第21話 先代勇者の鎧


 ――ちょっと遠出しましょう。


 コントレイル子爵領に新種の魔物が潜んでいるかもしれない。

 その噂を無事に否定できた頃、マリベルは主従訓練にてウィニングたち三人にそう告げた。


 それから二日後。

 ウィニングたちは、馬車に乗って大きな街を訪れた。


「ここが、ジャスタウェイ男爵領……っ!」


 馬車から降りたウィニングが、目の前に広がる街並みを見て呟く。

 綺麗な石畳が走りやすそうだった。あと、遠くに大きな鉱山が見える。あの坂道も今度走ってみたい。


 新しい街に来ても、ウィニングの頭は走ることでいっぱいだった。


「この中で、男爵領に来たことがある人はいますか?」


 マリベルが訊く。

 その問いに、ウィニング、ロウレン、シャリィの三人は首を横に振った。


「それならちょっと多めに時間を作って、観光もしましょうか」


「いいんですか?」


 ロウレンが訊き返す。

 向上心が強いこの少年は、一方で謙虚な姿勢を見せることもあった。


「知らない文化を経験することは、色んな意味で刺激になります。ロウレンさんとシャリィさんは、将来はコントレイル子爵家の家臣として様々な人と外交するでしょう。そのための勉強と考えてください」


 ロウレンとシャリィが気を引き締めて「はい!」と返事した。

 実際のところ、半分くらいはストイックなロウレンたちに対する気遣いなわけだが、無事に騙されてくれたらしい。やはりまだまだ子供だな、とマリベルは微笑ましい気持ちになる。


「ですがその前に、当初の目的を果たしましょう」


 今回は何も観光のためだけに遠出しているわけではない。


「ウィニング様は替えの靴、シャリィさんとロウレンさんは新しい武器の購入ですね。幸い三人とも鍛冶屋に用がありますし、すぐに向かっちゃいましょう」


 既に鍛冶屋の場所を調べておいたマリベルが、早速、移動を始める。

 しかしシャリィは不思議そうに首を傾げた。


「あの、マリベル先生。靴屋には向かわないんですか……?」


「ええ、ウィニング様の靴は実質武器みたいなものなので。それに既製品だと絶対に合いません」


 あぁ……とシャリィは納得した素振りを見せる。

 ウィニングが今まで幾つもの靴を潰してきたことは、シャリィとロウレンも知っていた。


 しばらく歩くと、目的地に着いた。


 ――鍛冶屋ロッツェル。


 堂々たる店構えの鍛冶屋だった。

 屋根から長い煙突が伸びており、その先からもくもくと煙が出ている。工房と店を一体化させているようだが、それにしても大きい。


「ジャスタウェイ男爵領には鉱山がありますから、鍛冶の技術なら国内随一と言われています。そして、この店が男爵領で一番大きな鍛冶屋らしいです。……恐らく、ここで目当てのものがなければ他のどの街にもありません」


 特にこの鉱山の麓にある都市は、鍛冶の街と呼ばれている。

 武具を多用する冒険者や騎士、または鍛冶職人を志す者たちの間では有名だ。


 店に入ると、奥の方にいる男がこちらを見た。

 手拭いを頭に巻いている職人だ。


「いらっしゃい。ご所望は?」


「この少年に剣を、この少女に杖を、そしてこちらの方には靴をお願いします」


 ロウレン、シャリィ、ウィニングの順で、店員は視線を移す。


「靴? 防具用の靴ってことか?」


「ええ。一番丈夫なものを見せていただいてもよろしいですか?」


 店の奥から、更に二人の女性が現れる。

 こちらは接客専門のスタッフのようだった。ロウレンとシャリィは、スタッフに案内される。


 残ったウィニングとマリベルは、目の前の男に案内された。

 注文が特殊だったのか、男は入り組んだ場所へ向かう。

 棚に並んでいる靴を男は手に取った。


「アダマンタイト製の靴だ。……とある貴族の酔狂で作ったもんだ。結局、重たくて履けなかったみたいだが」


 足元に置かれたその靴を、ウィニングは履いてみる。


「ウィニング様。どうですか?」


「重さは気になりませんけど、多分、すぐ壊れちゃうと思います」


 今までの経験から、ウィニングは答えた。

 マリベルは「ですよね」と納得する。


「オリハルコン製の靴とかってあります?」


「子供用の靴でオリハルコンだぁ!? あるわけねぇだろ、常識を学んでこい!」


「常識が通用しない子供でして……」


 マリベルの顔が引き攣っていた。


「うちは確かに妙なものを作る時もあるが、それは大抵そういう依頼を受けているからだ。どうしても欲しいならオーダーメイドで発注してもらうことになるぜ?」


「うーん、最悪それでもいいんですが……」


 正直、マリベルにとってウィニングの靴は消耗品だと考えていた。

 しかもかなり早めに消耗する。これまでもコントレイル領の職人たちに特注品を作らせていたが、ウィニングはすぐに全てを履きつぶしてしまった。


 いっそ、大量の靴を用意した方が楽かもしれない。

 質ではなく数で対処するか……マリベルがそう考えていると、


「あれ、なんですか?」


 ウィニングが、店の奥を指さして訊いた。

 そこには美しい銀色の甲冑が展示されている。至る所に傷や汚れがついているため年季は入っているようだが、それでも目を引く存在感があった。


「あれか? あれは先代の勇者が使っていた装備一式だ」


「勇者!?」


 ウィニングが大きく目を見開く。


「勇者、いるんですか!?」


「いますよ」


「じゃあ魔王も!?」


「はい」


 冷静に頷くマリベルに、ウィニングは目を輝かせて興奮した。

 基本的に走ること以外は興味のないウィニングだが、流石に勇者や魔王といったキーワードには思うところもある。やっぱりここは異世界だなぁ、と改めて実感した。


「勇者と魔王は、百年に一度の周期で人類の中から現れます。その紋章は一級を超えており、特級と呼ばれていますね」


 つまり勇者と魔王は、どちらも代替わりをしているということだ。


「じゃあやっぱり、勇者と魔王はずっと戦って……」


「いえ、普通に仲がいいですよ」


 え? と首を傾げるウィニングに、マリベルは説明する。


「勇者と魔王が争っていたのは千年くらい前ですかね。……二人の争いは色んなものを巻き込んじゃいますから、最終的にはどちらも迷惑だということになって、勇者と魔王はしばらく全ての国に立ち入れない時期があったんですよ。以来、どの時代の勇者と魔王も争いを止めています」


「そ、そうなんですね……」


 千年前、勇者と魔王は世界規模でハブられたらしい。

 いくら勇者と魔王でも、流石に堪えたようだ。


「……でも、冷静に考えたらその方がいいですね」


「はい。当代の勇者と魔王も、基本的には温厚な方です」


 マリベルの説明にウィニングは相槌を打った。

 勇者や魔王といったキーワードは、前世では主にゲームや漫画などのフィクションでお馴染みだった。しかし、そのイメージに引き摺られてはいけない。

 ウィニングは、この世界がフィクションではなく本物であることを再認識する。


「ちなみに、その装備の頑丈さは最高だぜ。ミスリルにダマスカス、それに伏魔龍ふくまりゅうと呼ばれる伝説の魔物の髭を使っているからな」


「ですが、あのサイズは大人用ですよね?」


「装備して魔力を通してみな」


 言われた通り、マリベルは試しに篭手を身に付けてみた。

 先代勇者は偉丈夫だったと訊く。マリベルは大人だが、それでも篭手のサイズは大きめだった。

 しかし、魔力を通してみると……鎧がマリベルの腕に合うサイズへと変化する。


「……なるほど。《変形デフォム》と《錬金アルケン》の魔法陣が組み込まれているんですね」


「詳しいな、その通りだ。そいつは魔力を通せば自動的にサイズを調整してくれる。だからサイズは気にしなくていい」


 マリベルの隣では、ウィニングが「おぉ~」と感心していた。

 初めて見る魔法の道具に興味津々だった。


「ただ、代わりに厄介な性質もある。……なんでもいいから魔法を発動してみな」


 マリベルは試しに、《水球ウォルブ》を発動した。

 水の球体を生み出す簡単な魔法だ。


 しかしマリベルの手に現れた水の球体は――思ったよりも小さく、更に形状が不安定だった。


 誰がどう見ても発動に失敗している。

 だが、マリベルが今更この程度の魔法に手こずるはずはない。


「こ、れは……もしや、魔物の素材が抵抗しているんでしょうか?」


「ああ。その装備に使われた伏魔龍ふくまりゅうの素材は、まだ生きている・・・・・。だから魔法を発動しようとすれば、素材が邪魔して上手く発動できないんだ」


 男は溜息交じりに言った。


「いわば呪われた装備さ。そのせいで当代の勇者も使いこなせず、うちに回ってきたんだ」


「……勇者ですら、使いこなせなかったんですか」


 マリベルは納得した様子で篭手を外した。

 しかし、すぐに靴の方を手に取って、


「ですが多分、ウィニング様なら大丈夫ですね」


「は?」


 男は聞き間違いか? とでも言わんばかりに目を丸くした。

 マリベルは、ウィニングの足元に靴を置く。

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