第2話 初見秦 2
臣敢言之。往者齊南破荊,東破宋,西服秦,北破燕,中使韓、魏,土地廣而兵強,戰剋攻取,詔令天下。齊之清濟濁河,足以為限;長城巨防,足以為塞。齊,五戰之國也,一戰不剋而不齊。由此觀之,夫戰者,萬乘之存亡也。且臣聞之曰:「削迹無遺根,無與禍鄰,禍乃不存。」秦與荊人戰,大破荊,襲郢,取洞庭、五湖、江南。荊王君臣亡走,東服於陳。當此時也,隨荊以兵,則荊可舉;荊可舉,則其民足貪也,地足利也,東以弱齊、燕,中以凌三晉。然則是一舉而霸王之名可成也,四鄰諸侯可朝也;而謀臣不為,引軍而退,復與荊人為和。令荊人得收亡國,聚散民,立社稷主,置宗廟;令率天下西面以與秦為難。此固以失霸王之道一矣。天下又比周而軍華下,大王以詔破之,兵至梁郭下。圍梁數旬,則梁可拔;拔梁,則魏可舉;舉魏,則荊、趙之意絕;荊、趙之意絕,則趙危;趙危而荊狐疑;東以弱齊、燕,中以凌三晉。然則是一舉而霸王之名可成也,四鄰諸侯可朝也。而謀臣不為,引軍而退,復與魏氏為和。令魏氏反收亡國,聚散民,立社稷主,置宗廟,令率天下西面以與秦為難。此固以失霸王之道二矣。前者穰侯之治秦也,用一國之兵而欲以成兩國之功,是故兵終身暴露於外,士民疲病於內,霸王之名不成。此固以失霸王之道三矣。
始めにもってきたのは斉の湣王が「東帝」として中華の東に覇を唱えるも、楽毅率いる燕によって逆襲を受け、滅亡の間際に追い込まれたこと。これを教訓として張儀は「今の秦を見る」と語る。
ちなみに張儀は始皇帝の半世紀前のひとなので、始皇帝の時代のような圧倒的強国ではなく、「大国」であった頃の話、として聞かねばなりません。
半世紀前は始皇帝の曾祖父、昭襄王の時代。張儀は昭襄王の信賞必罰の方針が優れたものであると認めながらも、三つの国策の過ちがあった、ゆえに天下統一を果たせずにいるのだと語る。
一。
楚を攻撃したときに滅亡寸前にまで追い込んでおきながら、首脳陣を陳に逃がしてしまい、しかもここで陳にまで追撃をかけなかったこと。これによって楚は結局復活を果たし、今なお秦の東方で大国として脅威となっている。
二。
魏を攻撃したときに首都の大梁にまで攻め寄せておきながら、大梁を陥落させずに撤収した。そこで魏を滅ぼすことができれば楚と趙との連携を潰すことができた。それをなさずに終わったので、戦いが今なお続いている。
三。
穰侯=
これらのせいで今、国内は疲弊している。この状況をどうにかしなきゃいかんよね、的に話が進むようだ。にしてもこのへんは、「戦略の考え方」と言うよりも「韓非子が求められるまでの道のり」が語られている印象です。つまり当時の情勢説明、といった感じですね。こういう状況下にある秦を「どう圧倒的強国に押し上げるか」が、ここから先のテキストに求められる。そうすると、この辺りは偽作と言うよりも後者の手によって附された序文、と見なすのがいいのかも知れない。
読んでいて、十八史略でなんとなく輪郭を帯びた事績の流れを補強してくれている感覚があります。なるほど、商鞅の改革以来進んできた秦の強国化が、昭襄王の治世の初めにいたりブレーキがかかっていたのだね。確かに先代の武王が相撲の最中に死ぬとかやらかされりゃ、王の権威も落ちるし権臣の権勢も延びるよなぁ。
十八史略で昭襄王はずいぶんと強引だよなぁと思っていたのですが、なるほど、下手すりゃ事業そのものを頓挫させかねないと焦ってもいたのかも知れないです。
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