潜降47m 遅咲き

私は考えていた。

楽器店で働いていた時には季節によってお店を飾っていたものだ。

夏なら「サマーキャンペーン」で海・スイカ・ひまわり、秋なら「オータムキャンペーン」で紅葉とかキノコとか、冬なら言わずと知れた「クリスマス」だ。


でも自動車整備工場...排気ガスと油と汗のイメージしかない...


何か季節感を出したいな...


「おい、桃! 」

「え? 何、お父さん」


「さっきから呼んでるのに、どうした? 」

「うん。実はね—— 」


私は考えていたことをそのままお父さんに話してみた。


「おお。そういうのは俺たちじゃ思いつかないことだ。それこそおまえがやれることだ。好きなようにやってみろ。ただあまりお金はかけられないぞ」


そんな言葉に俄然やる気が出てきた!


****


何にしようかな...?


「オイル割引キャンペーン」

「無料点検サービス」

「洗車...窓ふき...ウォッシャー液サービス」


なんか違うなぁ....出したいのは季節感だよ..季節感。


春と言えば花だよね.. 整備工場と花か。

逆に、組み合わない2つで印象づくかもしれない。

それに環境的なことを入れ込めばイメージ改善になるかも。

これでいいかも!!


****


「コホン! えー、ちょっと朝礼の場をかりまして提案があります。よろしいでしょうか?おとう、社長と相談しまして、ひとつキャンペーンをやろうと思います」


「社長に聞いてるよ。それで何やるの? 」

「めんどうくせーのはやりたくねんだよなぁ.. 」


「相良さん、そういわないで協力して。面倒じゃないから。えーっと、これから春になりますよね。だからキャンペーンのひとつとして『花いっぱい運動』をやりたいと思います。ここにチューリップの球根があるから、これを来店したお客様に差し上げてください。もしかしたら咲いた花を見るたびにうちの店を思いだしてくれるかもしれない。自動車整備工場の排ガスやオイルのイメージも花によってやわらかい感じになるし。そういう期待を込めて球根を配ってもらえるとうれしいです。よろしくお願いします」


「そうかねー。そんな球根なんか植えるかな? なぁ、太刀」

「まぁ、相良さん、桃ちゃんが考えたんだから一回ためしてみようよ」


++

+++

++++


[ バックライトの玉交換終わりました。770円です。ありがとうございました]


工場内でお客様の作業が終わった。

でも、『花いっぱい運動』の球根を配った様子がなかった。

私は事務所のドアを開けると、走ってお客様を追いかけた。


「あ、あの、お客さま~、あの.. 今、お客様にチューリップの球根をサービスしてるんです。もしよかったらどうぞ植えてください。どうぞ」

「ああ、そりゃどうも」


「ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております」


よかった。間に合った。


「相良さん。忘れないでくださいよー」

「ごめん、ごめん」


相良さんが忘れたのか面倒くさがったのかはわからない。

ただ、こうしていれば、必ずいつか相良さんも協力してくれるはず。



「こんにちは」


「あ、哲夫さん、今日はもう帰るの? 」


「はい。少し用事がありまして」


「そうなんだ。今日は何か日差しが暖かくて気持ちいいよね。気を付けてね」


「はい。ところで..何かやっているんですか。そのかごの球根? 」


「うん。これね『花いっぱい運動』やってるの。来てくれたお客様に差し上げて、咲いた花を見るたびにうちを忘れずに思いだしてもらえたらなーって」

「そうなんですか。それは素敵な企画ですね! 」


「そんなの効果あるのかねー? 」

「また相良さん、大丈夫ですよ、きっと。ちゃんとやってくださいね」

「はい、はい..」


哲夫さんはそんな様子を見て朗らかに笑っている。


「じゃ、哲夫さん、いってらっしゃい」


****


(そっかぁ、桃さんらしいな。いつもがんばってる! )


もう2月が始まり5月の司法試験まで日がない。

僕にとってはこれからスパートだ。


僕もがんばるぞー、桃さん!



今日は司法試験に必要な写真を笹塚の専門店で撮影し、ついでに、少し遅い昼食をファミリーレストランでとった。


[ いらっしゃいませ。1名様ですか? どうぞこちらの席へ ]


・・・・・・

・・


ミートソーススパゲティセットを食べ終わると、コーヒーを飲みながら今上映中の映画情報をチェックする。


ふと、斜め前のテーブル上に目がいった。

その男性は帰り際にゴミ箱に何かを捨てていった。


[ ありがとうございました ]


男性が店を出たことを確認し、僕はゴミ箱の中をあさった。

ゴミが多くて、なかなか見つけることができない。


やがて、ガチャガチャと探している音に店員が声をかけてきた。


「あ、あのお客様いかがなさいましたか? 」

「すいません。このゴミ箱に大切なものを落としたんです.. 」


(あれは、きっと.. )


「お客様、お客様? こちらでお探ししましょうか? 」

「いや、自分で探させてください」


店員に迷惑をかけていることは100も承知だった。

申し訳ないことをしている。

でも....



「 ..!! ありました! 」

「よかったですね。でもなんですか、それ? 」


「これはある人の思いがこもった大切なものなんです」


・・・・・・

・・


「間違えちゃった。ははは.. 激安で球根売っていたから購入したんだけど、チューリップって2月に植えてもダメなんだって。知らなかったよ、哲夫さん」


「そうですか」


「ダメだな、私。せっかく植えてくれたとしてもこれじゃ咲かないよね。意味なかったなぁ.... 」

「そんな事ないです。意味なくないですよ。きっと花は咲きますよ」



****


4月中旬、看板屋の軒先にある植木鉢には、黄色いチューリップが春風に揺れていた。

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