第24話 ちょっと?


「買い物は終わりましたか?」


「は、はい!」


「ありがとうございます」


 マリベルの問いに、シャリィとロウレンは首を縦に振る。

 書店で購入した教材一式を抱えて満足しているシャリィたちに、マリベルは懐かしい気持ちになる。自分も学園に入る前は、この二人のように未来を思い描きながらワクワクしていたものだ。……エマと出会ってからは地獄でしかなかったが。


「あとはウィニング様が来るまでのんびりしていましょうか」


 適当に喫茶店に入ってもいいし、広場のベンチで休憩してもいい。

 いい場所を探しながら歩いていると、ロウレンがマリベルを見た。


「マリベル先生。ウィニング様は今、どのような訓練をしているんですか?」


「発現量と、発現効率をひたすら伸ばしています。ウィニング様は紋章が三級ですからね」


 つまり容量が少ない。

 だから、少ない容量でも問題なく魔法を使えるよう、徹底的にその二つを鍛えている。


「具体的には、魔力回路の更なる発達です。ウィニング様は最初から独学で魔力回路を開いていましたが、細かいところは知識がないと不可能ですからね。そういったところを補いつつ、発現量の向上も図っています」


 丁寧に説明するマリベルに、今度はシャリィが疑問を抱いた。


「発現量って、魔孔まこうを開くことで伸ばすんですよね?」


「ええ、その通りです」


 魔孔とは、体内にある魔力を外に放出するための孔だ。これは人間に限らず、あらゆる生命に存在する。


 人間が魔法を発動する際、身体にある魔孔から魔力が放出され、その後で魔法が形成される。この魔孔が大きく開いていれば、それだけ一度に放出できる魔力も多くなる。つまり、発現量の向上に繋がる。


「発現量を伸ばすには、魔法を使い続けることで魔孔をこじ開けなければいけません。それには激痛が伴いますが……ウィニング様は、無意識のうちにやっていたようです」


「……無意識、に?」


「ウィニング様は今まで、魔孔をこじ開ける時の痛みをただの筋肉痛だと勘違いしていたみたいです。流石にそれを聞いた時は私も驚きました」


 溜息交じりで告げるマリベルに、シャリィたちは絶句していた。

 流石に引いている。ちなみにマリベルも、これを知った直後はドン引きしていた。


「あとは、まあ……魔法の使い方について、幾つか教えたくらいですかね」


 そこまで説明して、マリベルはふと不思議に思った。

 ウィニングは、二人に何も伝えていないのだろうか?


「ウィニング様から、そういう話は聞いていませんか?」


 その問いに、シャリィたちは気まずそうな顔をする。


「えっと、その……」


「……はい」


 どうりで色々訊いてくるはずだ、とマリベルは納得した。

 だがそれは薄々予想していたことだった。


「まあ、ウィニング様は隙あらば何処かで走っていますからね……」


 そうなんですよ、とでも言いたげにシャリィとロウレンが一層複雑な顔をした。


(折角、遠出しているわけですし……三人が気兼ねなく話せる時間を作るのもいいですね)


 マリベルは若干の責任を感じていた。

 この一年半、ウィニングは家族よりもマリベルと一緒に過ごしている。二年後にフィンドを納得させるために、とにかく訓練ばかり積んでいたが、そのせいでシャリィたちとの時間を奪ってしまったかもしれない。


「率直に訊きますが……お二人は、ウィニング様のことをどう思いますか?」


 ウィニングを指導している身として、マリベルは純粋な疑問を子供たちにぶつけた。


「とにかく、凄い人だと思っています」


 先に答えたのはロウレンだった。


「ウィニング様はいつだって俺の予想を超えていきます。マリベル先生と初めて会った日の……二人の鬼ごっこを、俺は生涯忘れません」


 あの日を境に、ロウレンはウィニングのことを尊敬するようになった。

 特定の……本当に限られた分野ではあるが、ウィニングはロウレンの遥か先に到達していた。あれからロウレンもマリベルの指導によって成長したが、それでもウィニングの速さには絶対に追いつけない。


 尊敬に値する。

 一体どれほどの研鑽を経て、その境地に至ったのか。

 ウィニングの規格外な速さを目にする度に、ロウレンは「自分も頑張らなければ」という気持ちになった。


「私にとって、ウィニング様は……ある意味、憧れの人です」


 シャリィも語る。


「ウィニング様は、いつも前向きで、自分のやりたいことを見つめています。……私は気弱で、すぐに落ち込んじゃうので……ウィニング様のことが羨ましいです」


 ウィニングはひたすら自由に走り回っているように見えるが、それがただ楽しいだけでないことをシャリィは知っている。


 ウィニングはよく転んでいた。偶に領内を走っている姿を見かけたが、その身体が傷だらけになっていたことは少なくない。……当然だ。あれほどの速さ、自分自身でも制御するのは困難だろう。

 それでもウィニングは、前を向いているのだ。


 魔孔の件だってそうだ。

 シャリィも、発現量を向上するために魔孔をこじ開けようとした経験がある。

 だが、そのあまりの激痛に挫折した。こんな痛みに耐えられる人なんていないとすら思った。実際、魔孔を開く訓練は十五歳くらいから行うのが一般的だ。やはり自分にはまだ早いのだろうと諦めていたが――。


 ウィニングは、耐えたらしい。

 あの痛みを経験した上で、どうしてあんな笑顔でいられるのか……シャリィにとっては信じられないことだった。


 凄いと思った。

 痛みを経験して、それでも前を向き続けられるのだ。

 自分も、あんなふうに強くなりたいと思った。


「ウィニング様は、慕われていますね」


 マリベルは優しく微笑んだ。

 ウィニングは無自覚に、二人の心を動かしていた。


 如何にもウィニングらしい。

 ウィニングは、ただ走っているだけで周りの人たちへ影響を与える。


 マリベル自身もその対象だ。

 あの日、ウィニングから受けた熱を忘れることはないだろう。


 マリベルが感慨に浸った――その時。

 街の外で、大きな音が聞こえた。


「……騒がしいですね」


 何かの破壊される音や、人々の悲鳴が聞こえる。

 マリベルはシャリィたちを連れて、騒ぎが起きている場所へ向かった。

 丁度、焦って逃げている男がいたので、マリベルは声を掛ける。


「どうしました?」


「やべぇ魔物が来たんだ! すぐに冒険者を呼びに行かねぇと!!」


 男は青褪めた顔で事情を話した。


「……トール・アダマスですか」


 巨大な亀の魔物だ。その体躯は、家二つ分といったところだろうか。

 これだけ巨大な魔物がここまで街に近づくのは珍しいが、トール・アダマスは普段その身体を地中に沈め、甲羅で岩や山肌に擬態している。甲羅の外見から察するに、鉱山の地形に紛れていたのだろう。


「私が対処しましょう」


「は……? あ、あんたが……?」


「一応、こういう者でして」


 そう言ってマリベルはポケットからカードを取り出した。


「え、S級冒険者……っ!? し、失礼しました!」


 男が態度を改める。

 シャリィとロウレンも驚いていた。マリベルが冒険者の中でも最上位のS級だなんて、今初めて知った。


 世界最強のエマと比べると、S級という肩書きも虚しいものだ。

 そういう理由で敢えて伝えていなかったマリベルだが、必要とあらば活用する。


「では、離れていてください。他の冒険者は呼ばなくて結構ですよ」


「は、はい! ありがとうございます!」


 男は深々と頭を下げて、去って行った。

 シャリィたちは固唾を呑んでマリベルを眺める。

 しかし、マリベルは杖を握ろうとしなかった。


「……いい機会です。お二人で対処してみましょうか」


「えっ!?」


 シャリィたちが驚く。


「実戦訓練です。さあ、早く戦ってください」


 マリベルの目は本気だった。

 シャリィとロウレンは互いに顔を見合わせるが……やがて頷き、先程購入したばかりの武器を手に取る。


 まずはロウレンが魔物に接近した。

 無属性魔法《加速アクセル》を駆使して、トール・アダマスが反応するよりも早く、ロウレンはその足に斬りかかった。


 しかし――ロウレンの剣は弾かれる。


「硬いッ!?」


 文句なしの一撃のように見えたが、トール・アダマスは甲羅だけでなく皮膚も硬い。

 先程逃げた男が言った通り、厄介な魔物だ。


 ロウレンを視認したトール・アダマスは、足踏みを始めた。

 地響きがロウレンの体勢を崩す。


「く……っ!?」


「一度、動きを止めます!」


 後退するロウレンを見て、シャリィは補助に回る。


「《雷鎖ラウネ》ッ!!」


 シャリィの杖から、雷の鎖が五つ放たれた。

 トール・アダマスは鈍重だ。鎖は容易くその巨躯に絡み付いたが――その瞬間、鎖が砕け散る。


「こ、この魔物、雷属性の耐性を持って……っ!?」


 魔物の中には、特定の属性に強い種類もいる。

 シャリィの予想通り、トール・アダマスの身体は雷属性への耐性があった。


 トール・アダマスの頭上に土が集まる。

 地面から浮き上がる土は、凝縮され、大きな杭の形に固められた。


「あれは……魔法っ!? シャリィ、盾をッ!!」


「は、はい!! ――《雷障壁ラウバ》ッ!!」


 トール・アダマスが魔法で土の杭を放った。

 ロウレンがシャリィの背後に隠れ、シャリィは正面に雷の壁を作る。


 杭と壁が衝突し、バチバチと雷が迸った。

 どうにかトール・アダマスの攻撃は凌げたが……分が悪い。今の杭を防ぐために魔力を消費し過ぎたのか、シャリィは既に息切れしていた。


「厳しそうですね」


「す、すみません……」


 マリベルの言葉に、シャリィは悔しそうにする。

 しかしマリベルは首を横に振った。


「トール・アダマスはA級の魔物ですから、元々子供が倒すには厳しい相手です。とはいえ、お二人なら数年後には倒せるでしょう」


 マリベルが杖を構える。


「これ以上、街の人を不安にさせたくはありませんし……あとは私がやります」


 マリベルの杖に、水が収束した。

 しかし、その直後――。


「……ん?」


 大きな音が聞こえた。

 見れば遠くから、砂塵を纏った何かが接近している。


「な、なんでしょうか、あれは……?」


「まさか、新手の魔物か……ッ!?」


 シャリィとロウレンが焦る。

 しかしその隣で、マリベルは苦笑した。

 砂塵を纏ったそれは、尋常ではない速度でこちらへ近づき――――。



「よいしょーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」



 妙な声と共に、トール・アダマスの巨躯を吹っ飛ばした。

 それはもう見事な吹っ飛び方だった。あの巨躯が……ロウレンとシャリィでは掠り傷すらつけられなかったあの魔物が、綺麗な放物線を描いて弾き飛ばされた。


 トール・アダマスの身体が地面に落ちると、ズドンと地面が激しく揺れる。

 身体がひっくり返ってしまったトール・アダマスは、四本の足で藻掻いているが何もできない。


 やがてトール・アダマスは動くことを諦め、四本の足をだらんと伸ばした。

 戦闘終了だ。


「えっと……あれ? 取り敢えず轢いてみたんですけど、戦っていましたし、大丈夫ですよね?」


「……ええ。ありがとうございます、助かりました」


 ははは、とマリベルは苦笑する。

 こんなふう・・・・・に育てたのはマリベル自身だが……どうか、シャリィとロウレンは凹まないでほしいと思う。


 この少年は、ちょっとおかしいのだ。


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