第23話 邂逅


 あっという間に街の外に出たウィニングは、全力で走ることを楽しんでいた。

 一歩進む度に地面から返ってくる震動。風を切って進む感触。荒々しく酸素を求める肺。……全てが前世では味わえなかったものだ。


 おまけに今回は、靴を新調した。

 前世で靴に拘ったことなんてない。なんなら必要なかったくらいだ。


 その分、この世界では靴にも拘っている。

 厳密には、拘らないと環境破壊してしまうという事情があるわけだが……先程購入した装備は、鍛冶屋の職人が言った通り文句なしの逸品だった。


(この装備……かなり使いやすい!!)


 しかもかっこいい。ウィニングの少年の魂が熱く燃えていた。

 銀色の靴と脛当ては、年季が入っているため光りすぎることなく、渋い雰囲気を醸し出していた。まるで幾つもの荒野を駆け抜けてきたかのような、古強者の存在感を彷彿とさせる。


(さて、馬車の方角はこれであっているはずだけど……あれかな?)


 砂塵を巻き上げながら走るウィニングは、前方に一台の幌馬車を発見した。

 少し加速して、一気に馬車へ近づく。


「すみませーーーん!!」


 ウィニングは馬車に向かって声を掛けた。

 しかし馬車に近づくと、何やら物々しい様子で武器を持った男が下りてくる。


「警戒しろ! 魔物だッ!?」


「ん?」


 武器を持った男たちに、ウィニングは囲まれる。

 巻き上がった砂塵が風に流された後、ウィニングは男たちと目が合った。


「各位、武器を構え……あれ、人間? ――――えっ!? 人間っ!?」


 何故か凄く驚かれた。


「す、すまない。物凄い勢いで何かが近づいていたから、てっきり魔物かと……」


「いえ、よく間違われるので大丈夫です」


「……?」


 よく間違われる……? と首を傾げる男。

 ウィニングは馬車に近づき、預かったポーチを掲げた。


「ダレンさん、いますか? お届けものです!」


 大きな声で言うと、幌の中から一人の青年が現れる。


「俺が、ダレンだが……あ、それは俺の道具か!?」


「はい。貴方に渡すよう頼まれました」


「助かる! 忘れたことに気づいて困っていたんだ! ……ちょっと待ってくれ。念のため受け取りのサインを渡しておく」


 ちゃんと荷物の受け渡しが完了したことを示すために、ダレンは手帳のページを千切ってそこに自分のサインを記した。


「すまねぇ、できれば礼をしたいけど今は何もなくてな」


「あ、じゃあオススメのランニングコースってあります?」


「オススメの……ん……?」


 珍しい質問に、青年が首を傾げた。

 その時――。


「ここから西に進むと、弧仙崖こせんがいと言われる特殊な地形があります」


 幌の中から一人の少女が現れる。

 長い金髪を、ふわりと風にたなびかせた美しい少女だった。まだあどけない顔つきだが、その可憐さは人間離れしている。街中を歩けば誰もが振り向くほどの整った容姿だった。


 少女は、青い空のように澄んだ碧眼でウィニングを見据える。


「いい景色ですし、オススメですよ」


「ありがとうございます!」


 ウィニングは頭を下げて、すぐに少女が教えてくれた場所へ向かった。

 その少女は、誰もが見惚れてしまうほど美しかったが……ウィニングの頭の中では少女よりも走ることが優先された。 




 ◆




 珍しい、と少女は思った。

 美しさを生まれ持った少女は、物心つく頃から多くの視線に曝されていた。その視線はいつだって粘着質で、こちらが拒絶してもしつこく食い下がるものばかりだった。


 しかし先程の少年は違った。

 もはやその少年は、少女のことを見ていなかった。少女のことを見ているようで完全に別のことを考えていた。視線に鋭い少女だからこそ、あの少年が上の空だったことに気づく。


 新鮮な気持ちと……ちょっとだけ、モヤモヤした気持ちを抱いた。

 視線を鬱陶しいと思ったことは山ほどあるが、いざ全く興味を抱かれていないと、それはそれで複雑である。


「殿下」


 幌の中に戻った少女へ、軽装を身に付けた女性が耳打ちした。


「あまり目立たないようにと、お伝えしたはずです」


「ほんの少し言葉を交わしたくらいです。目立ってはないでしょう」


 静かに少女は告げる。


「面白そうな方でしたね。……私の周りにいなかったタイプです」


 ルドルフ王国の第三王女。

 権謀術数が渦巻く王位継承戦争の渦中で生まれ育った彼女は、己の身を守るための武器として、本人の意思とは無関係に引き寄せてしまう視線を利用していた。


 少女は、優れた人材を見つけて仲間に引き込む手腕に長けていた。

 仲間の質と量。それこそが少女にとっての武器である。


 だから少女は、手元にない人材を見つければ、なんとしても手に入れようとする。


 ――人材収集家タレント・コレクターと呼ばれる少女と、ただ走ることしか興味のない少年が、この日、運命の邂逅を果たした。


 しかし…………少なくともウィニングは、それを全く自覚していなかった。


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