第9話【問題用務員と従僕の役割】

 学院長室を満たす青い光が止むと、従僕サーヴァント契約は無事に終了していた。


 終了した要因は、従僕契約を結んだエドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウの4人に変化があったからだ。

 エドワードには太い首にピッタリと巻きつくチョーカー、ハルアには胸元から下がる認識票、アイゼルネには銀色の細い鎖が特徴的な腕飾り、そしてショウは左手薬指に嵌め込まれた雪の結晶が刻印された指輪である。契約を結ぶまでは存在しなかった装飾品である。


 グローリアは「お疲れ様」と朗らかな笑顔で告げ、



従僕サーヴァント契約はこれで終わりだよ。身体に変化はないかな?」


「特に問題はないですが……」



 左手薬指に嵌め込まれた指輪を眺めるショウは、



「あの、見覚えのない装飾品以外に変化がないんですけど。本当に契約は終わったんですか?」


「終わりだし、無事に契約は成功しているから問題はないよ」



 真っ白な魔導書を閉じながら、グローリアは言う。


 ユフィーリアも不思議と従僕サーヴァント契約を結んだというのに、変化がないのだ。身体も特に異常は見られず、ショウたちのように装飾品がどこかに追加されたのかと思ったのだが、そんな影も見当たらない。これは本当に従僕契約を結んだと言えるのだろうか?

 従僕契約を初めて結ぶので、これが正しく終わったのか分からない。あんな青い光なんて演出で、ショウたちの装飾品は購買部で適当に揃えたものだとしたら手の込んだ手品である。



「これ外れないんだけど!!」


「おねーさんもだワ♪」



 ハルアは胸元から下がる認識票を引き千切ろうと画策するが、銀色の細い鎖はびくともしない。まるで彼の肌に縫い付けられたかのように動かず、個人情報の代わりに雪の結晶の模様が刻み込まれた銀色の板がシャラシャラと揺れるだけである。

 同じくアイゼルネも両手首に手錠よろしく巻き付けられた銀製の腕飾りを外そうとするが、彼女の白い肌にピタリと吸い付いたかのように離れない。雪の結晶を象ったモチーフが揺れるばかりで、外れる気配が全くないのだ。まるで呪いの装飾品である。


 グローリアは「ああ、それはね」と口を開き、



「魔女の契約印だからね。絶対に何があっても外れないし、壊れないよ。外れる時はユフィーリアが従僕契約を解除した時だけだね」


「えぇ? ユーリって契約を解除できるのぉ? また学院長が解除するんじゃなくてぇ?」


「解除できるよ、彼女を誰だと思ってるの?」



 当たり前だと言わんばかりの口調で、グローリアは言葉を続ける。



「彼女は第七席【世界終焉セカイシュウエン】だから、あらゆる人間・文化・国・自然などを終わりに導くことが出来るのさ。離縁なんかも司るから契約解除なんて簡単だよ」


「ユフィーリア、契約を解除してしまうのか……?」



 ショウがじっとユフィーリアを見つめてくる。夕焼け空にも負けない色鮮やかな赤い瞳からスッと光が抜け落ち、まるで洞窟のような底知れない恐ろしさが垣間見える。


 ユフィーリアは「ひゅッ」と息を呑む。

 確かに契約を解除することは可能だが、同時にそんなことをすれば監禁でもされそうな圧力を感じ取った。従僕の命を握る側であるはずのユフィーリアが、どうして命を握られているのだろうか。



「ユフィーリア……?」


「えと、その」


「解除なんてしないよな……?」


「あー……」


「し な い よ な?」



 この女装メイド少年、圧が強すぎる。



「しないから、しないから」


「それなら安心した」



 ユフィーリアが「しない」と主張すれば、ショウは安堵したように微笑んだ。せっかくクソ不味い魔法薬を飲んで結んだ従僕契約を無駄にするような真似は最初からするつもりはないが、これでもう逃げることも逃がすことも出来なくなってしまった。

 アズマ・ショウという少年は、こんなに恐ろしい一面を孕んだ少年だっただろうか。このエリシアに来た頃は常識人で真面目な印象のある純粋無垢な少年だったが、それがどうしてこんな脅しが上手い少年になってしまったのか。


 雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、ユフィーリアは「美人が凄むと怖いなァ」としみじみ呟いた。恋人の圧に泣きそうな上司を憐れんでか、エドワードとアイゼルネがポンと肩を叩いて同情の眼差しを寄越してくる。



「さて、ショウ君たち。契約はもう終わりだけど、話はもう少しだけ続くよ」


「まだ何かあんの!?」


「君たちの従僕としての役割さ」



 閉じた真っ白な魔導書を開くグローリアは、



「君たちの魔女の契約印はそれぞれ違うところに出現したでしょ? それによって、君たちのユフィーリアに対する役目が違うんだよ」


「ええ? これだけで何か変わるのぉ?」



 エドワードは不思議そうに首を傾げる。

 彼の太い首に巻き付けられたチョーカーには、雪の結晶を象った装飾品が括り付けられている。隙間なくピタリと装着されたチョーカーはさながら首輪のようであり、かろうじて指を通すことは出来るが外すことは出来ない仕様となっていた。


 グローリアは「変わるよ」と言うと、



「エドワード君は『魔女の忠犬』だね」


「俺ちゃんって犬なのぉ?」


「ユフィーリアを守る忠実な犬さ」



 エドワードは「もう少し別の言い方はないのぉ」と訴えるが、グローリアは首を横に振って否定した。



「君はユフィーリアの命令を最優先する忠犬だから、ユフィーリアの命令がない限り動けないよ。多分、君の普段の行動もそれに準じていると思うけど」


「まあ確かにそうだけどぉ、犬って表現が嫌だねぇ」


「『魔女の下僕』とか言われないだけマシじゃないの?」



 グローリアに指摘され、エドワードは「まあ、それもそうだねぇ」と納得していた。それでいいのか。



「ハルア君は『魔女の騎士』さ」


「オレ騎士なの!?」


「ハルちゃんの方が格好良くなぁい!?」



 先程『魔女の忠犬』に選出されたエドワードが、ハルアの『魔女の騎士』という役割に異議を申し立てた。

 彼の主張も理解できる。忠犬の次が騎士という格好いい役割を与えられれば、それはもう嫉妬するかもしれない。


 グローリアは「ちょっと役割は似ているんだけどね」と笑い、



「エドワード君の場合は命令がなければ動けないけど、ハルア君の場合はユフィーリアの護衛が最優先されるんだよね。だからユフィーリアを守る為だったら彼女の命令は必要ないかな?」


「オレ、ユーリの言うことはちゃんと聞いてるよ!!」


「それは騎士だからね。主人の命令には従うよね」



 似たような役割を受け持つと思っていたが、話を聞く限りでは似て非なるものであると判断できる。

 忠犬であるエドワードは命令がなければ動けないことに対して、騎士であるハルアはユフィーリアの護衛を最優先に考えれば命令がなくても動けるのか。その辺りは暴走機関車野郎と名高い彼らしいと言えば彼らしいのだろう。


 とはいえ、誰かに守られるほどユフィーリアも弱くない。もしかすればハルアの出番はないかもしれない。



「アイゼルネちゃんは『魔女の従者』だね」


「あラ♪」


「役割はユフィーリアの身の回りのお世話が中心だよ」


「それは嬉しいワ♪ ずっとやっていたことだかラ♪」



 両手首に腕飾りを装着する南瓜頭の娼婦は、橙色の南瓜の下で楽しそうに笑った。



「ユーリ♪ これからもいっぱいお世話してあげるワ♪」


「はいはい、頼んだアイゼ」


「はぁイ♪」



 アイゼルネが従者とは、無難な方向に進んだものである。これで『魔女の愛人』だとか『魔女の娼婦』だとか言い渡された暁にはどうしようかと考えたものだ。

 普段から身の回りの世話はアイゼルネに任せがちだし、本人もユフィーリアの髪の手入れや肌の手入れなどを楽しんでいる節があるので関係は変わらない。正式にユフィーリアの世話が許されたということになる。


 さて、残すところはショウだけだ。



「えーとショウ君はー……あー……」



 グローリアは魔導書の頁に視線を落とし、それから首を傾ける。悩ましげに眉根を寄せると、



「えーと、これバグかなぁ」


「そんなことあるのかよ」


「役割は自動設定にしちゃったから、そんなこともあり得なくはないんだよね」



 グローリアは「それにさ」と言葉を続け、



「ショウ君は女の子みたいな顔をしているし、実際に女の子の格好をしているじゃないか。契約内容が間違う可能性もあるでしょ?」


「同意を求めるなよ、アタシは従僕サーヴァント契約なんて結んだことねえんだから分かるか」



 ユフィーリアはグローリアの持つ魔導書を奪い取り、そこに記載されている契約内容を確認する。


 頁にはユフィーリアの名前と、従僕契約を結んだエドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウの名前が並んでいる。それに続いて役割の記載もあり、グローリアが発表した内容と一致した。

 発表されていないのはショウだけだ。最愛の恋人にはどんな役割が与えられたのか確認すると、そこには彼の性別を鑑みるとあり得ない役割が記載されていた。



「…………ショウ坊」


「何だ?」


「魔女の契約印ってどこに出た?」


「え?」



 ショウはキョトンとした表情で、自分の左手を掲げる。



「左手の薬指だが」



 そこには、確かに銀色の指輪がしっかりと嵌められていた。表面には雪の結晶が等間隔に刻印された特別仕様である。


 ユフィーリアは頭を抱えた。

 自動的に役割を振り当てられるとは言っていたが、まさか本当にこんなことになってしまうとは誰が想定するだろうか。



「あの、ユフィーリア。俺の役割はそんなに深刻なのか?」


「いや、深刻じゃねえんだけど……」



 不安げな眼差しで見つめてくるショウに、ユフィーリアはどうやって答えるべきか頭を悩ませる。


 ここに記載された役割は、契約を解除しない限りは継続する。契約を解除するということはショウを傷つけることになるし、もう1度あの魔法薬を飲まなければならなくなるのだ。それだけは勘弁願いたい。

 ただ、この役割は明らかにショウの男としての尊厳を失うものと言っていいだろう。彼だって立派な男性だ。この役割を任命するのは、その、本人の意思に反していないだろうか?


 言葉を選ぶユフィーリアをよそに、グローリアがあっさりとショウの役割を明かしてしまった。



「ショウ君は『魔女の花嫁』だよ」


「え?」



 パチクリと赤い瞳を瞬かせるショウに、グローリアは朗らかに笑いながら言ってのけた。



「つまり、ユフィーリアのお嫁さんだね。エリシアではお婿さんだと右手の薬指に指輪を嵌めるけど、君の場合は左手の薬指に指輪を嵌めているからお嫁さんだよ」



 そう、お婿さんではなくお嫁さんである。


 男性であるショウは本来、花婿を名乗るのが常識だ。いくら女装していたって、女性用の下着を身につけていたって、身体も心も性癖も男性である。女装だってユフィーリアの好みに合わせているだけだ。

 ところが指輪の位置が左手薬指――つまりお嫁さんの位置に現れてしまった。花婿ではなく、花嫁としての役割を与えられてしまったのだ。


 ユフィーリアは頭を抱えた。相手は未成年だし、しかも男性のショウにどうして花嫁の役割を与えてしまったのか。自動設定を少しだけ恨んだ。

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