噛まれたものは

秋津 心

第1話 

 「人の言葉がしゃべれれば良かったのに」

 星加は何度も何度も独り言のように、そうつぶやく。

 そんなこと当たり前だ。あいつらが人間みたいに、ここがかゆい、とか今は機嫌が悪いとか言ってくれれば、そんな都合の良いことは無い。でもできない。だから、我々がいるのだ。

「でも私たちだって、もともとは言葉なんて持っていなかったわけでしょう?き

っと彼らもいつかは言葉を理解できるはずですよ」

能天気な奴だ。何万年先の話をしているんだか。もしかしたら何億年。そのころにはきっと我々の種族は滅んでいるに違いない。

「じゃあ待てばいいんですよ。我々種族が滅んでいたとしても」

 星加は私をにらみながらそう言う。

「さっきからお前は何を言いたいんだ」

「こんな処遇は彼らにとって可哀そうだということです。あまりにも理不尽じゃないですか!私たちは彼らの意見をまだ何も聞いていない」

 長い髪を揺らしながら。所長である私にこうも物を言えるのだからさすがである。気の強い女は嫌いではない。時計を見たら午後五時だった。決断の時間まではあと一時間もない。

「星加、じゃあ斎賀の気持ちはどうなるんだ。あいつは今も暗い病室で震えているぞ。彼らが来る、と」

 星加と斎賀は同じ係として気が合う仲だったはずだ。だから斎賀の気持ちもすぐに理解してあげることは出来るだろう。昨日の事件のことも鮮明に思い出せるはずだ。

「それは、そのー」

「斎賀は彼らがいなくなれば良いと思っているはずだ」

 そう、間違えなく斎賀は思っている。なんせ自分の人生の半分を奪われたようなもの、なのだから。人間を傷つけた代償は重い。

「所長、やっぱり、彼らは殺されてしまうのですか」

 声が震えている。

「ああ、私が許可を出せばそうなるだろう。安楽死だろうから苦しむことは無い。だから、安心してほしい、お前にも、斎賀にも。すべてがそれで収まるのだから」

 納得のいかない表情だったが、星加は自分の席に戻る。

 約束の時間が来た。ポケットに入れた携帯が鳴る。

「もしもし?所長さん?新井です。お時間になりました。決まりましたか?」

 電話の向こうからは何も感情が伝わってこない。今回の件もただ事務的な範疇を超えてはいないらしい。

「ああ、処分することに決まったよ」

 自分の声の低さに驚いた。苦渋の決断だったのかもしれない。

「はい、分かりました。では、また改めて手続きの方を説明しますね」

 新井はすぐに別のスタッフに変わろうとする。そこで、新井は何かを思い出したのか、あっ、とつぶやく。

「そうそう、言い忘れていましたが、今、隔離している彼らが何やら騒がしくてですね。

「めないごんさ」って鳴き始めたそうなんですよ。これの意味わかります?」

 単語の羅列で頭が痛くなりそうだ。

「さあ、まったく」

 ですよね、そういって新井は電話を保留にする。小さいころ聞いたような音楽が電子音で響き渡る。

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噛まれたものは 秋津 心 @Kaak931607

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