第9話 二大家臣との顔合わせ


 主従訓練の三日前。

 ウィニングはまず、二大家臣から訓練に参加する二人の人物と顔合わせをした。


「シャ、シャリィ=ファレノプシスと申します!」


「ロウレン=シーザリオンと申します」


 栗色の髪の少女シャリィと、赤髪の少年ロウレンが頭を下げた。

 礼儀正しい二人の振るまいを見て、ウィニングはそういえば自分は領主の息子だったなぁと思い出す。


「ウィニングです。よろしくお願いします」


 ウィニングも簡単に頭を下げて挨拶をする。

 といっても、こちらは領主の息子なので名前くらい向こうも知っているだろう。

 そんな三人の様子を、コントレイル家の当主フィンドは見守っていた。


「彼らはこのコントレイル家の大きな財産となるだろう。きっと将来、ウィニングの力にもなってくれるはずだ」


「はい、父上」


 フィンドの話は最小限に留められていた。

 ウィニングたち三人で友好を深めなさい、と暗に言っている。


 シャリィとロウレンは、どちらも七歳……ウィニングと同い年らしい。

 前世の記憶を持つウィニングはともかく、ロウレンたちも七歳にしてはとても賢く見えた。


(は……っ!? まさか、この二人も転生者……っ!?)


 そんな可能性に思い至ったウィニングは、恐る恐る質問した。


「あの、二人の大好物ってなんですか? ちなみに俺はラーメンが好きなんですけど……」


「ラーメン……? なんですか、それ?」


 ロウレンが首を傾げた。

 よかった。転生者ではない。……多分。

 ウィニングは軽く咳払いして、本来する予定だった話題に戻すことにした。


「シャリィさんとロウレンさんは、二級の紋章なんですよね?」


 キラキラと目を輝かせて質問するウィニングに、シャリィとロウレンは一瞬だけ無言で顔を見合わせた。


 ウィニングの紋章が三級であることは、領民にとって周知の事実である。

 将来ウィニングに仕えるかもしれない身として、二人は自分たちの方が優れているとは言いにくかった。しかしやがて、目を輝かせているウィニングに何も答えない方が居たたまれない結果になると悟る。


「は、はい。その、僭越ながら……」


「その通りです」


 肯定する二人に、ウィニングは更に興奮した様子を見せた。


「紋章が二級だと、やっぱり凄い魔法を覚えられるんですか!?」


「どうでしょう……俺は剣術を優先的に学んでいるので、魔法は今のところ普通だと思います」


 ロウレンがシャリィを一瞥するが、シャリィはぶんぶんと首を横に振った。

 シャリィは魔法使いとして育てられているため、魔法をひたすら学んでいる。しかしまだ凄い・・と言われるような魔法は習得していない。


「魔法の凄さだけなら、ウィニング様は二属性持ちとのことなので、混成魔法を使えると思いますが……」


 混成魔法とは、複数の属性を混ぜ合わせて使用する魔法のことだ。

 火属性と風属性の混成魔法だと、例えば炎の竜巻を生み出すものなどがある。

 しかし――。


「うーん、俺は紋章が三級だから、混成魔法は燃費が悪すぎるんですよね」


 というよりそもそも――ウィニングはまだ《身体強化》しか使えなかった。

 走るための魔法があればなんでも覚える予定だが、この《身体強化》という魔法はとにかくコスパ・・・が良すぎるのだ。存分に走り回れたらそれでいいウィニングの場合、《身体強化》さえあれば大体満足できる。


「ウィニング様。俺たちを相手に敬語は不要です」


 ロウレンが真面目な顔で言った。

 ウィニングは返答に悩み、父フィンドの顔を見る。

 フィンドが頷いた。


「分かった。じゃあもう少し気楽に話すよ」


 ウィニングとしても、この方が気楽だ。

 肩の力を抜いたウィニングは、改めて二人の顔を見て――。


「ところで二人とも、走ることに関連した魔法でオススメのものってある?」


 よく分からない質問をした。




 ◇




 顔合わせが終わった後。

 ロウレンとシャリィは、領主の館を出て帰路についた。


「……やっぱり、変わった人だったな」


 小さな声でロウレンは呟く。


「ロウレンさん、ウィニング様のことを知っていたんですか?」


「逆にお前は知らなかったのか?」


 そう尋ねると、シャリィは困ったような顔をした。

 シャリィは今までウィニングのことを何も知らなかったらしい。


「ウィニング様は、日中ずっと領内を走り回っていることで有名だ」


「走り回ってるって……忙しいってことですか?」


「そうじゃなくて、言葉通りただ走っているだけだ」


 わざわざ補足しないと伝わらない辺り、ウィニングの行動が異端であると分かる。


「向こうは気づいてないと思うけど、俺は何度か見たことある。……毎日飽きることなく、凄くいい笑顔で走ってるんだ。もう楽しくて楽しくて仕方ないって感じで。ただ走ってるだけなのに、なんであんな顔できるのか、正直よく分からない」


 だからロウレンは、最初からウィニングのことを変人だと思っていた。

 そしてその予想は正しかったと証明された。


 今日の顔合わせ、色々と会話したが……多分ウィニングにとっては最後の質問以外どうでもよかったんじゃないだろうか。紋章について訊いてきたことも、全部最後の質問をするための布石だったような気がする。


 いやしかし、一番気になったのはそこではない。


 ――紋章の話題は本来、もっとデリケートに扱うものだ。


 なにせ紋章は、才能を可視化したものと言っても過言ではない。だから他人の等級を訊くことにも、自分の等級を語ることにも慎重になるのが普通だ。


 しかしウィニングは、当たり前のように自分の紋章は三級であると語った。

 領主の息子だから、領民には知れ渡っているだろうと思ってのことかもしれないが……それにしても赤裸々過ぎる。


 所詮、三級。隠すほどのものでもない。そう思っているのだろうか?

 だがそれにしては、後ろめたさや卑屈さを感じない。

 まるで紋章なんて――魔法の才能なんてどう・・・・・・・・・・でもいいと思っている・・・・・・・・・・かのような・・・・・


 変な人だ。

 変な人だが……高慢ちきな主君ではなくて安心した。


「走るのが好きってことは、ウィニング様は戦いの際も前線を張るタイプなんでしょうか……?」


「いや、流石にそれはないだろう。ウィニング様は三級の紋章だ。戦いは俺たちが受け持つことになると思う」


 別に走るのが好きなだけで体術が得意なわけではない気がする。

 冷静に告げるロウレンに、シャリィは気を引き締めて頷いた。

 二大家臣の次期当主として、コントレイル家の次期当主ウィニングを全力で守らなければならない。二人には既にその覚悟ができていた。


「噂によると、ウィニング様が本気で走れば魔法学園の卒業生ですら追いつけないと聞いたことあるが……流石にそれは誇張だろうな。普段もちょっと速い程度だし、趣味の範疇は出ていないだろう」


 ロウレンは、いつも領内を自由に走っているウィニングのことを思い出す。

 一度だけ、ウィニングが自分の全速力と同じくらいの速さで走っている光景を見た。多分、あれがウィニングにとっての全力だろうとロウレンは予想する。

 三級の紋章では、それほど大きな力はでない。


「じゃあ、私たち三人の関係は、私たちの親と同じようなものになりそうですね」


「そうだな」


 コントレイル子爵家の当主と、ファレノプシス家の当主、そしてシーザリオン家の当主。

 この三人は、コントレイル子爵領を守るために特別強い絆で結ばれることになる。


 ウィニングの親であるフィンドと、ロウレンたちの親は今もその絆で子爵領を守っていた。

 フィンドの紋章は三級であるためあまり戦いが得意ではない。だから今は、有事の際は二大家臣が中心となって戦う手筈となっている。


 ウィニングがコントレイル家の当主になれば、きっと二大家臣である自分たちは同じような仕事を受け持つことになるだろう。




 ――後に、二人は考えを改める。


 ウィニングは決して、後方で大人しく待機して守られるタイプではない

 むしろ目を離せば、一瞬で姿を見失ってしまうような……とんでもない主君だった。

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