦めない……だって、私は尊敬するパパの娘だから。
最後に。
パパ、あんまりお酒を飲み過ぎたり、夜ふかしてして風邪を引かないように、身体に気を付けてね。
それでは行ってきます。
あなたの娘、サラより』
◇
「サ、サラ……サラ……」
手紙の最後は、自分の涙で読めなかった。
目の奥から滝のような涙が、溢れ出してきたのだ。
「うぉおおおおお……サラぁあああ!」
大声で嗚咽をこぼす。
何と優しい手紙だろうか。
最後まで頑固に許さなかった、こんならオレですら……娘は許してくれたのだ。
そればかりかこんな父親の身体を、優しく心配してくれたのだ。
「サラ………………」
あまりの慈愛の深さに、涙は止まることを知らない。
「うっ……空が茜色(あかねいろ)に……?」
気が付くと日が暮れかけている。
何時間も居間で、涙を流し続けてしまったのであろう。
「ふう……」
ふと我に返る。
全身の涙は枯れ果てていた。
手紙を何千回も読み直しながら、ずっと涙していたのだろう。
「サラが……帰って来るまで、どうすればいいだ、オレは……?」
急に恐ろしい虚無感に襲われる。
戦いと研究だけの人生に、赤子だったサラは光を与えてくれた。
幼い娘から、いつも新たな人生の喜びを教えてもらった。
この十三年間、毎日サラと一緒だった。
娘をいない暮らしを、もはや想像すら出来ない。
サラ……勇者候補の務めを終えて、早く帰って欲しい。
「いや……その前に、サラはちゃんと帰って来られるのか……?」
勇者候補となったサラには、これから様々な危険が待ちかまえている。
養成所で厳しい訓練と実戦の連続。
場合によっては魔物と戦う危険性もある。
魔物との戦いは恐ろしい。
運が悪ければ、命を落とす危険性があるのだ。
「これはマズイぞ……サラを……守らないと!」
娘を危険から守ることを決断。
大賢者と呼ばれたオレの力をもってすれば、サラを守るのは簡単。
今からウラヌスの街に飛んでいって、常にサラを監視していればいいのだ。
「だが、それでは、またサラに嫌われてしまう……」
あの子は昔から勘が良かった。
オレの存在に気がつく可能性が高い。
そうなったら『パパなんて! 大嫌い!』また、あの言葉を受けるかもしれない。
間違いなくオレは即死だ。
そうなったら娘との再び暮らす夢も叶えられない。
「サラにバレないように……でもサラを守っていくには……どうすれば最善だ⁉」
大事な娘との生活を守るため、頭をフル回転させる。
世界最高峰と呼ばれていた頭脳を、いまこそ発揮。
全力で考えるんだ、大賢者マハリトよ!
冥界の最奥迷宮を攻略した時、あの時以上の知力で考えるんだ、オレよ!
「間近でサラを守るには……あっ! そうだ!」
その時であった。
頭の中に電撃が走る。
最高のアイデアが頭の中に降臨したのだ。
「理論上なら、これでいける!」
こうして愛娘サラを見守るための大作戦のために、オレは塔の地下へと降りていくのであった。
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