第3話【問題用務員と魔法列車】
ヴァラール魔法学院のすぐ目の前は、魔法列車の駅になっている。
関係者用の扉を潜った先にあるのは大階段と謎の石像が中心に据えられた噴水がある前庭、その先に無人の駅がある。学校と駅が直結しているので、長期休暇の際は大勢の生徒でこの場が溢れ返るのだ。
学院前にある無人駅には時刻表や時計など、駅の運営に必要な最低限のものが揃えられている。駅の名前を記した看板も『ヴァラール魔法学院前』という非常に安直なものだった。
そして肝心の線路だが、
「…………途切れている」
駅のホームから線路を覗き込む可愛いお嫁さんであるショウが呆然と呟いた。
壮大な渓谷を目の前に臨む最高の立地に建てられた駅だが、問題の線路が途切れている。右を向いても左を向いても途中で存在そのものが消失した線路しかない。
しかも周囲に町らしい存在はまるでない。どこを見渡しても高い山や綺麗で大きな川、ピーヒョロロと聞こえる鳥の鳴き声程度しか存在しない。ヴァラール魔法学院は辺鄙な場所にある学校なのだ。
間違った駅に辿り着いてしまったのではないかと立ち尽くすショウに、ユフィーリアは笑いを堪えながら「心配するなよ」と言う。
「ほら、汽車が来た」
「汽車が来れるのか!?」
驚くショウをよそに、無人の駅へ滑り込んできたのは白い煙を噴き出しながらやってくる機関車だ。途切れた線路の上を問題なく走行してきた機関車は、虚空からひょっこり現れたように見える。
口をあんぐりと開いたショウの目の前で、機関車の扉が音もなく開かれた。
いっそ感動するほどの驚き具合である。やはり異世界人、最高に面白い反応をしてくれる。面白いことが大好きなユフィーリアは今この時が楽しくて仕方がなかった。出来るなら笑い転げたいが、可愛い嫁さんの前なので無様な姿は晒さない。
「魔法列車はエリシア全土を巡る列車だからな、転移魔法で辺鄙な場所でも移動し放題なんだよ」
「だ、だから虚空から現れたのか……」
ショウは「やはり凄いな、異世界……」と小さく呟く。
すると、開かれた魔法列車の扉から舞踏会でよく見かける仮面を装着した車掌が姿を見せた。体格と身長の高さから判断して男性のようで、手袋を嵌めた右手をユフィーリアに無言で差し出す。
左手に握りしめた切符鋏をカチカチと威嚇するように鳴らして、白い手袋で覆われた手をさらに突き出してくる。無言の主張が強すぎる。
ユフィーリアはあらかじめ購入しておいた魔法列車の切符を車掌に渡し、
「2人分」
「…………」
切符鋏で2枚の切符に穴を開けると、車掌は切符をユフィーリアに突き返してきた。随分と態度の悪い車掌である。
門番よろしく列車の入り口に立ち塞がっていた車掌が引っ込むと、ユフィーリアは魔法列車に乗り込んだ。背中を追いかけるようにしてショウも魔法列車の内部に足を踏み込んでくる。
ずらりと並んだ個室はどれも無人で、ふかふかそうな
ユフィーリアは切符に記載された個室の番号を探し、
「お、あったあった。ここだ」
「わあ……」
3号室と書かれた個室の扉を開き、ユフィーリアはふかふかな
「個室なんて初めてだ」
「ショウ坊、向かい向かい」
「あ、ああ」
ユフィーリアが向かいの席に座るよう促せば、彼は緊張気味にふかふかな
ショウが長椅子に腰掛けた頃合いを見計らっていたのか、魔法列車が盛大に汽笛を鳴らした。蒼穹に白煙を噴き上がらせて、ゆっくりと線路の上を動き始める。
窓の向こうに広がる景色が魔法列車に合わせて流れ、ショウは「綺麗な景色だ」と窓を覗き込みながら感想を述べる。いちいち可愛い反応を見せてくれるので楽しい。
すると、
「魔法列車のご利用ありがとうございまーす!!」
唐突に個室の扉が開き、冊子を抱えたメイド服の少女が満面の笑みでご挨拶してくる。
肩口で短く切り揃えられた桃色の髪と、星が散らされた大きな瞳が特徴的な少女である。頭頂部で燦然と輝くホワイトブリムはフリルがふんだんにあしらわれ、着込んだスカートの丈が短いメイド服も可愛らしい意匠ではある。
スカートの裾から伸びる華奢な足を真っ白な長靴下で覆い、スカートの裾と長靴下が織りなす絶対領域を純白の
メイド服姿の少女は茶目っ気たっぷりに片目を瞑りながら、
「当列車は必ずお飲み物のご注文をお願いしております。こちらの冊子からお好きなお飲み物をお選び、お手元にあります注文用紙でご注文くださいませ」
ユフィーリアに冊子を手渡してきたメイド服の少女は、
「それではごゆっくりお過ごしください!!」
桃色の髪を揺らして頭を下げ、個室の扉を閉めてパタパタと立ち去った。
非常に珍しいことだが、魔法列車の運賃にはこの飲み物代も含まれているのだ。長い距離を移動する際にはありがたい制度である。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、メイド服の少女から受け取った冊子を開く。一般的な珈琲や紅茶を始め、ジュースやアイスクリームが乗った炭酸飲料など子供が喜ぶ商品、さらに空茶などの珍しいお茶まで豊富な品揃えがあった。
「ショウ坊はどれがいい? どれを選んでも1杯までは運賃に含まれているから――」
ショウにも冊子を見せてやれば、何故か彼は膨れっ面でユフィーリアを睨みつけていた。
「ど、どうしたショウ坊?」
「さっきの女の人、可愛いメイド服だった」
「そうだな……?」
確かに可愛いメイド服を着ていたが、ユフィーリアの眼中にないので気にしていなかった。何か不満があったのだろうか?
「…………ああいうメイドさんが好みか?」
「え、いや」
「どうなんだ、ユフィーリア」
「アタシはショウ坊のいつものメイドさんが1番好きだけど……?」
好みも何も、ショウが着てくれるのであれば何だっていい。いやスカートの短いメイド服だったら失血死しそうだが、ショウ以外のメイドさんに気を取られるような浮気者ではない。
まあ例外としてエドワードとハルアの汚え女装と、アイゼルネのエロさ極振りメイド服は許してほしい。欲情は絶対にしないが、彼らのメイド姿で死ぬほど笑い転げたいのだ。
ショウはモジモジと恥ずかしそうにスカートの布地を握りしめ、
「そ、そうか。それならいい……」
「アタシのお嫁さんが今日も可愛い」
「ユフィーリア、何で泣いているんだ? 手巾は必要か?」
慌てふためいた様子で鞄から手巾を取り出してくるショウの健気さに、ユフィーリアはさらに涙が止まらなくなった。
☆
飲み物の注文だが、ユフィーリアは普通の珈琲を、ショウは空茶の『雨』を注文した。
注文用紙に飲み物を記載すれば、自動的に鳥の形へ折り畳まれて個室の天井めがけて飛び立っていく。閉ざされた扉の上部に取り付けられた窓から鳥が立ち去ると同時に、飲み物が窓の下に設置された小さな机に転送されてきた。本当に魔法とは便利なものである。
ユフィーリアの珈琲は花柄が特徴の陶器製のカップに並々と注がれてきたが、ショウの注文品は縦長の
硝子杯の縁には灰色の煙がこれでもかと詰め込まれ、紙製のストローが突き出ている。硝子杯の中には雨空が広がっており、雨粒がポツポツと硝子杯の底を叩いていた。
空茶の『雨』は文字通り、雨模様の空のようなお茶である。硝子杯の縁に詰め込まれた灰色の煙は『
「
「
珈琲を啜るユフィーリアは、
紙製のストローをくるくると掻き混ぜて隙間なく詰め込まれた雲砂糖を溶かし込み、ショウはストローの先端を咥える。
ちう、と硝子杯に満たされた雨空を吸い込めば「ッ!!」と赤い瞳を輝かせた。どうやら好みの甘さだったらしい。
「甘じょっぱい!!」
「それと、その灰色の
「?」
ちうちう、とストローで空茶を啜るショウが首を傾げた瞬間だ。
――ゴロゴロッ!!
白い光を瞬かせ、雷鳴を硝子杯の中に轟かせる。本物の雷よりも抑えられた落雷に驚いたショウが、硝子杯を握りしめた状態で飛び上がった。
「え、あ、雷……?
「飲んでみろよ、ショウ坊」
ユフィーリアに言われ、おそるおそるストローを咥えて空茶を吸い上げるショウ。それまでの空茶の味に変化があったのか、瞳を白黒させて硝子杯の中身を凝視していた。
「パチパチする」
「灰色の
空茶は空模様の数だけ好みのお茶に出来るのが面白いところだ。星空があり、夕焼け空があり、朝焼けの空があり、曇り空や雨空だって自由自在である。
自分好みの空模様がカップの中で描けるので、ユフィーリアは空茶を気に入っている。値段が高いのであまり購入することは出来ないのだが、それでも特別な時に飲みたくなるものだ。
灰色の
(やっぱり可愛いなァ)
珈琲を啜りながら、ユフィーリアは硝子杯を観察するショウを眺める。
緩やかに波打つ黒髪を赤いリボンで飾り、フリル付きの
これを自分の為に用意してくれたのは本当に嬉しい。嬉しいのだが、ユフィーリアもショウをお洒落させてみたい。可愛い格好をさせたい。
ユフィーリアの視線に気づいたらしいショウは、
「ユフィーリア、どうかしたか?」
「いや、やっぱりどこからどう見ても可愛いなと思って」
「かわッ!?」
頬を赤く染めて声を裏返すショウに、ユフィーリアは愛しさのあまり小さな笑みを漏らすのだった。
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