【短編】トリニティコロン

ぐぅ先

トリニティコロン

 差別。格差。これらの問題は、もはや無視できないものとなっていた。強い者は強い者同士、弱い者は弱い者同士で狭いコミュニティを形成するのは当たり前。そして、強い者の子も強い者のコミュニティに属する。弱い者は……、同じく。


 そして、その両者の間に生まれた大きな溝を埋めることは、誰にもできない。



 季節は分からない。何故なら、『下層の街』はいつも真っ暗で寒いから。でも、誰かが言った言葉……、『住めば都』だっけ。それのようで、こんな街でも居心地が悪いわけではなかった。

 ノスタルジックにそんなことを考えるのも、もうすぐ、ここからお別れしなければならないからだろうか。


「………………。」


 わたしは、『下層の街』が一望できる場所にいる。ここから少し先に進むだけで『上層』に行けるのだが、行きたいとは思えないし、仮に行きたくても門衛がいる。


 『上』の連中は自分を気高いとか、高貴だとか思っているみたいだけど、わたしはその考えが浅ましいと思ってしまう。何故なら、彼らは現実を見ていないような気がするから。

 古いものや汚いものにはフタをして、『下層』に追いやる。確かに『上層』からはそれらのものが無くなるが、物理的に無くなるわけじゃない。しかも、無くなるのは今だけのことで、時間が経てばまた古いものや汚いものが生まれることだろう。

 本気で解決したいなら……、元を絶たねばならない。結論としては簡単なことなのに、後回しにし続ける連中はそれに気づけない。きっと気づいても、その頃には手遅れだろうに。


「……もう、いいかな。」

 ここから見える景色も、明日には見ることがなくなる。名残惜しいが、時が経つのを止めることはできないのだから。

 ……まあそんなことを考えておいて、本当は門衛の気配を感じたから離れるんだけど。あんな連中の姿、二度と目に入れたくないし。



「一四二九さん、準備はできましたか?」

「はい。大丈夫です。」


 『一四二九』という番号がわたしの名前だった。特別な読み方があるわけではない。声に出して読むなら『せんよんひゃくにじゅうきゅう』だ。なんでも『登録』? がされたのが一四二九番目だからというのが由来と聞いた。


 さて、わたしは今なにをしているのかというと……、移住用の宇宙船に乗り込むところだった。

 なんでも、もうこの星に住むためには、ありとあらゆる資源が足りなくなってしまった。なので、新天地を求めて別の惑星に移住しようということらしい。


 わたしを含め、『下層の街』の住人はほとんどが乗り込むことになっている。

 一方、『上層の街』の住人は全体の三割ほどが乗り込むらしい。……『上層』の話は風のウワサで聞いただけだけど。

 この際『上層』の残りを七割として……、その七割の『浅ましい者たち』はこういう意見なのだとか。


「そんな話は聞いたことがない。『下層』のクズどものデマではないのか?」

「『下層』のゴミどもと同じ場所なんて。誰がそんなところに乗るのだ。」

「この星の未来は無い? 誰がそんなことを決めつけた。」

「資源が足りない? いくらでも工夫できるだろう。」

「ゴミがいなくなって、せいせいする。あんなのに資源を配るのは無駄だったからな。」


 ヤツらは強い選民思想で、なにかと『下層の街』の住人を軽蔑している。あちらから言わせれば、わたしたち『下層』の人間の価値は三分の一にもならないのだとか。

 そのせいかヤツらは自分で『トリニティ』と自称していることがあった。それは『三人分』という意味で、自分たちには三人分の価値があるということなのだろう。


 こんな考えの持ち主が宇宙船に乗り込んだら、余計なトラブルは避けられなかったと予測できる。例えば「資源を三倍回せ」とか言われそうだ。それが、あちらから身を引くというのだ。本心から「ありがとう」と思いたい。


「……よーし、これで全員だな。出発の準備を進めろ!」


 乗組員さんの声が聞こえる。いよいよ本当に、さよならの時間が迫ってきた。



 なんだかんだでまだ名残惜しかったので、わずかな時間、わたしは窓から外を見ていた。すると、宇宙船の入り口にあたる部分に人影が見えた。


「………………うわっ。」


 よく見るとそれは……、トリニティ。『上層の連中』だった。



 ところで、『三人寄れば文殊の知恵』という言葉をご存知だろうか。早い話、三人で考えれば良い知恵が浮かぶというものである。

 ちなみにその言葉は、今もなお『上層』で流行っているスローガン的なものらしい。


 でもまさか『本当に三人寄る』なんて、いくらなんでもバカげ過ぎていると思うけど……、ね。



 トリニティ。それはやや赤みがかった肌色。肥大化した頭部。そして……、何本も見える『足』。


 いくら『上層の連中』が浅ましいとはいえ、問題をまったく見ないわけではなかった。ヤツらの中にも「いくらでも工夫できるだろう」と考える者がいたのだ。


 それが、『これ』である。


 人ひとりに必要な資源は多い。それが三人となるなら尚更だ。

 だから、『三人を一人にした』。これで必要な資源が三分の一になる。


 肌が赤みがかっているのは、三人分の血が入っているからなのだろう。

 頭部が肥大化しているのは、三人分の脳が入っているからなのだろう。

 そして足は、――想像したくもないが――三人分の手と足なのだろう。

 この星に残る『上層の街』の住人は、もうほとんどがこの姿となってしまっていた。


 ああ、本当に想像するのも気色が悪い。

 わたしは窓から離れ、与えられている部屋に戻ることにした。


 ……もうアレと会うことはないだろう。可能なら、早めに忘れられることを。



 あれから時が経ち、わたしは『地球』という星で、地球人として生きている。

 この日誌をまとめながら。

 ……かつて自分たちがいた惑星、『火星』に思いを馳せながら。


 読者はご存知だろうが、現在火星に人間は住んでいない。つまりトリニティは絶滅したということになる。別に、ざまあみろという感情は浮かんでこなかったけど。


 ……おっと、『タイトル』が途中で終わっていた。書き足しておかなければ。


 「トリニティ:マーティアン(火星人)」

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