第2話【異世界少年と神造兵器】

 せっかくの図書館デートに、思わぬ邪魔が入った。



「まっどうしょ!! まっどうしょ!!」


「ハルさん、ハルさん。勝手に行動しても大丈夫なのか?」


「大丈夫!!」



 先輩用務員であるハルアが、ショウの手を引きながら静かな町の中を歩いていく。


 西洋風の街並みで、そこかしこに書籍が落ちた不思議な都市だ。

 足元はしっかりとした石畳の感触があり、吸い込む空気も問題はない。鼻孔を掠めるのは書籍特有の紙とインクの匂いだろうか、どこかで嗅いだことのあるものだ。書籍が散らばった町の光景など初めて見る。


 魔導書都市と呼ばれるこの地に着いた途端、ハルアがショウの手を取ってずんずんと進み始めてしまったのだ。意外と力が強いので、ショウはされるがままである。ユフィーリアたちの存在は、遥か彼方に置き去りとなってしまった。



「ハルさん、本当に大丈夫なのか?」


「大丈夫だよ!!」



 ハルアはショウへ振り返ると、



「何かあったら、オレがショウちゃんを守るから!!」


「……それは頼もしいな」



 魔導書について色々と聞いておきたいことがあったのだが、この優しくも頼もしい先輩が知っているかどうか不明だ。


 静謐せいひつに包まれた魔導書都市の真ん中で、ハルアが「あ!!」と声を上げる。

 その声があまりにも大きくて、ショウは思わず驚いてしまった。以前貰った猫耳と猫の尻尾を装着していたら、その驚きも露わになっていたことだろう。


 唐突に足を止めたハルアは、道の真ん中に落ちていた1冊の魔導書を拾い上げる。



「あった!!」


「それは一体何だ?」


「魔導書!!」



 それは見れば分かる。



「道に落ちてる奴とか、外にある魔導書は好きに読んでいいものだってユーリが言ってた!! 危険なものは建物の中に保管されてるから入っちゃダメなんだって!!」


「危険なもの?」


「分かんない!! でもユーリはね、開いたら死ぬ奴が大半だからダメだって言ってた!! 本を開いた瞬間に死ぬなんてあるんだね!!」



 なるほど、とショウは納得する。ユフィーリアが言うのだからまず間違いはないと見ていいだろう。

 魔導書には死ぬようなものがあり、それらは全て建物の内部に保管されているのか。それなら外にいる限りは安全だ。いくら問題児と呼ばれているハルアでも、自分の上司であるユフィーリアの言いつけを破ることはないらしい。


 ハルアはすぐ側にあった長椅子ベンチにどっかりと腰掛け、



「ショウちゃんも一緒に読もう!!」


「その魔導書は一体?」


「あのね、神造兵器レジェンダリィの図鑑だよ!!」



 ハルアが魔導書の表紙をショウの眼前に突きつけてくる。


 立派な革の表紙には金字で刻印が施され、神造兵器レジェンダリィ大百科とある。何やら剣を構えた男性がドラゴンに立ち向かう絵が掲載され、内容が想像できない。

 そもそも神造兵器というものが理解できない。神が作った兵器のことを示すのだろうか。



「ハルさん、神造兵器レジェンダリィというものについて知っているか?」


「何かね、適合しなきゃ使えない武器なんだよ!!」


「適合」


「何が基準で適合するのか分かんないけどね!! 海や川を干上がらせたり、星を撃ち抜けたりできる凄え武器なんだよ!!」


「それは確かに、適合する必要性が出てくるな」



 海や川を干上がらせたり、星を撃ち抜けることが出来る武器はもはや大量殺戮兵器に繋がらないだろうか。使い方を間違えれば世界が終わる予感さえある。

 なるほど、だから適合する必要があるのか。それほど強大な武器ならば、人体に何らかの悪影響が出ることだろう。適合することで悪影響を軽減もしくは無効化できるのだろうか。


 とはいえ、ここまではあくまでショウの予想である。本当の意味は魔法などに詳しいユフィーリアに教えてもらおう。



「オレの推しの武器はこれだよ!!」


「推し」


「推し!!」



 ハルアがそう言って神造兵器レジェンダリィ大百科のページを、物凄い勢いで捲っていく。目にも止まらぬ速さで捲っていった先に、目的の頁へ辿り着いた。


 そこには絵が掲載されており、夜空に浮かぶ白い三日月に女性が腰掛けた幻想的なものだった。表紙の絵と似通っているが、あちらは雄々しさを感じたのに対して、こちらの三日月と女性の絵は浮世離れした印象がある。

 紺碧の夜空に白い三日月が浮かび、女性は足を投げ出して三日月を椅子の代わりにして座っている。この絵のどこに武器が描かれているのだろうか?


 ハルアの指先が示したのは、女性が腰掛ける白い三日月だった。



「これ!!」


「この三日月が?」


「三日月の形をした弓なんだ!! 月砲げっぽうルナ・サリアっていうの!!」



 その神造兵器レジェンダリィに関する情報は、絵の隣に並んだ文章が語っていた。


 月砲げっぽうルナ・サリアとは、月の女神システィが持つ神造兵器である。月をも射抜ける超長距離射程と神造兵器屈指の破壊力、それから空を自由に駆け回ることが出来る浮遊の加護が与えられる。

 欠点として、この神造兵器を使用している最中は絶対に地上へ降りることが出来ない。少なくとも数セメル(センチ)程度は浮かぶ必要があり、重力からの解放という加護も考えられる。



「空を飛ぶ弓か。椅子みたいに座ることも出来るのだな」


「結構大きいみたいだからね!!」



 ハルアはこの月砲げっぽうルナ・サリアの頁を琥珀色の瞳を輝かせながら眺め、



「オレね、自由に空を飛んでみたいんだ!!」


「空を?」


「オレね、魔法が使えないの!! 魔力が全然ないからね!!」



 頁から顔を上げたハルアは、ニカッと快活そうな笑みで「大丈夫だよ!!」と言った。



「魔法を使わないでも楽しく生きていられるからね!! でも空を飛ぶことはやってみたいんだ!!」


「…………そうか」



 ショウは小さく笑う。


 空を飛ぶという夢を掲げるハルアが、ひどく羨ましく思えた。

 魔力がなくても、魔法が使えなくても、彼はこの世界で楽しく生きている。この神造兵器と巡り会えた暁には、ぜひ夢を叶えてもらいたいものだ。



「他には何かないのか?」


「あるよ!!」


「どんなものか見せてくれるだろうか?」


「いいよ!!」



 ハルアはペラペラと頁を捲り、



「ドラゴンを倒す剣の『グルンティング』とかね!! こっちは持ってると海の魚たちを操ることが出来る『エルデーハルト』って槍!!」


「とても綺麗な槍だな」


「綺麗だよね!!」


「先程の月砲げっぽうルナ・サリアもそうだったが、神造兵器レジェンダリィとやらは独特な形で綺麗なものが多いな」



 神造兵器レジェンダリィ大百科に掲載されている神造兵器の数々は、ショウも見たことがないものばかりだ。

 半透明な肉叉フォークのような形をした槍や刀身が波打った両手剣、棘が生えた鉄球や小枝の如く小さくて細い特殊な武器まで様々だ。最初に紹介された月砲ルナ・サリアも、白い三日月の形をしていて綺麗だった。


 やはり絶大な威力を誇るということだけあって、形状も独特なものが多いらしい。見ているだけでも面白い。



「この『アル=ブランシュ』という騎士槍は、絶対防御の加護が得られるのか。凄い槍なのだな」


「世界の最果てを決める槍だからね!! 防御力は神造兵器レジェンダリィでも最強だよ!!」


「神々の怒りを体現した『ヴァジュラ』も凄いな。雷か?」


「適合しないと素手で持ったら黒焦げになるよね!!」



 神造兵器レジェンダリィの説明文も読んでいて面白く、どんな神が所有して、どんな事件を起こしたかという内容まで載っていた。


 特にハルアの推し武器である『月砲げっぽうルナ・サリア』は、持ち主である月の女神システィがだいぶお転婆だったようだ。

 風の神様と競争をしている最中に相手を撃ち落として自分だけ到着するとか、100人以上の美男子を旦那として囲っていたとか、気紛れに本物の月を撃ち抜いてしばらく欠けた状態の月が空に浮かぶ羽目になったとか、事件を起こした回数を挙げればキリがない。


 何だか、問題児であるユフィーリアたちを見ているようだった。学院創立以来の問題児と称される彼女たちは、常日頃から周囲を困らせるような問題行動ばかり起こすのだから。



神造兵器レジェンダリィとは奥が深い……」



 頁を捲り、新たな神造兵器レジェンダリィとその説明に目を走らせるショウだったが、



 ――違う、違う。


 ――我はそんなふざけた銘ではない!!



 怒りに満ちた声がどこからか聞こえてきた。



「?」



 顔を上げたショウは、不思議そうに周囲を見渡す。


 誰かが話しかけてきた訳でも、遠くで誰かが口論になっている訳でもない。

 静かな魔導書都市の風景が広がっているだけで、魔導書も変わらず石畳で舗装された地面に転がったままだ。片付ける気配すらない。



 ――此方へ来い。


 ――我が本当の銘を教えてやろう。


 ――さあ、おいで。



 声はショウに呼びかけてくる。


 誰が呼んでいるのだろう。聞き覚えのない声だが、好奇心が刺激される。

 不思議と、その声につられてしまう。



「こちらか?」


「あれ、ショウちゃん?」



 神造兵器レジェンダリィ大百科を閉じ、ショウはその場から声を追いかけて立ち去る。


 ハルアの呼びかけには応じなかった。気づかなかった、と表現するのが正しいだろう。

 耳にこびりつく「おいで、おいで」と招く声に抗えない。この先で果たして何が待ち受けているのだろうか。


 煉瓦レンガや石で作られた建物の間を通り抜け、ショウはついに声がよく聞こえる場所まで辿り着いた。



「階段……」



 真っ暗な闇に繋がる階段が、下に向かって伸びている。こんな明るい世界に地下階層なんてあったのか。


 ひゅおお、という冷たい風がショウの着ているメイド服のスカートを揺らした。雪の結晶が刺繍されたスカートで、ショウもかなり気に入っている。

 先の見えない階段の下を覗き込むが、声の主は確認できない。おそらく、ここから見えない位置にいるのだろう。



「そこにいるのか?」



 声の主に呼びかけて、ショウは1歩を踏み出した。


 その時だ。

 唐突に腕を掴まれて、後ろに引っ張られたのだ。



「ッ!?」



 慌てたように振り返れば、受け止めてくれたのは冷たい手のひらだった。


 ややひんやりとした手のひらと、柔らかな肌の感触。

 少し視線を下にやれば、透き通るような銀髪で覆われた頭があった。ショウの顔を見上げているのは色鮮やかな青い瞳で、どこか焦りのような感情が見え隠れしていた。


 肩で息をする銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは、



「そっちは立ち入り禁止だ、ショウ坊」



 その声に安堵を滲ませて、彼女は言う。


 そこでショウは我に返った。

 ――今、自分は何をしていたのだろうか?

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