第2章:初めまして異世界人〜問題用務員、学院関係者臀部襲撃事件〜

第1話【問題用務員と事故紹介】

 二度寝を決め込もうとした異世界人の少年を叩き起こしたところで、さて自己紹介の時間である。



「えー、ごほん」



 軽く咳払いをしたユフィーリアは、指揮者の如く雪の結晶が刻まれた煙管を一振りした。



「ようこそ、アズマ・ショウ君。エリシア最高峰と名高きヴァラール魔法学院へ!!」



 その簡単な動作だけで魔法が発動し、用務員室全体に色とりどりの花弁がひらひらと舞う。

 ユフィーリアの後ろでは小太鼓をドコドコと鳴らすエドワード、ぷぴぷーと玩具の喇叭で間抜けな音を奏でるハルア、トランプをばら撒くアイゼルネという統一性のない連中が、各々少年を歓迎していた。ただのチンドン屋に見える。


 呆然と見上げてくる彼に、ユフィーリアは黒い外套の裾を摘んで淑女のように綺麗な挨拶を披露する。



「初めまして、坊ちゃん。アタシはユフィーリア・エイクトベル、このヴァラール魔法学院の主任用務員だ」


「その部下のエドワード・ヴォルスラムでぇす」


「ハルちゃんです!! うえーい!!」


「アイゼルネでース♪」



 よろしくネ、という言葉で締めて、怒涛の自己紹介タイムは終了。


 少年――アズマ・ショウはポカンとした表情で固まっていた。

 自己紹介を派手にやりすぎたのだろうか。確かに魔法まで使って統一性のない自己紹介タイムに突入してしまったが、相手を置いて行ってしまうとは想定外である。掴みは最悪だ。


 気まずい空気が流れ始める用務員室に、ようやくショウは反応を見せた。



「……あの、どうして俺の名前を知ってるんですか?」


「え? そりゃまあ、そこは魔法でチョチョイとな。名前ぐらいは知っておかねえと色々まずいだろ」



 そんな調子で答えを返せば、何故かショウは自分の両肩を抱きしめて長椅子ソファの上に縮こまる。長めの前髪から覗く赤い双眸は、ドン引きしている気配さえ滲ませていた。



「え、ちょっとそれは……申し訳ないんですが、怖いです」


「だよな!! 怖いよな悪かった!!」



 自己紹介タイム、見事に失敗である。


 そもそも初手で『アズマ・ショウ君』などと名乗ってもいないのに名前を高らかに叫んでしまえば、警戒心を抱くのは当たり前だ。ユフィーリアでも警戒するし、何ならもう2度とソイツには近づかない。

 誰だ、閲覧魔法とかいうこの世で最も恐ろしい魔法を開発したのは。今ならヴァラール魔法学院の品位を著しく低下させることに一役買っている問題児が、地味に嫌な悪戯の五連撃ぐらいで済ませてやる所存である。


 円陣を組んだ用務員一同で、作戦会議を再開させる。



「おい、警戒させたんだけど。誰だよ、閲覧魔法なんて危ない魔法を開発したのは。知らねえ間に個人情報を読み取られ放題じゃねえか、あんなの」


「法律で禁止されてるからねぇ、不必要な閲覧魔法の使用はねぇ。今時のお洋服にも閲覧魔法の対抗魔法がしっかりと織り交ぜられてるからねぇ」


「不審者!? なあ、オレって不審者!?」


「ハルちゃん、不審者扱いを受けるべきなのはおねーさんたち全員ヨ♪」



 あわや全員仲良く用務員から不審者に転職である。ちょっと色々な条例とか常識とかアレやソレに引っかかる軽率な行為だった。


 全員揃って学院長に「僕たち不審者です」と出頭しようか意見を出し合っていると、ショウから声をかけてきた。

 警戒心を抱いてはいるが、確認作業の為ということだろうか。ともあれ、こんな不審者扱いを受けても文句が言えないような連中に、勇気を出して話しかけてきた訳である。



「あの」


「はい、不審者です。ご用件をどうぞ」


「いえ、あの、そこまで言ってないんですけど……」



 困惑気味なショウは、



「あの、ここはどこですか? ヴァラール魔法学院と言っていましたが、何県にある学校なんですか? それともここは外国ですか?」


「ナニケン? ガイコク? え?」



 聞き慣れない単語の羅列がショウの口から飛び出してきて、ユフィーリアも困惑せざるを得なかった。


 所在を問われても、ヴァラール魔法学院は僻地にあるので「どっか遠いところ」とかいう馬鹿みたいな回答しか出来ないし、何県も外国も意味不明な単語である。言葉の意味がまるで分からん。

 はて、と首を傾げるユフィーリアだったが、彼の情報を閲覧魔法で確認した時に『47都道府県と言い、47の国が密集した世界の出身である』的な文章があったことを思い出した。なるほど、だから何県なのか。



「そういう概念はねえな」


「え?」


「ここ、お前にとっての異世界」



 気を取り直したように雪の結晶が刻まれた煙管を一振りするユフィーリアは、得意とする氷の魔法を披露する。パキパキと氷の薔薇を作り上げながら、



「ここはエリシア、魔法が常識となった世界だ。お前の世界になかったものがあり、お前の世界にあるものがここにはない。お前が全く知らない未知なる世界だ」


「え……」



 落ち窪んだ赤い双眸で見上げてくるショウに氷の薔薇を差し出しつつ、ユフィーリアは笑顔で伝えた。



「だからお前を虐めていた叔父夫婦とやらも、ここにはいない。暴力と暴言から解放された自由なる人生を、全身全霊で楽しもうじゃねえか」



 閲覧魔法で覗いてしまったが、それはもう詳細に書くことも憚られるような内容だったのだ。そんな人生では大変面白くない。

 常日頃から面白さや楽しさを求めるユフィーリアにとって、暴力と暴言で支配されただけの暗く苦しい人生はクソ喰らえなのである。長くも短い人生なのだから、せめて自由に生きなければ損ではないか。


 トランプやチェスなどの玩具を次々と転送させながら、ユフィーリアは弾んだ声で言う。



「さあ、まずは何からする? トランプか? チェスか? お前って頭がいいんだろ、大人数で遊べるようにまずはトランプから」


「貴女が」


「あん?」



 ユフィーリアの言葉を遮って、ショウは手渡された氷の薔薇を痛々しい傷が残る手で握りながら問うてきた。



「貴女が、俺をこの世界に呼んでくれたんですか?」


「まあそうだな。面白半分で異世界召喚魔法なんてモンに手を出したけど、成功しちゃったし結果オーライ的な?」


「ありがとうございます」



 ボロボロと赤い双眸から涙を零しながら、ショウは下手くそに笑った。



「俺を、叔父さんたちのところから助けてくれて、ありがとうございます」



 そのやけに心の籠った感謝の言葉に、今度こそユフィーリアの涙腺が決壊した。ついでにエドワードとハルアとアイゼルネの涙腺も決壊した。


 だってそうだろう、これだけ純粋無垢でいい子な彼が毎日のように暴力と暴言を受けていたなんて泣けるだろう。

 本当に助けてよかった、召喚されたのが彼でよかった。今まで苦労してきた分、今度は幸せにしてやらなければ気が済まない。


 ユフィーリアはおいおいと涙を流しながら、ショウの華奢な肩を掴む。



「少年、いやショウ坊!! お前のことは絶対にアタシが幸せにしてやるからなッ!!」


「え、坊? それに何かその台詞って」


「大丈夫だショウ坊、絶対にアタシが幸せにして毎日笑わせてやるから安心しろ!! な!!」


「ご、誤解を招く言い方……」



 そう、彼は新たな用務員として加わることが決まったのだ。決定権はユフィーリアにないかもしれないけど、絶対にそう決めたのだ。

 用務員として加わるのであれば、ユフィーリアの新たな部下になる。上司の矜持に懸けて、ここは彼を意地でも幸せにしなければならないのだ。


 ちなみにショウのことを「ショウ坊」と呼ぶのは、単にユフィーリアの呼び方の問題である。

 基本的にユフィーリアは他人の――特に身内の名前は渾名や略称で呼ぶことが多いが、ショウの場合は省略することも出来ない。なので名前に『坊』を付け足すことで呼びやすくしたのだ。別に大した理由ではない。


 ユフィーリアは乱暴に涙が零れる青い瞳を擦ると、



「アイゼ、茶ァ淹れろ」


「取っておきのお紅茶を淹れちゃうワ♪」


「この前学院長のところから巻き上げたお菓子も開けちゃおうよぉ」


「高そうな箱のこと!?」


「高そうな菓子でも安い菓子でも何でもいい、片っ端から開けろ。それでショウ坊に食わせてやれ。お前ら全身全霊でショウ坊のことを幸せにしてやれ!!」


「はいよぉ」


「分かった!!」


「任せテ♪」


「ええー……」



 アイゼルネは戸棚から人数分のカップを取り出して紅茶の準備をし始め、エドワードとハルアは隠し持っていた綺麗な包装紙とリボンで飾られた箱を取り出してくる。ビリビリと包装紙を破いて高そうな焼き菓子が詰まった箱を前に、野郎ども3人でどれを食べるか真剣な会議が開かれた。

 巻き込まれたショウも、どこか表情が柔らかげである。遠慮がちに箱から個包装された小さめの焼き菓子を取り出して、エドワードが泣きながら追加の焼き菓子を彼に押し付けていた。


 初めて見るだろう高級な焼き菓子を前に赤い瞳を輝かせるショウは、



「あ、あの」


「ん?」


「ユフィーリアさん、も……どうですか」



 どこかよそよそしく名前を呼んでくるショウが健気で可愛く、ユフィーリアは白目を剥いて気絶しそうになった。



「アタシはいい、甘いものがそれほど得意じゃねえからな」


「そうですか……」



 しょんぼりと肩を落とすショウに、ユフィーリアは「それと」と続ける。



「アタシのことは呼び捨てでいい。長けりゃユーリって呼んでもいいぞ」


「え」


「さん付けされるほど高尚な生き方をしてねえからな。それと敬語もいらねえぞ、いくら用務員の上司と部下の関係って言ってもアタシらは家族みたいなモンなんだから」


「分かり――わ、分かった、ユフィーリア。えと、善処する」



 辿々しくもユフィーリアのことを呼び捨てにしてはにかむショウに、ユフィーリアは可愛さのあまり天井を振り仰いでしまった。チクショウ、可愛すぎる。異世界人ってこんなに可愛い存在なのか、知らなかった。

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