賢者の石ってなにかしら?

 エリオたちがギルドの外に出ると町の者は一様に空を見上げていた。


「あそこだ!」


 マルクスが指さす先。まだ町の範囲外の上空から誰かが見下ろしている。遠過ぎて姿では確認できないが、誰もが魔族なのだと確信していた。


「昨日の今日で来やがるとは」


「そうよ、あいつアルティメットガールに全力でぶっ飛ばされたのに無事だったわけ?」


「全力ってわけじゃ……」


「ん? なんか言った?」


「いえ、なにも」


 レミの後ろで呟いたハルカは口を覆った。


「どうする。エリオはこんなんだし、同クラスの闘士は戻ってきているのか?」


 エリオに次ぐ強さで言えば彼をライバル視するセミールしかいなかった。


「エリオと同クラスたって三人だけじゃん。それ以外は衛兵長とギルド長よね?」


 ふたりは現役時代に魔族とも闘った経験があるため、レミたちは期待していた。


「あれはヤベェな」


 野太い声が聞こえて振り向くとギルド長のゴレッドが立っていた。


「ギルド長!」


「あれはかなり上位の魔族だ。王具があっても俺ひとりじゃ厳しいぞ」


 この町の最高戦力のひとりが口にした言葉に、レミは愕然としてしまう。


「ギルド長は上位魔族とだって戦ったことあるんですよね?」


「何度もあるさ。もちろん命からがら逃げ延びたってわけじゃない。だがさすがにひとりでは勝てねぇ。奴はそのレベルだ」


「そんな……」


 パールはゴレッドの腕を離して肩を落とす。


「逃げよう!」


 レミは振り向いて仲間たちにそう進言した。


「あんな魔道具のために命を落とすことはないじゃない。わたしたちは町から出ていけって言われたのよ。魔道具だって返しちゃいましょうよ」


「そうだぜ。昨日だってアルティメットガールっていう変な格好の彼女が来てくれたからどうにかなっただけで、今回も助けてもらえる確証はないんだよ」


(変な格好って……)


 ちょっと傷付いたハルカも意見する。


「わたしも町から出たほうがいいと思います」


 このハルカの提案はレミを後押しするものではなかった。


「わたしたちが町に滞在しているだけで多くの人が危険な目に合うことになります。ですから囮になって町の外に出ましょう」


「囮って! それじゃぁ逃げるってことにならないじゃない。あんた、たまに突飛なこと言うわね!」


「ねぇ、エリオ。逃げよう」


 仲間たちのことを思えば逃げを選ぶべきだが、そうなると町に被害が及びかねない。ハルカの言うとおり囮になれば町は助かるが、魔族から逃げ切れる自信はない。そして、もうひとつは腹をくくって戦うこと。


 しばしエリオを見ていたゴレッドは、坊主頭をボリボリかいてからエリオの肩を掴んで引き寄せた。そして、耳元でささやく。


「あの魔道具にはな……、賢者の石が使われているんだ」


 賢者の石という言葉にさすがのエリオも驚き、ゴレッドの顔を凝視した。


「それってあらゆる奇跡を起こすとかって言われているとんでもない秘宝じゃないですか」


「そう。その石が組み込まれた魔道具を使ってあいつが昇格の儀をおこなったらどうなる?」


 エリオはこの時点で、魔道具を差し出すという選択肢は消さざるを得なくなった。


「だからこそ俺は、お前らが儀式を阻止したことを評価している」


 エリオの体から嫌な汗が滲んでいた。


「命は重い。だが、賢者の石の重さもそうとうなもんだ。あの魔道具に賢者の石が使われていなければ、奴に差し出してもいいんだが、知っちまったからこそ俺も決めきれねぇ」


(賢者の石?)


 小声で話すふたりの会話を超聴覚で拾うハルカだが、賢者の石がなんなのかはわからない。


「町長も衛兵長も手に負えない事態だとさじを投げた。あの魔道具をここに置いておくリスクが高過ぎる。そのうえ、賢者の石のことが王都に知られれば、どんな事態になるか想像するのも嫌なんだろうぜ」


 魔道具が奪われれば強大な魔族が誕生し世界は大混乱。その魔道具はギルド地下の頑強な保管庫の中で、町は対魔族用の防衛措置が施されている。


「パール、グレンを持ってきて」


「え? まさか戦う気ですか?!」


「今この町は強力な結界や術式がかけられ、王都の援軍が常駐している。あの魔族を迎え撃つのにこれ以上の条件はないよ」


「無理です。そんな体で戦えっこありません!」


 パールは涙ながらに訴えた。


「エリオさん、無茶しないでください」


(町の外に出れば変身しやすいのよ。万が一の場合はわたしが……)


 ハルカも彼の身を案じて言うのだが、エリオは首を横に振った。


「グレンがないと俺は素手で戦わなきゃならないからさ」


「俺の王具ハントレットも持ってこい。たまには使ってやらんと錆びちまう」


 そこまで言われたパールはギルドの地下倉庫に向かっていった。


「勇者と共に魔族と戦ったゴレッドさんがいるなら心強いですね」


「さっきも言っただろ。あいつは強い。おまけに俺は五年のブランクだ」


 ゴレッドの表情を見てレミとマルクスはさらに緊張を強めた。


「奴が近衛兵級の中でも下位なら、結界による弱体化と王都からの援軍との総力戦でどうにかなるかもしれん。エリオが全快で、あそこにいるセミールの震えがなければ勝率はもう少し上がるだろうがな」


 ゴレッドの視線を追うと、ギルドを囲う壁の陰で震えるセミールが空を見上げていた。


 パールが王具を取りにギルド地下の保管庫に向かってから数十秒が過ぎた頃。


「動くぞ!」


 周りにいた冒険者のひとりが叫んだ。


 腕組みをして微動だにしなかった魔族が翼を大きく広げたのだ。その翼をひと扇ぎすると魔族は急降下をはじめ、町を覆っている退魔結界と接触した。電撃のような光が弾けたのだが、そのまま結界を突き抜けて町に向かってくる。


「おい、まさか!」


 地面直前で急制動をかけた魔族が降り立ったのはギルドの前だった。


「ここにあるんだな。【境界鏡きょうかいきょう】が」


 その魔族の声だけで尻もちをつきそうになるのを堪えたのはマルクスとレミ。突然の事態にふたりは逃げることすらできない。


「境界鏡?」


「貴様らが奪った魔道具だ」


「なぜここにあると?」


 ゴレッドの問いに魔族はギロリと睨みながら答えた。


「境界鏡の力が漏れない場所に隠していたんだろうが、今一瞬その力の波動を感じた」


 ハッとなったのはエリオとゴレッド。それは彼らがパールに王具を取りに行かせたため、保管庫が開けられたことで察知されたのだ。


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