第16話 それはもうただの変態
主従訓練、二ヶ月目。
訓練の内容は少しずつ実践的なものに変化していた。
「今日は模擬戦をやりましょう。三人で協力して、私を倒してください」
かつてウィニングが走り回っていた森で、マリベルは杖を構えながら言う。
通算五度目となる模擬戦だ。ウィニングたちは未だ三人がかりでもマリベルに勝ったことはない。
ロウレンが剣を構え、シャリィが杖を手に取る。
マリベルが杖の先端を地面に叩き付けた。
模擬戦開始の合図だ。
「ウィニング様は後ろへ!」
「あ、うん。分かった」
ロウレンがウィニングを庇うように前へ躍り出る。
ウィニングは早々に後方で待機することが決まった。未だに攻撃系の魔法を一つも習得できていないので、妥当な判断である。
「――《
初手はシャリィの魔法だった。
雷が地面を焼く。
その激しい閃光は目眩ましにもなり、マリベルは瞼を閉じながら後退した。
「ロウレンさんッ!」
「ああッ! ――くらえッ!!」
後退するマリベルに対し、ロウレンが肉薄して剣を振るう。
だがマリベルは冷静に対処した。
「《
マリベルの左手に水の剣が生まれる。
振り下ろされたロウレンの剣を、マリベルは自らの剣で受け流し――。
「――《
「ぐあっ!?」
「きゃっ!?」
杖の先端から、大量の水が噴射された。
ロウレンとシャリィは吹き飛ばされる。
「シャリィさん、射程の切り替えがまだできていませんよ。不必要に長距離の砲撃をすると魔力が枯渇してしまいます」
「は、はい……っ!」
「ロウレンさんは踏み込みがまだ浅いですね。格上相手だからと言って毎回尻込みするつもりですか?」
「く……っ」
二人とも、マリベルの動きについていくので精一杯だった。
マリベルの指摘は的確だ。ロウレンたちは戦いながら、欠点の改善を試みる。
本人は自覚していないが――マリベルには教師の才能があった。
それもそのはず。マリベルは六年もの間、後に世界最強と呼ばれるエマ=インパクトと張り合っていたのだ。
才能の塊である彼女と張り合うには、とにかく努力でその差を埋めるしかなかった。
だからマリベルは、足りない力を努力で補うことに関してはエキスパートである。
その能力は生徒の指導に大きく役立った。
「二人とも、そんなことでは守るべき主が傷つけられますよッ!!」
マリベルが二人を挑発する。
悔しそうに抵抗するシャリィ、ロウレンに対し、マリベルは更に魔法を発動した。
「――《
水の樹木が屹立し、地面からうねる根が現れる。
「あっ!?」
根はロウレンの剣を絡め取り、
「ひゃっ!?」
更にシャリィの足を払って転倒させた。
「ウィニング様っ!?」
シャリィが焦燥する。
複数の木の根が、後方で待機していたウィニングへと迫った。
しかしウィニングは落ち着いた様子で――。
「よっ」
迫る木の根を、ウィニングは軽々と避けてみせる。
「むっ」
それを見て、マリベルが競争心を燃やした。
木の根が倍の数になる。
少なくともロウレンやシャリィにはもう対処できる数ではない。
しかしウィニングは相変わらず冷静なまま――。
「ほっ、はっ、よいしょっ」
「む、むむむ、むむむむむ……っ!!」
四方八方から迫り来る木の根に対し、ウィニングも素早く身体を動かして避け続けた。
その攻防は、ロウレンとシャリィには視認できなくなるほど加速する。
本人は自覚していないが――ウィニングは日頃から高速で走っているため、動体視力が鍛えられていた。
元々《身体強化》を使えば五感も強化されるが、高速の世界の住人であるウィニングにとって、速さは恐怖の対象ではない。その精神的な耐性こそが、常人には得がたい強さと化していた。
加えてここ二ヶ月の主従訓練によって、ウィニングは判断速度も進化している。
もう鬼ごっこの時のような負け方はしなかった。
そんなウィニングに、ロウレンとシャリィは複雑な顔をする。
「……これ、俺たちが守る必要あるのか?」
「な、なさそう、ですね……」
◆
模擬戦が終わった後。
「はぁ、はぁ……も、模擬戦はこれで、終了です……っ!」
「ありがとうございました!」
マリベルは杖で身体を支えながら言った。
全身から汗をだらだらと流し肩で息をするマリベルに対し、ウィニングはまだ余裕がある様子で返事をした。
結局、マリベルの魔法がウィニングを捕らえることはなかった。
ウィニングの成長が早いことは今に始まったことではないが、いよいよマリベルでも簡単には倒せなくなってしまった。
先程の模擬戦も、なんならウィニングではなくマリベルの訓練になったくらいである。
「こ、こうなったら、次からは大魔法を…………いえ、流石にそれは大人げないでしょうか? でも負けるの嫌ですし……」
競争心をメラメラと燃やすマリベル。
その隣では、ウィニングたち三人の生徒が地面に腰を下ろして談笑していた。
「あ、あの! ウィニング様は将来、どんな領主になるつもりなんですか!?」
シャリィが訊く。
ウィニングは中空を眺め、少し考えてから答えた。
「うーん、あんまり考えてないかな。俺はただ自由気ままに走り回りたい」
「そ、そうですか……」
シャリィが苦笑いする。
予想できた回答だった。
果たしてそれは領主としてどうなのか――という疑問はさておき、
「自由に走り回るとなれば、色んなところに行きそうですね。冒険者とかは興味あるんですか?」
ロウレンが訊く。
冒険者とは、ギルドで斡旋された依頼を引き受けることで生計を立てる者の総称だ。
「いや、別に冒険者にも興味はないかな。働かずに一生走っていたい」
ロウレンの顔が引き攣る。
マイペースな回答しか述べないウィニングに、傍で話を聞いていたマリベルがつい口を挟んだ。
「ウィニング様。それはもうただの変態です」
「じゃあ俺は変態になります」
「やめてください」
今の会話を
「……もう夕方ですね。では、本日の訓練はこれで終了です」
その一言に、ロウレンとシャリィが肩の力を抜く。
だが、ウィニングは逆に立ち上がってストレッチを始めた。
ここからは――ウィニングだけの個別指導だ。
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