「野球」に住まう少年

プロローグ

できない

 柏本浩かしもとひろしは大きな問題に直面していた。と、同時に悩んでいた。


 ――なぜすぐるはこんなにも卓球ができない?


 彼の子育てライフの未来を大きく揺るがしかねない問題だった。これには当然ワケがある。


 **********


 浩の父親は卓球が本当に好き……悪く言うと卓球バカだった。その影響で、浩は五歳の時からラケットを握り続けることになったのである。

 浩には特別、卓球のセンスがあった。卓球台の上を跳ねてきた球を打ち返すことは、彼にとって苦ではなかった――初めてラケットを握った日でさえ、ある程度返せた。

 そんなものだから、浩の父親は大喜び。すぐさま浩を卓球教室に入れた。


 そこからは、卓球に明け暮れる日々が続く。練習は午後六時から九時頃まで。教室のコーチはスパルタ級の厳しさだった。例として、甘いフォームでの返球は許さない。常に上を、完璧を目指させた。

「フォームが甘い!お前は本気でやっとるんか!!!」

「はいっ!すみません!!」

 浩は辛抱強く、必死で耐えた。何度卓球を辞めたいと思ったことか。でも辞めなかった。

 卓球のない日常など想像もできなかったうえ、結果が付いてきたから。努力は嘘をつかなかった。苦しいスランプに陥ることも卓球を続けている中で、もちろんあったが、家族に後押しされ、ひたむきに努力していれば必ず強くなれた。

 そんな環境で、着々と技術を磨いていった。小学校を卒業する頃には、気付けば全国レベルの選手と争えるほどの実力を手にしていた。


 浩にとって卓球人生の転機は中学生の時。この頃は卓球の名門校に入学し、部活動で精進していた。


 帰り道。部活終わりで暗くなった道を歩いていた。もうすぐ家、というところの、小さくて信号のない交差点。クタクタに疲れている。

 横断しようと一歩踏み出した時。パッと右を見た。

「っ……!」

 まともな声が出ない。


 避けなければ。

 体が動かない。


 そのまま飛ばされた。


 その後の記憶はない。


 気付いたら病院。

 幸い、細い道路で自動車のスピードもそこまで出ておらず、打撲、骨折までで済んだ。


 ……済んだ、では済まなかったのだけれど。


 右肘、右手首をやられた。

 治療し、リハビリも必死で頑張ったが、これまで通り動くようにはならなかった。


 選手としての人生がここでプツリと、こと切れた。


 今までの努力は。


 ――卓球、という生き甲斐を失った。


 **********


 そこからどうやって今まで生きてきたのか……やはり家族の存在、支えは大きかった。だが完全に心の穴が埋まることはなかった。

 今では大学で出会った良子を妻にもち、卓が生まれたということである。


 今まで卓球を遠ざけてきた。


 でも今は、自分の夢を卓に繋ごうとしている。良いことばかりではないのは浩自身経験してきて分かっている。卓に辛い思いをたくさんさせることになる。

 それでも、卓球をさせたかった。


 きっと卓を一流の卓球選手に……!


 新たな生き甲斐が芽生えようとしていた。

 なのに……

 それなのに……!!!


「なんでうちの子は卓球が出来ないんだ!!」

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