反美同盟

沈黙静寂

第1話〈美術篇①〉

 朧気おぼろげ憂美うさみは美術部から戻ると前の席の同級生が一人夕暮れに涙を流す様を捉えた。普段は滅多に話さない関係だがここで心霊現象程の扱いをするのは道義に反する為声を掛けると、アンタなら話してもいいかという前置きと共に告白される。

「いつものメンバーと他校の男子に会う予定だったのにハブられた。あたしだけ不細工だから」

「いつものメンバー?」

「アンタの目の前で喋り散らかすあたし含む四人よ。盲目なの?」

「全く興味無くて。だけどその話には興味あるな」聞き捨てならない四字が耳に入ったから。

「高校生になって化粧の一つもしてないアンタにこれ以上話せることは無いわよ」

「君は何故化粧する?」

「何故ってそれは今を煌めく女子高生だからでしょう。別に男もして悪いこと無いけど。素っぴんのアンタの方がオカシイわ」

 漏れなく彼女も有象無象から剽窃した思想を持ち合わせるようだ。従前の私なら「はいそうですか」と直面する相手や世間の風潮を躱して個人の自由に籠る場面だが、BB弾程度の女の武器にやられてか彼女に対しては口の滑りが効いた。

「私は『美』は宗教的心理だと考える。ここから話長くなるけどパパママに連絡しなくて大丈夫?」

「…………いいわ。傷心中だからヒーリングミュージックとして聞いてあげる」

 断られたら自宅までお邪魔して一家丸ごと私の思想に染め上げるつもりだったけど合意の上なら平和な事この上ない。それは嘘として。

「美は特定の表現、具体的には整然・精緻・リアルと言った表象のみを是とする。美の概念は時代を問わない普遍の真理ではなく、時代・文化に応じる中で絶対的な価値観。状況に応じてそれらしく整然・精緻・リアルに映った物を『美しい』と言い換えているに過ぎない。これを美の宗教性と言うなら、近世までの美術の大を占めた宗教画や仏像彫刻等は宗教の美性と言えよう。これが美と宗教のアナロジー。『美学』と言うがあんなもの学問ではない又は名称に不備がある。黄金比を見て『美しい』どころか『価値がある』まで本気で思う奴が居たら同じ人間なのか疑う。信教は自由だから否定はしないけど、この科学の時代で未だにマジョリティを誇るのは意味が分からない」

 彼女は音楽療法の効果かポカンとさせた口から論理の結晶を拾う。調子が良さそうだと続け様に言葉を編む。

「対して『芸術』は表象の客観的価値を決定する力を持つ概念だ。客観的価値とはレア度、稀少価値、即ち数量で測るもの。本来的に実益を求めない虚構においては、数の少ない物の方が価値があると定義すべきだ。具体的な測定方法には区分の広さから順に芸術対日常、芸術全体内での比較、個人作品内での比較がある。芸術対日常は虚構対現実とも言え、現実ではしない・出来ない・すべきではない事を出来るのがまず芸術自体の稀少価値だ。芸術全体内での比較とはある芸術家の作品と他の芸術家の作品との比較であり、個人作品内での比較とは芸術家のある作品と他の作品との比較である。具体的な指標として十段階でレベル分けすれば、レベル一は創作するまでなく世に溢れる物、二は創作する意志があれば誰でも創れる物、三は数日訓練すれば創れる物、四は数ヶ月訓練すれば創れる物、五は技術と呼べる表現が確認出来る物、六はある程度の技術が部分的に見られる物、七はある程度の技術が全体的に見られる物、八は卓越した技術を用いた物、九は卓越した技術さえ超えるセンスが輝く物、十は人類史上最高傑作となる。私のように天性のセンスを持つ人間に訓練期間は殆ど関係無いから説明部分はあくまで参考、結局感性による判定が最適なのだけど。芸術概念とは時代・文化の中で相対的ながら時代を貫通する価値観。『数が少ない』事と『新しい』事は『古くて少ない』物が存在する点で一致しないが、『新しい』事の方が『数が少ない』傾向にあるだろう。だけど現代はグローバル化で多様性に触れようと技術発展で機械的な美が生産可能になろうと、美のステータスが根強い。整然とした数式を発見して、これは神が創造したに違いないと言う数学者や物理学者が居るとあーあって思うよ。数学は美的と形容されがちだけど文系の私は寧ろ芸術的な行為だと思う。以上の考えは数理芸術論とでも呼べるかね」

「いや、知らないけど」私の飛沫を受け容れるに甘んじていた彼女の口元が上下運動を思い出す。

「小難しい言い方するけど要はアンタが珍しい物好きのサブカル女子ってだけでしょう?それに現実はアンタの言う『美』で成り立っているわよ。この机だって四隅に綺麗な弧を描く木製の直方体で、審問椅子に倣った有刺ではない」

「珍しい物嫌いって馬鹿じゃない?兎に角その話を詰めると現実性と虚構性のバランスの議論になる。現実性とは表現面の他に公害や暴力の可能性、鑑賞者の存在と言った形態面、風刺や差別、政治宣伝と言った内容面から把捉出来る。ただし現実性や虚構性は時代毎の媒体の使い方に応じて増減する為可変的だ。『芸術性が現実侵犯性を上回ればそれを虚構の領分、現実侵犯性が芸術性と同等あるいは上回ればそれを現実の領分』と明確に定義すれば、境界が不明瞭とされ得る対象の判別が出来る。『同等あるいは』としたのは現実への配慮ね。この軸に沿えば、芸術性が低く現実侵犯性も低い場合は凡才故の量産型、芸術性が低く現実侵犯性が高い場合は否応無く現実の産業物、芸術性が高く現実侵犯性が低い場合は否応無く芸術品、芸術性が高く現実侵犯性も高い場合は賛否分かれる問題作というように扱われる。何にせよ現実に領分を見出された物はレア度に依らず一切の芸術的価値を失うと捉えるべきだ。芸術には現実を侵害出来る程の現実的価値が無い。芸術が無くても人間は生きていける。現実性と虚構性を踏まえて芸術媒体自体の価値を大まかに序列化すれば、低い順に舞踊・建築・ゲーム、落語・芸人、演劇・服飾、映画、美術・音楽・文学、メディアアート・XR・その他の新技術となるように思う」

「そこまで訊いてないけど。マトモに話すのが初めての相手に思考の整理しないでくれる?」数理芸術論概論のオリエンテーションが済んだ所で学生からクレームが入った。

「兎に角その机たる造形は現実性が強いから、鉛筆を走らせたり五時間目の世界史で突っ伏したりする目的からプレーンなのは合理的だろう」

「しっかりあたしの姿眼中に収めているじゃない」

「ただ現実は美を求め過ぎていると思うんだ」

「漸く会話しやすい発言量になった。美を求め過ぎると言うけどアンタは自分の容姿を気にしたことないの?見た限り取り立てて個性的でさえない顔面構成だけど」彼女ははっきり言ってやったと得意顔で私の後退を期待する。

「君の言う通り私の顔は自作の顔面偏差値表に照らしてもレベル三かな。だけど物事を感受し表現するセンスは誰より優れている。こればかりは生まれつきの才能だから君のように月並みの感性を持つ人には一生懸けても無理だろうよ」日々用意している論駁を再現すると彼女は顰め面に変貌する。容姿イジリは費用対効果が低いと理解してくれたようだ。

「アンタの偏差値表の制作過程は知らないけど人の顔は現実の物だから、机と同じで美の尺度で測られて仕方ないんじゃない?」

「それでは身体美、健康と美の文脈に入ろう。確かに奇形を始めとして障碍や病気、怪我は現実侵犯性、生活リスクが非常に高い。健康は重要だ。それこそレア度を測るには最低限の認知力が必要となる。だが健康と美を密接に結び付けるのは無理がある。現実侵犯性の低い外見上の異端を醜悪として排除するのは如何にも美的な発想だ。例えば君は下地にファンデーション、リップ、アイシャドウ、アイライナー、マスカラ、アイブロウ、チークは少なくとも施しているようだけど、その動機は女性性以外に何が挙がる?」

「均整な顔立ちの方が清潔感や信頼感があるとか。身形に時間を費やすこと自体に価値が認められるのでは」

「だったら時間を掛けて片眉だけ厚さ五センチにしたっていい。均整さが評価されるのは漠然とした判断であって論拠が無い。肌色はどうだ。何故白や赤色に化粧する?」

「ベースは同様に清潔感ある美白を造る為。チークとリップは血色良く健康的に魅せる為とか」

「その『美白』という概念が理解出来ない。美黒、美黄とは誰も言わない割に原研哉みたいに白をやたら賛美する頭真っ白な人間の感性を疑う。RGBの混合色だから?太陽光が白光だから?精液が白いから?『汚れ』が目立つから?どれも意味不明。有色人種なら尚更白黒付けようとして前者に偏るのは何故。色白だとしても化粧まで白を使う必要は無い。パーソナルカラーはただの妄想だ。歯のホワイトニングも同様。何故現代日本人はお歯黒しないのか。そして血色は出血しない限り他人に見せる機会は無いよ。赤ら顔は赤ら顔で病気の可能性を示唆するし」

「だけど紫外線は確実に有害でしょう?皮膚表面の黒は何かと健康に悪いイメージあるけど」

「それを言えば赤は面皰やアトピー性皮膚炎、白は白斑等の想起によりその地位を貶められていいと思うけど。紫外線は確かに肝斑や皮膚癌等といったデメリットが目立つがビタミンD生成等のメリットもある。美白化粧品を使ってメラニンが減れば余計に悪影響を受けやすくなる。焼けた肌が完全に悪役を演じる事は無い。日焼け止めや日傘は体質に応じて使えばいいが人種と職業を二重差別する白には執着しなくていい。偶には黄や緑の顔料でも塗ってみたら」

「アンタがやれ。偉そうな口叩く前に行動で示しなさいよ。そしたら三秒間だけ悩んであげるけど」

「私はそもそも化粧する気無いから。化粧するような人間には偉そうな態度で問題無いと思うよ」薄ら笑いの奥で睨む睫毛が消しゴムの伸びた屑と変わりなく映る。

「続き。君は何故大きい眼を求める?」

「……全体のバランスじゃない?下方の鼻や唇に引けを取らないサイズなら視線の意思疎通も取りやすいだろうし。加えてアンタの言うように特にアジア系で眼が大きい人は少数だからとか。漫画キャラを思い浮かべれば虚構でも求められているわよね」

「バランスと言うならそれこそ大小共に考慮されるべきだ。眼の大きさ程度で変動するコミュニケーション能力は鍛え直した方が良い。非アジア圏で生来の眼瞼の広い人は狭く整形した方が魅力的だと確と思うか?次。何故小鼻を求める?」

「あたしそんなこと言ったかしら。世論の代弁者扱いなのか。実際そうは思うけど。これもバランス、と言うのが望ましくないなら鼻腔が狭い方が鼻毛や鼻垢が零れにくいからとか。いやこれは自信無いわ」

「そう、鼻血が出る程存在する小鼻に態々加工する必要は無い。唇には何故細い形状を求める?」

「鱈子唇は腫れ物を連想させるから?あとは唇と唇の相性が悪いと性的魅力が損なわれるから?」

「連想する君が悪い」そう言いながら試しにキスしてみると唐突な接触に椅子から蹌踉めく所作を取る。

「どう?相性悪かった?」

「アンタ!何てこと……!」チークが不要な事を証明するように頬の毛細血管を膨らます彼女。それにアンタはそれ程分厚くはないと実験の不備を報告してきた。挫けず本題に戻る。

「髪には何故光沢ある柔らかな暗色を求める?」

「……二秒前のこと覚えてる?別に求めるまでなく自然体」

「とは言いつつブラウンにカラーリングしているしコンディショナーやヘアオイルは日課でしょう。枝毛が何処に被害を齎す?何故縮毛矯正する?他の体毛だって何故無駄毛と呼んで排斥する?脱毛サロンに通い詰める?体温調節や防護の役割があるとは言え、薄毛や禿頭で何が悪い?」

「過半数が当事者ではない私に訊かれても困る」紅みはやや退潮して元の化粧顔が強調される。

「何故豊胸手術をしてまで膨張したバスト、コルセットを嵌めてまで括れたウエスト、加えて巨大なヒップ、あるいはツィギーのようなモデル体型を求める?」

「前者は男の需要を反映しただけだと思うけど。後者は単純に美的好奇心。アンタは否定するだろうけども」

「私が男だとしても部位毎の脂肪分の微差なんて考えるに値しないけどな。肥満や羸痩は危険だけど健康ならどんな体型でもいい。だから極端な痩身に憧れるのも半分理解を示せるがそれなら相撲取りにも羨望の眼差しを送るべきだ。それと体重が口座番号でもないのに秘匿を法規とするのが肩身狭くて仕方ない。因みに私は五十三キロ」

「あたしは言わない」百五十センチ前後の彼女は下手すれば四十キログラム近いか。

「何故男には高身長、女には低身長を求める?平均的に身長の男女差はある訳だけど」

「スタイルが良いから。人体として優性だから。いざとなれば守ってくれるから。周りに自慢出来るから。女はその対比と可愛さの為」

「そうすると君は身体的に劣った存在になるけど良いのか。どれもこれも社会的に形成されただけの脳死アンサーだね。化粧で貴族社会のハイヒールを舐めたかと思えば狩猟採取社会の筋肉質に媚び諂うか。パートナーとの身長差、特に女が男を上回る場合に気を病むとしたら最早統合失調症だよ」

「至って健全に高身長を望むから安心して」

「じゃあ東京タワーに指輪を放り投げといてください。君は爪を見るからに何故ネイルをする?ピアスやタトゥーはしない?」

「ネイルはしない方が詰まらない。後者は恐怖を掻き立てるから手出ししてない」

「爪を装飾する行為自体は素より多少個性を付与するがピンクのマニキュア塗った程度で満足するなよ。瘢痕分身や身体変工からケアの精神や快適さを感じ取ったって良いはずだ。纏足は問題有りと思うけど」

「何一つ飾らないアンタに言われたくない」

 彼女はハァと溜息を吐いて私のアンダーバストに鋭利な視線を送った。

「芸術的な身体を標榜するなら民族性吸収して派手に粧えばいいじゃない。安直な近未来予想図に映える街の人々を期待しているなら薄っぺらいと思うよ」

「情報を視覚に頼り切りなルッキズムの時点で薄っぺらい。人は見た目が九割?馬鹿の眼を前提とするなら納得だね。ただ整然とした顔立ちを信奉するよりこちらは遥かに知的だと思うけど」

「あたしの感性は脱毛した脇に置くとして、人類は性淘汰でランナウェイして現在に至るのだから美の正当性は証明されているのでは?」

「身体の何を以て優秀即ち価値があると判断するかは結局個人次第だが、客観的、普遍的には私はレア度であるべきだと思うよ。ヒトは生身で熊や猪に勝てる訳無いのだから体格は瑣末事、すると残るは容貌のレア度と健康。孔雀の雄の羽根が性淘汰の産物だからと言って色鮮やかさに優生思想を植え付けるのは不適当。仮に動物がその程度だとしても人間は人間らしく生きるべきだ。そして散々健康と言ってきたが健康と不健康の境界は曖昧。奇形や障害とされる人々だって新たな進化形態かもしれない。現代人なら指は三十本ある方が間違いなくキーボードを打ちやすい。集団社会に適応する必要さえ無ければ現実侵犯性の壁は薄く考えられる。虚構に領分のあった芸術が現実を覆い尽くしても不思議ではない」

「……そうだ、美は若さの象徴、延いては生命の根源的な価値ではなくて?」

「その発想も美の性格悪い所。老化を悪と捉え『醜い老人』等と形容するエイジズム。悪性化しない限り個人内の変化として享楽すべき皺や弛み、白髪を何故厭う。何故老け顔は揶揄される?何故アンチエイジングする?若さばかり回顧する高齢者やそうする予定の若者には誤謬がある。不死は兎も角不老なんて要らない」

「悉く否定されるわね」この短時間で少しはエイジングされた彼女は議論の深化を肌で感じ取ってくれた。

「ねぇアンタは誰の顔なら満足するの」

「自然体なら知り合いに一人。化粧済みなら隈取した歌舞伎役者。特殊メイクも悪くはないけど。『好きな俳優は?』と当然のように尋ねられると身の毛立つよね。吉本新喜劇からハリウッドまで全員レベル七以下だし、暗黙に男優限定だし媒体の価値自体低いし質問者は漏れなく作品の内容見ないだろうし。因みにクレオパトラは五、小野小町は七、楊貴妃は四辺りか。時間旅行して実物を拝みながら告げたい所だけど。白雪姫は魔女の方が良い顔しているよ。世間で言えば所謂美女やイケメンは全員五以下。コピペしたみたいな顔だなぁと僻みさえ覚えない」

「レベル三の発言とは思えないね」

「序でに服飾について。服は体温調節や防護の機能と私達が着る学生服のような識別機能から現実侵犯性が美容以上に強いと思うが、そのビジュアルに拘る上でファストファッションは基本的に屑以下として、ブランドもブランドで実利あるのは素材だけ、見た目は同じく屑未満。一流ブランドはレベル三以下。金さえあれば誰でも出来るような外装の実質の価値は低い。高級時計は持っているだけで三流以下だろう。宝石類は稀少性あるだけマシだけど。ファッション雑誌は全誌可燃ゴミだ。『トレンド』や『お洒落』の烙印に誘われる連中も死灰のような者。ファッションデザインに才能も糞もない。アレキサンダー・マックイーンみたいな服を街中で着られる人居ないから。ボロ着が八を超える事もある。結局失われつつある民族衣装こそ頂点だと思うよね。それ以外でレベル九を越えようと思うなら型紙から自作しろ。大量生産や他作の時点でセンス欠乏症だから」

「じゃあアンタが制服作れ」

「とは言え今やブランドの特権は薄れつつあり『結局顔』理論が正義面して谺する。しかし君は絵画を鑑賞する際登場人物の顔相しか注目しないのか?コミュニケーション上着目するのは首以高としても画的には首下と背景も重要だろう。見た目は身体とそれを覆う服装のみならず照明や背後にある人工物、自然物まで含めて完成されると言っていい」

「無様な面と制服姿にこの黄昏含めて陰鬱な女二人が出来上がるという訳ね。あーあ、アイツらみたいだったら絵に描ける光景だろうに」

「そう言う君は彼女ら彼らに対して本心から美しいと思うのか?周囲に染色された空虚な感性ではないか?これまで挙げてきた美的対象の例は大方西洋産の価値観だぞ」

「本心のつもり。それに社会生活を営む上で同時代の価値観に合わせる事は自然ではなくて?」

「それが妄信的と言っている。美という最大の世界宗教は拡がる一方。美容機器や整形、写真加工等々、機械が生産可能な技術を人間が模倣する意義は何だ。口を開けばカワイイカワイイ、裏で集まればキモイキモイ、こうして女子力が鍛えられていく。男子も男子でカッケーカッケー、エロイエロイと脳味噌故障中。決して私は化粧や整形をするなと言う訳ではない。その表現が多少の流行はあれど一定の形に偏ることが不自然だと主張する。特異な風貌は映画やパリ・プレタポルテ・コレクション内に限定する必要無い。過半数の男性が化粧しないのはオカシイけれど九割九分の女性が化粧をするのもオカシイ。ナチュラルで個性があれば素のままで構わない。個性を求めないなら美性は尚更求めなくていい。カワイイなんて捨ててしまえ。美の呪縛から解放されろ。自分の感性を疑え。異性の為でないとしても自分の為になっているか再考しろ。流されるまま美容に一日一時間、月一万円、時間と金を費やすなら知的に実のある事をしよう。資生堂やLVMHは嫌がるだろうが御都合主義に騙されるな」

「一生彼氏出来なさそう」

「彼氏は燃やせ。以上を纏めると、健康被害や犯罪に及ばない限り人間の格好は自由で良い。皆心の中は薄々気付いている事実だろうけど同調圧力で言えないもんな。『黙れブス』で論破したと勘違い出来る社会だから。無宗派なので熱心に信仰されていますねとしか思わないんだけど。とは言え私も教壇に立って演説する勇気は無い小心者。だから君には伝えてみた。どう?少しは私の論理に共感してくれた?」

 別の表現を選べば良いのにこうして有終の不美を飾るのは私らしくて良い。

「まだあまり納得出来ないわ」

 頭を掻き毟って暮色の反射する窓枠に凭れる。それなら、と席を立つ。

「美術館に行こうか」

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