過保護すぎる大賢者、娘が心配すぎて勇者パーティーに紛れ込む

ハーーナ殿下

第1話幸せな日常の大事件

 ある日の朝。

 大賢者マハリトであるオレは、いつものように朝食の準備をしていた。


「よし。今日も美味そうに出来たぞ」


 もうすぐ起きてくる愛娘のために、栄養のある食事が完成。

 今日も良い一日になり予感がする。


「ねぇ! パパ!」


 台所に娘サラが駆け込んでくる。

 いつも元気だが、今日は一段と慌ただしい。

 何か良い夢でも見たのかな?


「パパ、聞いて! 私……“勇者候補”の一人に選ばれたよ!」


 平穏だった我が家に、大事件が起きてしまう。

 娘の一言に思わず、自分の耳を疑う。


「なっ⁉ ゆ、勇者候補に選ばれた……だって⁉」


「うん、そうだよ! 今朝、夢の中で、女神様から啓示があったの! これ見て!」


 サラは嬉しそうな顔で、自分の左手の甲を見せてくる。

 そこに刻まれていたのは神秘的な刻印だ。


「これは……まさか……」


 サラの刻印を間近で調べて確信した。


(間違いない……これは勇者候補の“聖刻印”だ……)


 “聖刻印”……世界に魔王復活の危機が迫った時、世界を救う勇者候補を導き出すための印だ


(間違いない……あの時と同じ本物だ……)


 何度調べても、間違いない本物だった。

 見間違える訳はない。


 何故なら三十数年前、若かりし時の自分にも、同じように聖刻印が浮かび上がったから。

 娘には内緒にしていたが、オレはかつて世界を救った六人の勇者の一人なのだ。


(サラが勇者候補に……なんてことだ……)


 確信して思わず頭を抱える。

 何故なら勇者候補に選ばれてしまうと、今までの生活が一変してしまう。


 毎日が試練と苦難の連続。

 親元を離れて、徹底的に地獄の鍛錬に挑んでいく。


 親元を離れて……つまり、サラが我が家を出ていってしまうのだ!


 何とかして娘を引き止めないと!


「あっ、そうだ、サラ! そんな聖刻印があったら、サラの身体が汚れちゃうだろう? よかったら、パパが幻覚魔法で見えなくしてあげるぞ」


「何を言っているの、パパ⁉ 勇者候補に選ばれることは、すごく名誉なんだよ! ほら、この本にも書いてあるでしょ!」


 父親にまさかの反対をされ、娘の口調が急に強くなる。

 この大陸では勇者候補に選ばれることは、何よりも名誉とされていた。


 聡明であるサラは、家にある書物で知っていたのだ。


(くっ……良かれと思って読ませ本が、アダとなっていまったか……)


 こうなったら別の作戦で引き留めるしかない。

 強引でもいいので諦めさせないと。


「ダメだ、サラ。たしかに勇者候補は名誉なことかもしれない。でも候補生者は大陸中に他にもたくさんいるはず。だから、わざわざサラが頑張る必要はないんだぞ!」


 勇者候補は女神のよって、数百人の若者たちが選出される。

 最終的に魔王を倒す“真の勇者”は六人だけ。

 極論を言えば、サラ一人ぐらいなら居なくても大丈夫なのだ。


「私だけ見知らぬふりはできないよ、パパ! 私も迫りくる危機から、世界を救う手伝いをしたいの!」


 説得は逆効果であった。


 そういえばサラは幼い時から、正義感に溢れる子だった。

 好きな書物は英雄譚が多い。

 だから候補者に選ばれたことに、ここまで固執しているのだ。


(くっ……なんと……)


 一歩も退かない娘に、思わず苦しむ。

 こうなったら、こちらも退けない。

 絶対に阻止しないと!


「ほら、サラは小さいから、まだ知らないかもしれないけど、世界は危険がいっぱい! サラにはそんな危ない目に飛び込まず、この家で平和に暮らして欲しいぞ、パパは!」


 思わず感情的に声を荒げてしまう。


「なんで、パパはそこまで反対するの⁉ パパは、そうやって、また私を、この家に……この古びた塔に閉じておくつもりなのね、パパ……」


 サラはうっすらと涙を浮かべる。


 たしかに我が家は古い塔にある。

 だがサラ、聞いてくれ!

 うちが塔なのにも、深い理由があってだな……。


「パパの頑固さん! もう……私、一人で行くんだから!」


「ひ、一人で、だと⁉ ダメだ、サラ! 危険だぞ!」


「絶対に行く! もう、頑固で意地悪なパパなん……大嫌いなんだから!」


 ついにサラは涙を流す。

 泣きながらサラは居間を飛び出していく。


「な、な……『パパなん……大嫌いなんだから!』……だと……」


 加えて、まさかのひと言だった。

 大事な娘からの決別の言葉。


「サ、サラ……待つんだ、サラ……」


 急いで娘の後を追いかけないと。


 だが目の前が真っ白になり、真っ直ぐ立っていられない。

 先ほどの言葉が、脳内に響き渡る。

 凄まじい衝撃で、身体の自由が効かないのだ。


「サラ……サラ……」


 恐ろしいほどの全身を駆け巡る衝撃。

 三十数年前の魔王との激戦、あの時に受けた極大暗黒魔法よりも強烈なダメージだった。


「サ、サラ……うっ……」


 バタン!


 その場に倒れ込んでしまう。


 娘からの初めて言われた、厳しいひと言。

 あまりのショックに、オレは気絶してしまう。


 こうして勇者候補に選ばれ、大事な娘が家出をしてしまうのであった。

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