第11話 マリベルの半生
マリベル=リスグラシュー(21歳)はプライドが高い。
その理由は、生まれ育った環境にある。
一級の紋章を持って生まれたマリベルは、幼い頃から将来を有望視されていた。属性こそ一つだけ――水属性しか扱えないが、マリベルはひたすら研鑽を続け、遂には現存する水属性の魔法使いの中でも一番の実力者と言われるようになった。
しかし、そんなマリベルの隣にはいつだって一人の女性がいた。
エマ=インパクト。今では
マリベルとエマが初めて邂逅したのは、十二歳の頃。
とある国の魔法学園に入学した時のことだった。
その魔法学園では、入学試験で最も優秀な成績をおさめた生徒を新入生代表として、入学式に挨拶させる仕来りがあった。
マリベルは間違いなく、自分が新入生代表に選ばれると思っていた。
しかし、選ばれたのはエマだった。
以来、マリベルとエマは犬猿の仲として学園生活を送る。
実際はマリベルの一方的な競争心しかなくて、エマはただひたすら己の魔法を磨くことのみに注力していた。それがマリベルにとって余計に腹立たしかった。
学園にいる間、マリベルは幾度となくエマと比較された。
そしてその度に「エマと比べるとなぁ」と、マリベルの努力を否定されてきた。
挑み、破れ、挑み、破れ、また挑み、また破れ――。
何度も挑み続けたその末に、マリベルは思う。
――逃げよう。
学園を卒業したマリベルは、すぐにその国を去った。
エマがいない場所では、いつだってマリベルが一番だった。
一番はいい。皆に褒められる。長い間、ずっと求めていたものがそこにはあった。
この時、マリベルは十八歳。
およそ六年間、万年二位のコンプレックスを抱えていたマリベルの価値観は、ちょっと歪んでしまっていた。
しかしその一年後、エマが世界最強の異名を持ってしまう。
これによってエマの噂は世界各地にまで轟いてしまった。――勿論、マリベルが暮らしている街にも。
斯くしてマリベルは、エマの噂が聞こえない場所を求めて各地を放浪する。
マリベルはエマの噂から逃げるように、ひたすら旅を続け……辿り着いたのが、このコントレイル子爵領だった。
旅の途中、少しだけ話したことのあるロイドから「暇だったら雇われてくれねぇか?」と誘われたことが切っ掛けである。ルドルフ王国のコントレイル子爵領……そういえばまだ足を運んだことがない場所だと思い、気分転換がてら承諾した。
(いいですね、コントレイル子爵領は。程よく長閑で、領民の人数も程々で……ここなら私が一番になれそうです!)
マリベル=リスグラシュー(21歳)。
思春期のコンプレックスから、未だ抜け出せていない女だった。
「では、最後はウィニング様。貴方の番ですね」
「はい!」
ウィニングがやる気を見せる。
順番が悪かったな、とマリベルは内心で思った。
正直、先の二人はどちらも優秀だった。
ロウレンの剣術は実用的だ。幼い頃から筋肉をつけすぎると発育に支障をきたしてしまうので、マリベルはこの少年にどのくらい筋肉を鍛えさせるか悩んだが、ロウレンの剣術は筋肉ではなく全身のしなやかさを用いている。……なるほど、これなら年齢を考慮せず技術を叩き込むことができるだろう。
シャリィの魔法も見事なものだった。
魔力の繊細なコントロールは、才能では手に入らない。長い年月をかけて地道に習得するものだ。しかしシャリィは既に大人と同程度のコントロールを身に付けていた。紋章は二級とのことだが、恐らく発現効率はかなり向上しているはず。状況によっては一級の紋章持ちにも勝てるだろう。
(まあ私の方が上ですけど!)
マリベルは自尊心を保った。
他人と比較され続けてきたマリベルは、すっかり誰かと比較する癖がついてしまった。
「ウィニング様は何をするんですか?」
「走ります!」
「走る……?」
それだけ……?
首を傾げるマリベルに、ウィニングは頷く。
「今から俺は全力で走るので、マリベル先生には俺を捕まえてもらえればと思います」
「……つまり、鬼ごっこですね?」
「はい! あ、魔法とかは全然使ってもらってもいいので!」
ウィニングが自分なりに考えた特技を披露する方法だった。
その提案を聞いて、マリベルの中にある競争心が燃える。
(……面白いですね。私に勝負を挑むとは)
学生時代、永遠に二番手だったマリベルは勝利に餓えていた。
たとえ子供が相手だろうと負けるつもりはない。
「いつでもどうぞ。私の準備は終えています」
杖を構えてマリベルは言った。
まあ、本当のことを言うならウィニングが動く前にあちこちへ罠を仕掛けてもよかったのだが、流石にそれは遠慮しておいた。相手は子供。そこまでしなくても余裕で勝てる。
「分かりました。では――いきます」
ウィニングは小さく息を吐く。
次の瞬間――マリベルの目の前で、大きな爆発が起きた。
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