ヒーローは辞めても人助け

 一般人のレベルを大きく逸脱した速度で走ること三分。弱々しい気配が近付いていることに気が付き、ハルカは少しずつ速度を落として様子をうかがった。


 黒系統の装備を身に付けた者が遠くから歩いてくるのを視認したハルカは、その者が自分と同年代の少年だと確認した。しかし、フラフラとしていてあきらかにおかしい挙動を見て、すぐにハルカは彼の状態を察して駆け寄った。


「どうしたのですか?」


 紺色のヘッドギアを被る少年は首から肩にかけて肉がえぐられており、腕や足にも咬み傷がある。肩を掴んだだけで倒れてしまう彼をハルカは支え、そっと地面に寝かせた。


「酷い傷。止血しないと」


 リュックから革の水袋を取り出して傷口を洗い流し、彼の傷口に手をかざした。


「癒し、清めよ。悪意ある刻印を。ケアリオーラ」


 彼女がかざした手のひらに小さな魔術陣が描かれて、その光を受けた傷が少しずつ癒されていく。そう少しずつ……。


「早く……、早く止まって!」


 ハルカは強く願った。


 白魔術士の適性を持つ者は多くない。そのため、本来なら彼女は重宝される存在だ。しかし、一般の白魔術士が使う治癒術に比べるとハルカの白魔術の治癒速度はかなり遅い。戦闘中に仲間の傷を癒し、戦線に復帰させることなど期待できないほどに。


 市販のポーションにも及ばない彼女をパーティーにいれた場合、報酬分配を考えるうえで費用対効果が著しく低くなる。これがハルカが何度もパーティーを解雇されてしまった理由だ。


(どうしてわたしの白魔術はこんなに力がないの!)


 そう自問しながらも必至で力を行使し続けること三分。ようやく出血がおさまりハルカがひと息つくと、彼の首からぶら下がる金属板の冒険者証が目に入った。


「この人もビギーナの町の冒険者なのね。ランクはコントリビュート級の中位で、マルクスって名前か」


「うっ、うぅぅ」


 ハルカが冒険者証を確認していると、彼がうめき声を上げながら目を覚ました。


「あ、気が付きましたか?」


 ハルカの声に彼は反応を返す。


「あんた……誰だ?」


「わたしはビギーナの冒険者ギルドに登録しているハルカと言います」


 その言葉を聞いて一瞬ハッとなるも、ハルカの顔を確認してから嘆息たんそくした。


「ランクは?」


ドーン級の中位です」


 少年は『やっぱり』といった感じで目を閉じた。


「助けを……呼びに行かないと」


 まだ治療は続いているのだが、彼は立ち上がろうと腕に力を込める。しかし、やはり傷の痛みからか、起き上がることはできない。


「助けってことは、この先にはまだ襲われている人がいるのですね?」


「そうだ。この近郊にいないはずのスペリオルウルフェンの討伐依頼で来たんだ。それが、聞いていた以上に数が多くて。その上……」


「わかりました。あなたはここで休んでいてください。わたしが行きます」


 ハルカは素早く立ち上がる。


「ま、待てよ。ドーン級のあんたが行ったところで」


 そう言ったときにはもう、ハルカはその場を離れていた。


「あの子、魔獣スペリオルウルフェンのことを知らないのか?」


 彼はさらなる悲劇を予感して悔やむことしかできなかった。


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