第4話【異世界少年と月の魔弓】
しつこく「違う」と訴えてくる白い三日月の声は全く聞こえていないのか、意味不明な装置の群れに取り囲まれた三日月に近づくユフィーリアは驚いた口振りで言う。
「
「マジで!?」
これに反応を示したのはハルアだ。
見た目は完全にあの大百科に載っていた『
――違う、違う!!
――我が銘は、そんな馬鹿げたものではない!!
チカチカと三日月が明滅するたびに、ショウの頭の中で嗄れ声が響き渡る。その悲痛な訴えに、ショウはどうすることも出来なかった。
どうしろと言うのだろうか、ユフィーリアに「これは
武器が話すなど非現実的である。
そっと耳を塞いだショウは、
「うるさい……」
小声で呟く。
頭の中に響く訴えがうるさくて仕方がない。
これほどしつこく「違う」と叫ぶならば、ショウに一体何をしてほしいのだろうか。
――違う、違う、違う!!
――我が銘が間違って認識される前に、貴様が訂正しろ!!
白い三日月から聞こえる絶叫は徐々に大きくなっていき、ガンガンと頭の中に響き渡る。耳を塞いでも喧しさは収まるところを知らず、ユフィーリアたちが「ルナ・サリア」と呼称するたびに「違う」と叫ばれる。
耳元で絶叫されても、ここまでうるささは感じないだろう。頭の中に響く声は、それほどショウを苦しめていた。
堪らずその場に座り込んでしまうと、
「ショウ坊、大丈夫か?」
「ぁ――――」
その声が聞こえた瞬間、頭の中を支配していた嗄れ声がスッと引いた。
顔を上げれば、心配そうな表情を見せたユフィーリアがいた。座り込んだショウと目線を合わせる為に彼女も膝を折り、そっとショウの頬に冷たい指先を這わせる。
不思議と、それまで感じていた頭痛も消え去った。そういう魔法でもあるのか、と思うぐらいの素早さだった。
「ユフィーリア……」
「体調が悪いなら戻るか?」
「いや……」
ショウは首を横に振ると、
「あの、ユフィーリア。聞きたいことがあるのだが」
「何だ?」
「
「おう」
「あの……その」
この話をするかどうか、ショウは逡巡する。
話をして、馬鹿にでもされたら心が折れそうだ。鼻で笑われても同じようなことになるだろう。
それでも俄かに信じがたいのだ。まさか神造兵器の声が聞けるなど、誰が信じるだろうか。
「ショウ坊」
ユフィーリアは優しくショウの頭を撫で、
「言ってみろ。笑ったりしねえから」
「…………」
「な?」
話すように促され、ショウはようやく言葉を紡ぐことが出来た。
「その、
「喋る?」
「先程から頭の中で声が響いて……それがうるさくて」
違うと叫ぶ相手の声が、堪え難いほどにうるさくて仕方がないのだ。だが耳を塞いでも脳味噌が直接、その声を受信してしまうので対処が出来ない。
とてもではないが、これ以上は耐えられないのだ。声がうるさくて気が滅入ってしまう。
ユフィーリアは少しだけ考える素振りを見せ、
「確か、
「え」
「さっきから聞こえてるんだろ、
優しく微笑むユフィーリアは、
「お前の好きにしろ、ショウ坊。その声に応じるのもいいし、突っぱねるのもいいぞ」
「……いいのか?」
「それはお前自身の選択だ。どちらを選んでも、お前の自由だよ」
それなら、この声を受け入れた方がいいのだろう。
ただ、ショウを思い止まらせるのはハルアの存在だった。
ハルアは、あの白い三日月を「推しの武器」と公言していた。あの神造兵器に適合して、空を飛んでみたいのだと言っていた。
ショウが白い三日月に適合してしまえば、彼は永遠に空を飛ぶ機会を失ってしまう。この異世界に放り出された時から優しくしてくれた用務員の先輩に、そんな酷なことは出来なかった。
メイド服のスカートを握りしめて俯くショウに、ハルアが「凄えね!!」と琥珀色の瞳をキラッキラと輝かせて言う。
「ショウちゃん、ルナ・サリアの適合者なの!?」
「え、えと……」
「いいじゃん!! 滅多にない好機だよ!! 手に入れられる時に手に入れておかないと、もう2度と手に入らないよ!!
ハルアはニカッと快活な笑みを見せ、
「適合したら乗っけてね!!」
「ハルさんは、いいのか?」
「うん!!」
しっかりとハルアは頷き、
「多分ね、オレ1人で飛んでも楽しくないと思うんだ!! だからショウちゃんが
「――なら、分かった」
ショウはゆっくりと立ち上がる。
何を示すか分からない数値の表示される装置に取り囲まれた白い三日月は、変わらずそこでチカチカと明滅するだけだ。不思議と声は聞こえてこない。
装置の横を通り過ぎて、ショウは白い三日月の前に立つ。ぼんやりと闇を照らす白い輝きが目に眩しい。
そっと三日月に手を伸ばし、
「――ルナ・フェルノ、俺に」
力を貸してほしい。
何故かその言葉が口から滑り出るより先に、真っ白な三日月から紅蓮の炎が噴き出した。
肌を燃やすような熱さはなく、ただ真っ白な三日月を塗り潰すかのような鮮烈な炎がショウの視界を埋め尽くす。
「ッ!?」
慌てて手を引っ込めようとするが、ショウの手を誰かが握った。
――ようやく我が銘を呼んだな。
頭の中で嗄れ声が響く。
ショウを引き止めるのは、腕の形をした炎だった。節くれだった指先がショウの手を強く握りしめ、足や腰にも紅蓮の炎が絡みついていく。
動けない。恐怖で足が竦んでいることも理由の1つだが、相手の力が強すぎて物理的に動くことが出来ずにいた。
周囲を見渡すも、それまであったはずの装置の群れや床を埋め尽くす配線も闇の中に消えていた。取り残されたのは炎を噴き出す白い三日月と、炎の腕に拘束されるショウだけだ。
――嗚呼、とてもいい魔力だ。
――純粋で清らかなものでありながら、どこか狂気じみたモノを孕んでいる。
――我はその魔力こそ好ましい。
――適合者として選んだ甲斐があるというものだ。
固まるショウの前に、白い月が迫る。
――さあ、我が手を取れ。
――さすれば、貴様の望むものが手に入る。
ショウの手を握る炎の腕の力が緩んだ。
するりとショウの手を解放すると、燃える手を差し出してくる。
その手を握ってはダメだ、と本能が呼びかけていた。握れば、戻れなくなると。
だが、
「――貴方の手を取れば」
ショウは白い月を真っ直ぐに見据え、
「ユフィーリアも褒めてくれるだろうか……?」
彼には、それだけしか見えていなかった。
ユフィーリア・エイクトベルという魔女に褒められたい。「凄いな」って言われて、頼りにされて、もっと一緒にいたい。
今はまだ何の力もなく、彼女に迷惑をかけるばかりだ。でも、この
ユフィーリアの想うような自分になりたいのだ。
――もちろんだとも。
嗄れ声は肯定する。
ショウは差し出された炎の腕を、遠慮がちに掴んだ。
炎特有の熱さは感じない。叔父に煙草の火を手のひらに押し付けられた記憶が一瞬だけ蘇るが、それもすぐに消えた。
ごう、と炎がショウの全身を包み込む。
――では、この世に裁きを与えようか。
ショウの意識は、その言葉を境にしてぷつんと途切れた。
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