第27話 成果を示せ②


 最初の試験は、シーザリオン家の当主であるライルズを倒すこと。

 試験の内容を聞いたウィニングは、一先ず質問した。


「具体的に、どうすれば倒したことになりますか?」


「そうですね。……では、私の剣を破壊したらということにしましょうか」


 そう言ってライルズは、鞘から剣を抜いた。

 何の変哲もない剣だ。恐らく何処にでもあるような量産型の剣……半年前、ロウレンが購入したものより安価だろう。


 ライルズ=シーザリオンは剣の達人だと聞く。

 それ故に手加減しているのか、本来の武器を使っていない。


「ウィニング様。の習得はどのくらい進んでいますか?」


 その時、マリベルが訊いた。


防の型アルマ技の型テクトは完全に習得できました。力の型フォルス速の型アジリスは八割くらいです」


「最後の型はどうです?」


「……なんとか、五秒くらいなら使えます」


 ウィニングの答えを聞いて、マリベルは「ふむ」と頷いた。


「でしたら多分、大丈夫ですね」


「はい」


 ウィニングも同感だった。

 相手は剣の達人だが、このルールなら多分……なんとかなる。


「では――始めろ」


 フィンドが試験の開始を告げる。

 直後、ウィニングは駆けた。


 パン! と大きな音が響き、ウィニングの姿が一瞬にして消える。

 ライルズは姿を消したウィニングに驚愕し、思考の余裕すらなく真横に飛び退いた。


「あれっ!?」


 ライルズの剣を奪い取ろうとしたウィニングは、咄嗟に避けられて声を零す。

 一方、我武者羅に動いたことで偶然ウィニングの手を避けたライルズは、目を見開いた。


「これほど、とは……ッ!?」


「もう一回行きますよ!」


 丁寧に宣言したウィニングは、再び姿を消した。

 ライルズも急いで《身体強化》を発動し、剣を構える。


「《透明クリア》っ」


 ライルズが唱えた瞬間、その剣が透明になる。

 狙いの武器が透明になったことでウィニングは微かに動きを止めた。

 その隙に、ライルズは再び飛び退く。


「見事な速さです。……危うく早々に終わるところでした」


「できれば終わってほしかったです」


「もう暫し、お付き合い願います」


 ふぅ、と小さく息を吐いて、ライルズは心を落ち着かせた。


「ウィニング様、貴方は速い。私では追いつけそうにありません」


 そう言ってライルズは中腰の姿勢になった。


「ですから……貴方が近づくまで待ちましょう」


 ライルズは剣を構えながら、唱える。 


「――《加速アクセル》」


 高速化の魔法が発動された。

 身体能力を向上する《身体強化》と違い、《加速アクセル》は肉体の速さのみを向上する魔法である。


 ロウレンもよく使う魔法だが――ライルズが発動したそれは、恐ろしく静かで、そして澱みがなかった。


 魔力のコントロールを極めたウィニングだからこそ分かる。ライルズの《加速アクセル》は素晴らしい完成度だ。


 瞬間的な速度なら今のウィニングにも匹敵するかもしれない。

 だが、ライルズはそこから一歩も動かなかった。


 迎撃カウンターを狙っている。


(一先ず、攻めてみよう)


 ウィニングは正面からライルズに近づく――フリをして、背後へ回り込んだ。

 ライルズはまだ振り向いていない。

 いける! と思い、手を伸ばした直後――。


「おっ!?」


 ライルズは一瞬で振り向いた。

 驚くウィニングに対し、ライルズは剣を閃かせる。


「シーザリオン流剣術――《影柳かげやなぎ》」


 右薙ぎに振るわれた剣が、唐突に消えた。

 刹那、ウィニングは剣が見えた位置とは逆方向・・・に何かを感じる。


 直感に従って、ウィニングは頭を下げた。

 すると、ウィニングの頭上を剣が通り過ぎる。


「今のを避けますか。……その目、速さに慣れていますね」


 しかし危なかった。

 シーザリオン流剣術――《影柳かげやなぎ》。その剣術は恐らく、剣を切り返す際に刀身を透明にすることで、次の一撃を予測不可能にする太刀だ。


(……なんで反応されたんだろう?)


 ウィニングは落ち着いて考える。

 ライルズは高度な《加速アクセル》を発動しているが、先程は完全に死角を突いたはずだった。


 見れば、ライルズは目を閉じている。

 視覚に頼っていない。視覚以外の何かでウィニングの接近を察知し、そしてその瞬間に《加速アクセル》による圧倒的な速さで迎撃しているのだ。


 味覚ではないだろう。触覚も、触れる前に反応されたので違う。

 残るは嗅覚か聴覚か……ウィニングは自分の襟元を摘まんで匂ってみた。多分、そんなに酷い体臭はしていないと思う。


(……音かな?)


 ウィニングは取り敢えず訊いてみることにした。


「ライルズさん。貴方は今、音で反応しているんですよね?」


「……だとしたら、どうします?」


 ライルズは言外に肯定した。

 よかった。体臭で反応されているようならショックのあまり降参するところだった。


「だとしたら……これで詰みです」


 魔力を練り上げる。

 ウィニングの魔法は、全て走るためのものである。

 しかしマリベルはこの二年間で、その走るための魔法が様々な形で応用できることに気づいた。


 マリベルが試行錯誤した末――ウィニングは五つの走法・・・・・を手に入れた。

 これは、そのうちの一つ。

 繊細な走り・・・・・



「――――《発火・技イグニッション・テクト》」



 ウィニングの全速力である《発火イグニッション》の応用技。

 これを使ったウィニングの走りは――今までとは異なる。


 刹那、ウィニングは姿を消した。

 しかし今までのように音はしない。


「消え、た……?」


 ライルズは、ウィニングの気配を完全に見失った。

 次の瞬間、ウィニングはライルズの右腕を軽く蹴る。


「な――っ!?」


 ライルズの腕から剣が弾かれた。

 そこで初めて、ライルズはすぐ傍にウィニングがいると気づいた。

 近づかれるまで――全く気づかなかった。


 ――《発火・技イグニッション・テクト》は、無属性魔法の《吸着ソープション》と《音無サイレンス》を駆使した技である。


 無属性魔法《音無サイレンス》は、対象の音を打ち消す。ウィニングはこれを足に使うことで足音を消していた。更に《吸着ソープション》の吸い付く力による瞬間的な停止と、反発する力による瞬間的な加速によって、旋回能力も大きく向上している。しかも壁や天井まで走ることができる。


 今のウィニングは、最高速度こそ下がってしまうが、その代わりに音もなく相手に肉薄できる……いわば熟練の暗殺者のような動きが可能だった。


 ウィニングに気配を消す術はない。

 しかし、視認できない速度で動き、更に音もしなければ……殆どの者にとって問答無用の不意打ちを繰り出せる。


「ほっ」


 驚くライルズを他所に、ウィニングは弾かれた剣の刀身を蹴る。

 バキン、と音を立てて剣が砕けた。


「……勝負あり」


 フィンドは、微かに驚いた様子で試合の決着を告げた。




 ◆




 最初の試験が終了した後、しばらく誰も口を開けなかった。

 ライルズの剣を弾き飛ばした時のウィニングを、視認できた者は一人もいない。音もなく、影が落ちるよりも早くライルズの懐に潜り込んだウィニングに、観戦していた者たちは畏怖を抱いた。


「……強くなったな」


「副産物のようなものですけどね」


 フィンドの呟きに、マリベルが補足する。

 あくまで走るための技術を応用しているだけだ。


 ――ちなみに、ウィニングはまだ《炎弾ファイラ》が使えない。


 というより、マリベルはもうウィニングに《炎弾ファイラ》を学ばせていない。

 フィンドから二年間の自由を許可されたことで、マリベルはウィニングのをひたすら強化することにした。結果として、ウィニングは脚部ばかり鍛えてそれ以外を蔑ろにしている。


 この二年でウィニングは、更に走ることに特化した。

 その代わり、走ること以外は更にできないようになってしまった。


(まあ……ウィニング様の本当の強さ・・・・・は、こういうことではありませんけど)


 口から出そうになったその言葉を、マリベルは心の中だけに留めた。

 あの強さは、言葉だけでは説明することが難しい。


 だから、これは最後の試験で示せばいいだろう。

 マリベルは沈黙する。


「ウィニング様。次は私がお相手いたします」


 次の試験が始まろうとしていた。

 ウィニングの前に、栗色の髪の女性が現れた。


「ファレノプシス家当主、シェイラ=ファレノプシスです。……お手合わせ、お願いいたします」



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