雨の日の彼女

鴉河 異(えがわ こと)

短編

雨の日の彼女


僕には気になる女性がいる。名前も知らないし、話したことも無いが。

その人は、ある家の前で雨の日になるといつも誰かを待っている。

僕より年上そうだから、旦那さんだろうか?それとも家族の誰かだろうか?

奥手の僕には話しかける事も出来ないが……旦那さんでなければいいな……。


その日は、大学の講義が午前中で終わり、やることも無いので何をしようかと思いを巡らせていた。映画でも見に行こうか。それとも本屋に行こうか?

そんなことを考えていると、友達の晃が話しかけてきた。

「幸一。今日の夜、暇?」

晃がニヤニヤしながら聞いてきた。

「特に予定は無いよ。何かあるの?」

僕が聞くと、晃のニヤつきが増す。

「心霊スポット行こうぜ」

悪い顔してる……。

僕があまり得意では無いのをわかって聞いている。

「僕が得意じゃないの知ってて聞いてる?」

「うん」

僕の質問に被せるように答える。これは逃げられないパターンだ。

「わかった。でも無理そうなら帰るよ?」

僕が言うと、晃はニヤつきながらうなづいた。


夜になると、晃が他の友達と共に迎えに来てくれた。いつものメンバー五人が集まった感じだ。

僕が助手席に乗り込むと、晃の号令と共に車が動き出した。


車で二十分程走ると、目的の心霊スポットに到着した。

いつも僕が通る道だけど、こんな所に心霊スポットなんてあるのかな?

不思議に思いながら車を出ると、そこは見慣れた場所だった。僕が気になっている女性の家だ。今日は晴れていたので、あの女性には会えなかったが……。

というか、人様の家に入るとか肝試しでもなんでもないじゃないか。

「晃、ここ他人の家でしょ。不法侵入になるよ」

すると晃は、不思議そうな顔をした。

「お前何言ってんの?ここ空き家じゃん」

そう言いながら、晃は家の方をライトで照らす。

え?普通の家でしょ。雨の日には、いつもあの女性が立っている。

「空き家じゃないよ。女の人住んでるし」

僕の言葉で、他の友達が怖がり始める。

「え……幸一には普通の家に見えてるの?」

友達の一人が聞いてくる。

「うん。皆も同じでしょ?」

僕以外の皆が顔を見合わせる。

「行けばわかるよ。とりあえず行こう」

晃はそう言って庭に通じる小さな門を開ける。キィーと錆び付いた音が響く。

気は引けるが、仕方なく皆について行く。きっと途中で見つかって怒られる事になる。そうなったら逃げるしかないけど……より一層あの人には話しかけられなくなるな……。

そんなことを考えているうちに、玄関へたどり着く。どうせ開かないだろうと思っていると、玄関の扉は何の抵抗もせずに開く。え……?鍵かけ忘れたのかな?

しかし、僕の考えは外れた。

玄関の扉を開け、晃が中を照らすと、そこには荒れ果てた姿が浮かび上がった。

玄関にはゴミや木片が散らばり、その先の廊下との区別がつかないほどだった。

……どういう事?僕が見ていたあの家は……何だったんだろう……。確かに普通の家だったのに……。

皆はどんどん先に進んでいく。僕も一番後ろからついて行く。

リビング、キッチン、和室、トイレ、浴室……。何処もボロボロで、とても人が住んでいるような家ではなかった。

一階を周り終わり、二階へ進む。二階には部屋が三つとトイレがあった。やはり何処もボロボロで、落書きがある部屋もあった。

僕は、驚きとショックと何だかよく分からない感情に襲われた。

この家が空き家なら、あの女性は何なのだろうか?ただ待ち合わせをしてただけ?

でも、この家に入るところを見た事もある。なんなんだろう……。


複雑な感情を整理しているうちに、二階を周り終わり、外に出る。

皆は、楽しそうに話しながら車に乗り込む。僕は、整理しきれない気持ちを抱えながら車に乗り込んだ。


数日後

天気予報通りの雨が降った。いつもなら嬉しい雨の日が、とても複雑なものになった。

肝試しの日から、空き家の謎は解けていない。僕は間違いなく普通の家だと思っていた。でもあの日、帰り際に見たあの家は、ボロボロの空き家だった。今まで僕が見ていた家と違っていた。どういう事なんだろう……。

大学への道すがらにある家。もちろん今日も前を通る。

「あれ……」

あの日は確かにボロボロだった家が、今日は普通に見える……。本当の姿はどっちなんだろう……。

僕が家の前に立ち尽くしていると、いつもの女性が家の中から出てきた。

「こんにちは」

僕を見た彼女は、軽く会釈をしながら挨拶する。そしていつものように傘をさし、誰かを待っている。

僕は、何とも言えない感情のまま大学への道を急いだ。


大学へは来たものの、いろんな考えが頭を巡り、講義の内容は一切入ってこない。そんな時、晃からグループLIMEがきた。

『また肝試しいこうぜ』

そのLIMEにグループ内の友人たちは賛同する。

……そうだ。もう一回夜にあの家に行ってみよう。そうすれば答えが出るかもしれない。

僕はグループLIMEで断りのメッセージを送り、早く講義が終わるよう教授を見つめた。


その日の夜、昼間の雨は上がり月明かりが綺麗だった。

僕は懐中電灯を持ち、あの家へ向かった。

着いてみると、やはりあの日と同じ廃墟がそこにはあった。昼間は普通の家だった。

僕は恐怖より、答えを知りたい気持ちの方が強くなっていた。

ひとり、小さな門をくぐり、家の中へ入る。相変わらず荒れている。

僕は前回よりも細かく探索することにした。が、一階にはヒントになりそうなことは何もなく、二階に上がることにした。

もうすぐ階段を上がり終わろうという時、二階の部屋から音がした。

僕は心臓が飛び出るほど驚いた。そのまま少し心臓を落ち着かせてから、音のした部屋へ向かう。

しかし、そこには何もなかった。何だったのかと不思議に思いながらも探索を始めると、部屋の隅に写真が落ちていた。前回は見つけられなかったのに……。

その写真には、あの女性が写っていた。いつもと同じ傘をさしている。

でも……この写真……かなり古そうだ……。今と変わらない姿が写っている……ということは……彼女は……。

僕は急に怖くなった。彼女の正体を知ってしまった。普通の家に見えていた僕が異常だったんだ。理由はどうあれ、これが本当の姿なんだ。

僕は急いで階段を降り、玄関の扉を開けた。すると、外は雨が降っていた。そして門の前にはあの女性が立っていた。

「あら、あなた。いつもうちの前を通る方よね」

僕が玄関で固まっていると、彼女がしゃべりながら近づいてくる。

「いつも私のほうを見ている気がして……いつ話しかけてくれるのかとずっと待ってたのよ……」

僕のこと気づいてる……。まずい。逃げなきゃ。

僕がどう逃げるか考えているうちに、彼女は距離を詰めてくる。

「これでやっとお話できるわね」

逃げようとするが、足が動かない。

「時間はたくさんあるわ。ゆっくりお話しましょう……」

もう彼女は目の前だ。

その時、僕のスマホが鳴り響く。それと同時に、足が動いた。彼女を押しのけて走り出す。僕は、止まらずに家まで走った。

玄関のカギを開け、急いで部屋に入る。……逃げられた……。息を切らし、玄関に座り込む。

すると、うつむいている僕の視界に、見たことのある傘が見えた。え……これって……。

「お話……しましょう……?」


なんで幸一のやつ電話に出ないんだ。せっかく皆でご飯に行こうと思ったのに。

俺は、皆でご飯を食べた後、幸一に文句でも言ってやろうと家へ向かった。


ピンポーン


出ない。どっか出かけてるのか?試しにドアノブに手をかけてみるとすんなり開いた。よし、脅かしてやるか。

俺は物音を立てないように静かに部屋に入る。あれ?いないな。まったく不用心だな。相変わらず電話には出ないし。仕方ない。あいつが帰ってくるまで待っててやるか。今日の肝試しの話もしたいしな。


「……これでもう待たなくていいわね……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨の日の彼女 鴉河 異(えがわ こと) @egawakoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ