第1話 スマホ少女との出逢い

 またご利用くださいませ、という言葉を背中で聞きつつ、自動ドアを通り過ぎた。眼の前はコンクリートジャングルに、排気ガスでくたびれた街路樹。そこへ大型トラックが酷い臭いを撒き散らして、目の前を駆け去っていく。飯場タケルは素直に顔をしかめつつ、溜め息を落とした。



「何だか変な店員だったな。女の子の好みとか聞かれたし……」



 スマホの買い換えで飛び出す話題ではない。それなのに、アレコレと繰り返し尋ねられ、ほとんどを生返事で終わらせた経緯がある。新しい機種は近日中に届くそうだが、何となく不安にさせられた。



「まぁ良いや。何か食べて帰ろうかな、小腹が空いたし」



 最寄りのファーストフード店に寄り、イートイン。ポテトのMサイズとホットコーヒーを購入すると、窓際の席についた。


 店内は私服姿の中高生ばかりだ。誰もが他愛のない会話に花を咲かせている。タケルは耳を傾けるでもなく、視線を窓の方へと向け、外の景色を見下ろした。目についたのはスーツ姿のサラリーマン達。自分も数年後にはあぁなるんだと、眺める瞳が冷えていく。


 気分を変えようと思い、スマホを取り出そうとした。しかしその手は止まる。



「そうだった。壊れてるんだよね」



 音楽にしろ動画にしろ、彼のあらゆる娯楽が端末に詰め込まれている。それこそ大事に扱ってきた愛機だが、うっかり洗濯機によって蹂躙してしまった。気づいた時は既に事後。穏和な青年に不似合いな悲鳴をあげた事は、まだ記憶に新しい。あと数日は不便に堪えるしかなかった。


 食後に向かったのはゲーセンだ。対戦格闘ゲームに興じてみれば、戦績はほどほど。勝っても大して喜んだりせず、敗けても悔しくない。続けてUFOキャッチャーでぬいぐるみを救出してみたが、無感動のままだ。ただ取れそうだと思っただけで、部屋に飾るつもりもなく、クローゼット送りにする予定でいる。


 それからは、足の向くままに彷徨った。河川敷の馴染みある土手を歩き、日が暮れたならアパートへ帰宅。夕食はお値打ちのカップ麺を啜(すす)り、疲れた頃にパイプベッドに身を預けた。



「こんな風に過ごすうち、歳をとっていくんだろうな……」



 冬休みという事もあり、時間は膨大にある。仕送りとバイト代のお陰で、暮らしぶりも悪くはない。実に平穏な毎日が過ぎていく。


 しかし何かが足りない。空虚すぎる日々が、彼の心の奥を騒がせる。このままで良いのかと、何度も揺さぶり続けるのだ。だが答えは見つからない。無い知恵を絞って、絞って思い悩むうちに、意識は夢の世界へと誘われていった。


 そして迎えた翌日。その日も目立った変化や進展などなく、やがて日が暮れた。晩飯に啜るのはカップラーメンと、ミルクコーヒー。


 そうして代わり映えのない、簡素な食事を終えた頃の事。不意にインターフォンが鳴った。



「誰だろう、こんな時間に」



 怪訝(けげん)な顔でドアスコープを覗き込めば、尚、首を傾げてしまう。見覚えは全くない。しかし現れた人物に怪しさは感じられず、ひとまずドアを開けた。



「はい。どちら様ですか?」



 そこに立つのは、見目麗しき美少女である。紺碧で艷やかな髪は、前髪を眉の傍で切り揃え、残りは胸元まで伸びる。二重で大きな瞳も碧く、色味を隠すかのように生える睫毛(まつげ)が豊かだ。


 装いも、上は純白のVネックセーター。下はあやめ色のプリーツスカートに黒タイツという格好で、女性ファッションに疎いタケルであっても清楚さを感じられた。もしかすると良家のお嬢様かも、とすら思う。そして、そんな人物がなぜウチにと、疑問を抱くのも当然の事だ。


 そうして眺めるうち、少女が口を開いた。鈴の鳴るような、耳に心地よい響きがある。



「夜分遅くに失礼します。飯場タケル様で、お間違いありませんか?」


「はい、そうですけど……」


「この度は英雄ショップにて、新春キャンペーンをご利用いただきありがとうございます。ただ今お届けにあがりました」


「英雄ショップって、あぁ、スマホの! 配達ご苦労さまです」



 合点のいったタケルは、品を受け取ろうと思い、片手を差し伸べた。


 すると少女はニコリと微笑み、その手に自身の指先を添えて、一歩踏み出した。エスコートでもされた様な絵面だ。やがて家主の困惑を他所に、彼女は玄関先に上がり込んだ。



「あの、えっと、どうしたんです?」


「不束者ですが、末永くお付き合いいただけたら嬉しいです」


「は? 何が?」


「申し遅れました。私は最新型のスマートフォン、マジリアル217号です」


「えっ!?」


「タケル様の暮らしが快適となるよう、全力でサポートして参りますね」


「えぇーー!?」



 驚愕の声がアパートに鳴り響いた。スマホだと自称する少女の前で、固まってしまうタケル。夜中の、静かにすべき時間帯だというのも

、今は忘れて。


 実際に彼女はスマホなのか。その真相はもとより、言葉の上ですら理解するのに、長い時間を空費してしまうのであった。

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