第11章:てすと? test! テスト!!〜問題用務員、中間考査試験会場乱入事件・上〜

第1話【学院長と中間考査】

 中間考査と聞いて「うええ」となった人物は、果たしてどれほど存在するだろうか。


 名門魔法学校であるヴァラール魔法学院にも当然ながら中間考査と呼ばれる忌まわしき行事があるのだが、記述式の試験は基本的に廃止されている。魔法を学ぶ教育機関なので、試験内容は主に実技が多い。

 広大な校舎の教室を巡って、生徒たちは該当する教科の試験を受ける。合格すれば次の教科の試験会場へ移動し、校舎内でちょっとした冒険が出来るのだ。普段は使うことのない教室が試験会場になったりするので、生徒たちも少し楽しみにしている節がある。



「〈炎よ揺らげ〉」



 属性魔法の試験会場では、1人の男子生徒が炎の魔法を使っている最中だった。

 構えた杖の先端に小さな炎がポッと出現し、10秒ほど形を保ってから僅かな焦げ臭さを残して消える。ほんの少しの白い煙が空中を揺らいでいた。


 属性魔法の試験監督をしていた学院長のグローリア・イーストエンドは、成績表に試験の評価を書き込みながら「うん」と満足げに頷いた。



「炎の大きさを5セメル(センチ)以内、10秒間の形状維持という合格条件も達しているね。追試の心配はなさそうかな?」


「あ、ありがとうございます」



 グローリアから成績表を受け取った男子生徒は、紙面に書かれた成績評価を確認してから安堵の息を吐く。どうやら納得できる成績だったらしい。

 それから男子生徒は「失礼いたしました」と礼儀よく挨拶をし、試験会場を足早に立ち去る。彼はこのあとも他の試験が待ち受けているのだ。こんなところで長話をしている訳にはいかないのである。


 ヴァラール魔法学院の中間考査のいい部分は、試験を受ける教科を好きに選べるところだろう。試験会場が混んでいる場合は他の試験を先に終わらせればいいし、苦手な科目を先に終わらせたい場合はその試験会場を巡ればいいだろう。組み合わせは無限大である。



「今年の生徒たちは成績がいいなぁ」



 よしよし、とグローリアはほくそ笑む。


 学院長が試験会場の監督をしているのはおかしいと思うだろうが、彼もまた属性魔法の教科を受け持つ教員の1人でもあるのだ。試験監督をするのは当然のことである。

 今のところ、グローリアの元を訪れる生徒たちは問題なく試験を合格している。属性魔法を安定して使えるようになれば、他の魔法も苦労せず使えるようになるはずだ。属性魔法が魔法の基礎である。


 順調に試験をこなすグローリアは「次の人どうぞ」と扉の向こうに呼びかけた。



「失礼します」



 施錠のされていない扉を開けて入ってきたのは、銀髪碧眼の女性である。


 透き通るような銀色の髪に色鮮やかな青い瞳、高級な人形が相手でも負けない整った美貌。桜色の唇で雪の結晶が刻まれた煙管キセルを咥え、ミントに似た清涼感のある匂いの煙をくゆらせる。

 床まで届きそうなほど長い真っ黒な上着の下は何も着ておらず、豊かな双丘を真っ白なサラシで覆い隠しているだけだ。おかげで鍛えられた腹や括れた腰、縦長のへそが大胆に晒されている。幅広の洋袴を合わせ、試験会場の床を踏むのは頑丈そうな長靴だ。


 どこからどう見ても堅気ではない銀髪碧眼のチンピラは、綺麗な笑みでご挨拶。



「どぉーも、用務員のユフィーリア・エイクトベルでぇーす。趣味はお前のような真面目に働く奴らの足を引っ張ることでぇーす」



 銀髪碧眼のチンピラ改め、ユフィーリア・エイクトベルは中指を立てながら「夜露死苦ゥ」という言葉で締め括った。



「不合格、はい帰って。お疲れ様でした」


「えー」


「えー、じゃないんだよ!!」



 問題児を相手に、グローリアは強気な姿勢で「ほら帰って!!」と退室を促した。


 不満げに唇を尖らせるユフィーリアは、小さな声で「酷え扱いだ」などと嘆きながら特に何もすることなく試験会場から出て行った。本気で冷やかしに来たという訳ではなさそうだ。

 あれこれ理由をつけて試験会場に居座るかと警戒したものだが、あっさりと引き下がったことに別の警戒心が膨れ上がるグローリア。他にも何か仕掛けられているのではないか、と不安げに試験会場を見渡してしまう。



「まあいいや、次の人どうぞ」


「はぁい」



 早くも嫌な予感。



「失礼しまぁす」



 扉を開けて入ってきたのは、やはり堅気ではない格好をした筋骨隆々の巨漢である。


 灰色の短髪に鋭い銀灰色ぎんかいしょくの双眸、殺人鬼と見紛う恐ろしい顔面。掃除という単語が別の意味に聞こえてくる凶相の下半分は黒い口布で覆い隠され、太い首から下がる犬用の口輪が狂犬のような雰囲気を醸す。

 先程のユフィーリアと同じような形式の裾の長い真っ黒な上着を羽織り、その下は裸である。惚れ惚れするような肉体美を大胆に見せ、6つに割れた腹筋を隠すようにサラシを巻いている。床を踏みしめる長靴に血の跡がついていないか心配になった。


 中途半端に釘が刺さっている角材を担いでやってきたチンピラは、その凶相をへにゃりと崩してご挨拶。



「エドワード・ヴォルスラムでぇす。趣味は指立て伏せでぇす、夜露死苦ゥ」


「帰ってくれる?」


「えー、まだ何にもしてないのにぃ」



 試験会場に乱入している時点でまだ何もしてない訳ではないのだが、とりあえずご退出願うのだった。


 エドワードは渋々と試験会場を出て行く。名残惜しそうに何度かグローリアへ振り返ったが、視線だけで他人を殺せそうなほど怖いのでグローリアからすればさっさと出ていってほしかった。

 今日は何なのだろう。よりによって中間考査の時に限って邪魔をしてくる。普段の問題行動は教室を爆破したり生徒に脅しかけたりする程度なのに、あの珍妙な格好をして何がしたいのか。


 いや待て、問題児は全員で5人いる。全員揃ってあんな感じの格好をしているのか?



「いやいや考えすぎだって。次の人どうぞ」


「はい!!」



 もうダメかもしれない。



「失礼します!!」



 溌剌とした挨拶と共に入ってきたのは、毬栗を思わせる赤茶色の髪をした少年である。


 実年齢よりも若く見える幼さを残した顔立ちと、爛々と輝く琥珀色の双眸が特徴的だ。狂気さしか感じない笑顔は溌剌な印象というより、簡単に近づいてはダメな雰囲気がある。

 ユフィーリア、エドワードと同じような服装をしているが、彼が身につけている黒い上着は脇腹の辺りまでしか丈がない短めの仕様となっている。中身は裸ではなく色鮮やかな赤色の襯衣を着込み、さらに金色の鎖めいた装飾品をだらしなく垂らしていた。トドメに色付き眼鏡サングラスをかけて、若めのチンピラを演出している。


 中途半端に釘が刺さった棍棒を引き摺る少年は、元気よくご挨拶。



「ハルア・アナスタシスです!! 趣味は誰かの頭で千本ノックです!! 夜露死苦お願いします!!」


「本当にやりそうで怖いから帰ってもらっていい?」


「うん!!」



 聞き分けの大変よろしい子である。清々しいほどいいお返事だった。


 ハルアは「じゃあね!!」と手を振って出ていった。本当に何がしたかったのか不明である。聡明なグローリアでも彼らの望みが理解できない。

 残る問題児は2人である。順当に考えれば、扉の外にあと2人待機しているはずだ。言いたくないのだが、ここは早く彼らの追い出すに限る。



「……次の人どうぞ」


「はぁイ♪」



 やっぱり。



「失礼しまス♪」



 楽しそうな口調で挨拶をしながら、橙色の南瓜かぼちゃを被った妖艶な女性が試験会場に足を踏み入れてくる。


 収穫祭でよく見かける南瓜のハリボテで頭をすっぽり覆い、南瓜から垂れ落ちた緑色の長い髪を綺麗な三つ編みにしている。異性なら生唾を飲み込む妖艶な肢体を、黒を基調としたセーラー服に包み込んでいる。

 ヴァラール魔法学院の女子用の制服ではないので、どこか仮装にも見えなくもない。短めのスカートから伸びるスラリとした足は黒い長靴下に覆われ、スカートの裾と長靴下による絶対領域は目を惹かれる。教室の床を踏むのは革靴ではなく、いつもの踵の高い靴だ。


 明らかに女子学生には見えない、いかがわしい南瓜頭の女子学生は全力すぎるセクシーポーズでご挨拶。



「ご指名ありがとうございまス♪ 貴方の娘のアイゼルネでース♪」


「指名した記憶も君のような娘を持った覚えはないかな」



 冷静にツッコミを入れるグローリアは、



「帰ってくれる?」


「キャンセル料金は10,000ルイゼをいただきまス♪」


「君が勝手にやってきたのに?」



 事を荒立てたくないので、グローリアは素直に10,000ルイゼを南瓜頭のいかがわしい女子学生――アイゼルネに渡して退室を促す。


 アイゼルネは胸元に10,000ルイゼをしまい込み、それから「またのご利用をお待ちしておりまース♪」などと言いながら出ていった。あらぬ噂が立ったらどうやって揉み消そう。とりあえず問題児のせいにしようと心に決める。

 さあ順番的には最後の問題児だ。これが終わればまともに中間考査の試験を再開できる。最後の問題児は比較的まともな部類に属していたので、話は通じるはずだ。多分。



「次の人どうぞ」


「はい」



 聞こえてきたのは、百合の花を想起させる凛とした声だった。



「失礼いたします」



 控えめに扉を開けたのは、黒髪赤眼の美少年である。


 ハーフアップにまとめた艶やかな黒髪を、赤と白の千鳥模様のリボンが飾る。色鮮やかな赤い瞳は宝石にも負けず、少女めいた顔立ちは儚げな印象を与える。可愛いというより美人という言葉がよく似合う。

 朱色の着物の袖には雪の結晶が隙間なく刺繍され、濃紺の袴はよく見るとスカートになっていた。可愛らしい和装の上から雪の結晶が刺繍された純白のエプロンドレスを装備し、女学生風メイドさんの完成である。試験会場の床を踏む長靴は編み上げ仕様だ。


 可憐な女学生風メイドさんは、綺麗に微笑んで袴風スカートの裾を摘みご挨拶。



「用務員のアズマ・ショウです。よろしくお願いします」


「ショウ君さ、ちょっと聞きたいんだけど」


「はい」



 女学生風女装メイドことアズマ・ショウは、グローリアの質問に応じる。



「ユフィーリアやエドワード君たちの珍妙な格好って、まさか君が原因じゃないよね?」


「ユフィーリアの特攻服姿、格好良かったでしょう?」


「ああ、あの格好ってそんな名前なんだね」



 ショウの回答を受け、試験会場を訪れたユフィーリアの格好を思い出す。格好いいというより、明らかに堅気ではないという印象しかない。



「やっぱり君が原因なんだね?」


「提案したら喜んで被服室を占拠して、衣装を仕立ててくれましたよ。俺の服も可愛いのを仕立ててくれました」


「またやったのかユフィーリア!!」



 グローリアは頭を抱えた。


 また被服室が犠牲となったということは、資材をまた勝手に使ってあの特攻服とやらを仕立てたに違いない。しかもアイゼルネとショウの衣装もだ。また在庫の確認をしなければならない。

 使ってしまった資材の請求書を送り付けても、彼らは支払わずにバックれるに違いない。給料から天引きしないとダメだろうか。


 というか、ショウが余計な提案をしなければ被服室を占拠されることも、資材を勝手に使われることも、中間考査を邪魔されることもなかったはずでは?



「ショウ君……?」


「何でしょう」


「君が余計なことを言わなければ」


「ユフィーリアの特攻服姿が見たいということは余計なことではないです」



 優雅に微笑むショウの身体が、ほんの少しだけ床から浮かぶ。

 彼の背後で紅蓮の炎が吹き荒れ、歪んだ白い三日月――冥砲めいほうルナ・フェルノが現れた。グローリアも研究に使い、碌な成果を得られなかったあの神造兵器レジェンダリィだ。


 ギチギチギチ、と冥砲ルナ・フェルノに紅蓮の炎が矢となって番えられる。防衛魔法を展開するより先に、微笑を保つショウの可愛い一言が冥砲ルナ・フェルノに合図を送る。



「えいッ☆」



 ――きゅぼッ!!


 冥砲めいほうルナ・フェルノから放たれた紅蓮の炎が、グローリアの全身を包み込む。不思議と熱さはないのだが、これは驚く。

 ストンと床に降り立ったショウは「失礼いたしました」などと言って、用事は済んだとばかりに退室してしまった。容赦がなかった。


 軽く咳き込み、全身が真っ黒焦げになってしまったグローリアは「もう」と嘆く。



「服を燃やされるの2回目なんだけど!!」



 冥砲めいほうルナ・フェルノで服を燃やされ、全裸となったグローリアは中間考査の試験監督を一時中断せざるを得なかった。彼らの狙いはこれだったのだろうか。

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